第7話 神力
ミコト様と別れてからは、いつも通りの休日を過ごした。
少し遅めの昼飯食って、自主トレして、本買いに行って、日が暮れて。
これを嵐の前の静けさ、とでもいうのだろうか? あんな非日常が目の前に現れた直後としては、あまりに静かで、変わりのない、普通の休日だ。
これが嵐の前の静けさとでもいうのかな。ここまで静かだと、これから起こることに考えをめぐらさずにはいられない。
––––––––––現状をしっかりと把握する時間を与えてもらったとも言い換えられそうだな。なんてさ、そんな関係ないことを考えたりもしたけど、どうでもいいことだ。
それにしても、妖退治、か。
悪意をもって人を、地域を襲う妖魔や妖怪を成敗するために戦う仕事。
字面だけ見ればかっこいい、なんて思うかもしれないけれど、当然身の危険も伴う。
大怪我だけじゃ済まないかもしれない。そんなの引き受けた時点ですでに分かり切ってることだけど、冷静になってみればやっぱ怖いもんは怖い。そこは偽れなさそうだ。
約束の午前0時が近づくにつれて、少しずつ、緊張から体がこわばっていっているような気がする。
そして今現在11時50分。風呂から上がって、ベッドの上に体を横たえて、ミコト様が来るのを待っている。ちなみに家族はもう寝ているから、よほどのことがない限り俺が家を空けても気づくことはないだろう
その体は熱で火照っているはずなのに、小刻みに震えている。
ヤバイ、ミコト様に対してあんな啖呵切っといてこれか。今更震えてんのかよ。
目覚まし時計が鳴らす秒針が、やたらとうるさい。こんな心境の時に限って何で小さい音がここまで聞こえるんだ。
手を天井にかざす。震えた手が眼前に映る。
違う、これは武者震いだ。そうだろ? そう、鼓舞するように自分に言い聞かせて、ぎゅっと目を閉じる。
「ったく、そんなに固くなんなっての。肩の力、もっと抜いてきなって」
その時、そんな声が聞こえてきた。その声は今朝あった人の声。
お腹周りに、突然重みと、人のぬくもりを感じる。
聞こえてきたその声にはっとなって思わず目を見開くと、そこには、
俺の体にまたがるようにして乗っかっているミコト様の姿。
…………
うん、ちょっと待とうか何この状況。
突然のことで頭が一瞬真っ白になる。不安とか手の震えとか、そんなの一瞬で吹っ飛んでしまう。
というかなんでミコト様こんなことしてんだろう。体起こせねーよ、重いよ。
断じて下から見るミコト様の含みのある笑みとかエトセトラが目についてドキドキするとかそんなこと——————
「ミコト様。重い、とりあえずどいて」
ハイ煩悩退散。
とりあえずなんか言わないと顔が真っ赤になりそうだったので、なるべく冷静を装ってミコト様にそう訴える。
そんな俺を見て彼女は少し不服そうな顔をする。面白いものがみられるとでも思ったのか。
「おいおいなんだよつまんねーなぁ。もうちょい面白い反応期待してたのによ」
ホントに思ってたらしい。期待してた反応と違ったもんだからそんな文句をつぶやきながら案外すんなりと俺のベッドから降りる。
確かに、またがってきたミコト様を下から見て、煩悩というかなんというかそんなもんにやられて少しドキッとしたのは事実だけど。
だって胸とか、体のラインとかそういったものが下から見るとよりはっきり見えるし、正面から見た時とはまた違った雰囲気が—————、
だ・か・ら煩悩退散だっての。
「……考えないようにしてんの。言わせないでくれ」
「ははっ。そうそうそれだよ。アタシが期待してたのはさ」
結局顔が真っ赤になってしまってふいと顔をそむける。流れでごろん、と体をミコト様の反対方向に向けて顔を枕にうずめる。結局期待したような反応になっちまってんじゃないか。
そしてその予感は正しいものだったらしい。心底楽しそうな声が後ろから聞こえてきた。チクショウ思春期の男子だからってからかいやがって。
「んで、どうだよ。ちっとは緊張、ほぐれたか?」
「え?」
その問いかけに反応してミコト様の方に向き直ると、彼女は頭の後ろで手を組んで、少し優しそうな顔で俺を見ていた。
……ああ、なるほど。彼女なりに心配してくれていたのだろうか。さっきのスキンシップ(?)は俺の緊張というか、気負った気持ちを和らげるための、彼女なりのエールのようなものだったのかもしれない–––––––––けどさ。
