第6話 真面目な理由

「妖……っていうと、妖怪とか、お化けとか、そんな感じの?」

「んー……、ま、その認識で合ってるぜ。化けギツネとか、一つ目小僧とかな。もちろん良い奴らも沢山居んだけどよ、人に悪さする奴らもそれなりにいる。お前にはそいつらの退治を、手伝って欲しいんだ。」


 俺の単純な質問に、ミコト様は頷いて肯定する。

 なるほど、ちゃんとした理由はあったわけだ。この時勢に眷属を欲するだけの理由が。

 でも、数々の大災厄を退けてきたほどの神様が、今更なぜ妖退治のためだけに眷属を持つ気になったのだろう。そんな疑問がふと頭をよぎる。

 けど、辺り一帯を見回してみて、すぐに思い当たるものがあった。


「ま、400年くらい前なら別に1人でもなんとかなったと思うんだけどな。アタシの信仰が薄れちまったせいで最近じゃ全盛期の半分くらいまで力が落っこっちまってんだ。そのせいで最近やたらと怪しい気配がそこかしこにあんのになかなか手が追っつかねーのさ」


 やっぱり、そうだったのか。概ね予想通りだった。


 寂れて、

 埃を被って、

 雑木林の中にポツンとあるだけになってしまった社。

 それだけでも、ミコト様の信仰の稀薄化を示すのには十分だ。

 きっと昔なら問題にもしなかったようなものだったけれど、今は自分1人ではなかなか解決することができない。だから、眷属の力を借りようということか。


「ったく! 情けなくなっちまったもんだな。本来アタシに課された責務すらこなせなくなっちまうなんてよ。眷属は昔にもいたけど、こんなことで迷惑かけることなんてなかったっつうのにさ」


 そう言って彼女はなにかを吹き飛ばすようにして、笑う。

 因みにその笑い顔は、さっきまでの笑みとは全く違って。

 自嘲的で、少し悔しそうな笑みだった。


 きっと、いや絶対、ミコト様は責任感の強い人なんだろう。いや、神様としてのプライド的なのもあるだろうか。そんな彼女の心境が垣間見えた気がして、少し心がチクリと痛んだ。


「別に、これはアタシが強制できることじゃねぇ。わかっちゃいると思うが危険な事だからな。一方的に契約しといて何言ってんだって思うかも知んねーけどさ。こうでもしなきゃ、お前と話すことさえできなかったからな」


 話すことさえ、できなかった。その言葉が俺の胸に深く入り込んで、染み付く。

 ああ、そっか。この神様はずっと––––––––––––、


「いやー、お前がアタシのこと視えたってわかって、少し嬉しかったよ。なんせ最後にアタシのこと視えたやつって、400年くらい前のやつだったからな!」


 1

 お参りする人が少なくなって、人々の信仰が別の神社に移って。

 誰が隣にいるわけでもない。ただの1人で、400年もの間闘っていたんだ。

 どれだけ孤独だったんだろう。俺なんかが想像するのはおこがましいだろうか。


 たしかに彼女は神様。400年なんて彼女にとっちゃ大した長さじゃないのかもしれないけど、俺にとっては、あまりにも長い。長すぎる。

 確かに、妖退治なんて楽な仕