「……もうちょい他に方法あったろ」
「ふふっ。素直じゃねぇなぁ。年頃って感じして可愛らしいわ」
違う。そういうこと伝えたかったんじゃない。
そう突っ込みたかったけどやめといた。断じて照れ隠しなんかじゃ、ない。
そんなことよりももっと重要なことあるだろ。
「ったく。それより妖退治に行くんじゃないの? 早く行こうぜ」
「お、そうだな。んじゃ行くか。ほれ」
そう言って彼女は手を俺に向かって差し伸べる。
これは、「手を取れ」ってことでいいのかな。
「これは手を繋げってことでいいのか?」
「他に何があんだよ。ほら、早く手ぇ握れよ」
「はいはい」
そう軽く返して、俺はミコト様の手を軽く握る。
次の瞬間、視界が突然切り替わる。
部屋の蛍光灯が明るく照らしていた空間から、薄暗い夜の闇が一帯を覆う世界へ飛ばされた。
突然だったけど、まあ、別に驚くことじゃない。ミコト様の力で現場に瞬間移動したんだろうな、なんて察することはできる。
何故って、現にここはここは覚えのある場所だから。
小さい頃、よく幼馴染と遊んだ大きな公園だ。ここでそいつらとボール蹴りあって、追いかけ回って遊んでた記憶がある。
男1人と、女1人、俺含めたら3人でよくつるんでたなぁ。中学は俺だけ別だったけど、それでもたまに会ってて、その度にどっかみんなで出かけてた。
あいつら高校上がってほとんど合わなくなっちまったけど、元気にしてるかな––––––––––ってイカン。
完全に思考が傍に逸れてる。
「ったく。感傷に浸るのはいーんだけどよ。今はそれどころじゃねぇかもよ。ほら」
そしてそれはミコト様から見ても丸分かりだったみたい。恥ずい。
気を取り直してミコト様が指差した方を見る。
すると遠目に、怪しく光るモノが無数に見える。
目を凝らして、耳を澄ます。そうすると、大体それがどんな形をしているのかが見えてきた。
––––––––––けっけけ、けっけけ、ケッケケケケ♫
なんか歌いながら行進している火の玉の集団。
目がなく、口だけが三日月模様。
その面様は、そこはかとなく不気味さを感じさせる。
多分あれが今回、退治すべき相手なんだろう。そう確信出来るほどに、怪しい雰囲気を醸し出していた。
「悪い妖って、あれか」
「ああ、火災とかを起こす原因になる妖だな。あんくらいなら全然大したことねぇんだけどよ。数集まると厄介なことになんだ」
「なるほど、事がでかくなる前に叩いておこうと」
「そういうこった。察しが良くなってきたじゃねぇの」
なるほど、チュートリアルとしてはうってつけの相手なわけだ。
あの程度の相手なら、俺を連れて来ても大丈夫と判断したのだろう。現にミコト様も、侮ってはいないけど負ける気はしないって雰囲気だし。
「さーてと。戦う前に一丁、どうやってあいつらと戦えばいいか説明してやるよ」
「……そういえば、どうやって俺戦えばいいんだろう。そこら辺まだ説明されてなかったな」
「だ・か・ら、それを今話してやるってのよ」
ミコト様はぐっと背伸びをする。準備運動の様なものだろうか。背伸びをする時に身体のコリをほぐすように反動を何度かつけている。
「アタシ達神が、神としての力を使うための力の源、『
「神の力、っていうと雷落っことしたりとか大地に恵みを与えたり……的な?」
「そうだな。大まかそんな感じだ。神によって能力は違うけどな。そんでたまに、
神力、神が神としての力を使うための源となるもの。そして自分には、そんな力が眠っていた。
話が壮大すぎて正直実感が持てないけれど、ミコト様のこと、俺が視えた理由もなんとなくわかる。
だってこれ以上とない、ミコト様との共通点じゃんか。
だからそう言われて、すごく腑に落ちたというか。
まあそれはともかくとして、俺はその力を使って戦っていけばいいわけだ。
でも、どんな風に使えばいいんだろう。そこがまだわからない。
「で、ミコト様。俺にそんなすごい力があるのは分かったんだけど、それどういう風に使うの……って、なんか近づいて来たぞあいつら」
話している間に火の玉野郎どもがわらわら近くに寄って来ていた。俺たちと対峙するようにして、目の前に群れをなして炎を揺らめかせている。
ニヤニヤと相変わらず不気味な笑みを浮かべながら、何かヒソヒソと会話しているご様子。
「けけけけ」としか言ってないので、話の内容までは理解できないけど。
「まずはこいつらを数で嬲ってやろう」
とでも言ってんのだろうか? だとしたらなんか無性に腹立ってくるけど。
「お、ちょうどいいな。軽い運動ついでに使ってるとこ見してやるよ。説明めんどいし、なっ!」
「いや説明放棄すん————どわっ!」
そう言うやや否やミコト様は風を切って妖の群れに向かって飛び込んでいく。飛び出したスピードで強く風が巻き起こった。
思わず言葉を途中で止めてしまうくらいには、荒く強い風。
思わず目を細めてしまう。でも、かろうじて開けていられる。その目で既に妖の目の前まで迫ったミコト様の姿を捉える。
「アタシは身体能力を神力で強化できんだよ。こんな風に、なぁっ!」
そして群れの中心に、思い切り正拳突き。
二匹ほどその打撃をモロに食らって、はるか前方方向へと吹っ飛んでいく。
ついでに後ろにいた奴らも巻き込んで、だ。
そして更に追撃を仕掛けるように突風が甲高い音と共に辺り一面をかき回す。
それに巻き込まれたいくらかの火の玉集団は、その突風にかき消されていった。
断末魔を叫ぶ暇もなかった。哀れ。
「それと、辺り一面に風を起こせんだ。そよ風から突風までお手のもんだぜ?」
ミコト様は高く舞い上がり軽くバク転を決めて俺のところに戻ってくる。すごくきれいで、しなやかなモーション。流れるようにくるりと空中で一回転を描く。無駄にカッコイイな。
思わず見とれてしまいそうになるけど、今はそれどころじゃないだろと無理やり自我を現実へと引き戻す。
さて、妖の方はどうなってんのと思ってそちらを伺うとまあびっくり。
ざっと見てもといた数の半分くらいは減ってるじゃないですか。
イヤ結構いたんだぞ。ざっと見て60はいたはずだ。それが一瞬にして半分にまで減ったってアンタ。
「マジか、これで全盛期の半分以下……」
これが力半分以下ってんだからそりゃ驚く。彼女の全盛期の姿が割とマジで想像できない。流石神様……とでも言うんだろうか。
「この程度驚くことでもねぇだろ。ってことでまぁ、こんな感じでやってみろ」
「いやこんな感じって、今のだけじゃ全然わかんねぇんですが。ただ使ってるとこだけ見せられても……」
ミコト様はさぁ実践だ。と言わんばかりの雰囲気でそんなことを言うけれど。
今ので使い方をつかめってったって流石に無理があるでしょうよ。
はい見せたからできんだろっていう顔しないでね。色々規模とかぶっ飛びすぎててよくわかんなかったんだから。
「ったく、あんま難しいことじゃねぇんだけどな。ま、言えることがあるなら、目を閉じて想像してみろってこったな。あとは成り行きで何とかなるはずだぜ」
「随分とアバウトだな……ったく」
文句を言いながらだけど、言われた通りに目を閉じて、想像する。
想像する。想像する。
ぼんやりと浮かび上がってくるのは、部活で走っている俺の姿。
そういえば陸上部では俺、短距離やってんだ。
短い距離をまぁがむしゃらに、本気で走る。それって普通の人が思うより、とにかく辛い。だって実際、短い距離を走ってる時って殆ど息、止めてんだぜ。それを100メートル5本10本、全力で3セットとかやるんだから疲れるのなんの。
でも、もっと速く駆け抜けたい。そのために毎日、毎日練習してる。そう、それこそ––––––––––、
『光』のように––––––––!
イメージがはっきりと浮かび上がる。
光だ、眩く純白の、光だ。
思わず、前に飛び出した。まるで何かに引っ張られるかのように。
まるで引きずられるように、妖の群れの前にぐんっと近づいていく。
奴らは迎え撃とうと構えのようなものをとって、叫びながら数匹、飛びかかってくる。
俺は、その数匹めがけて、
「らあぁっ!」
正拳突きを繰り出した。
瞬間、目の前が眩く光る。
目をつぶってしまうほど、強い光なのに、俺はその光を目にしても、はっきりと目を開けていることができた。
その目に飛び込んできたのは、
腕からサーベル状に伸びる、光の柱。
そっか、俺の力、俺の中に眠っていた「神力」、それは。
「光」だ。
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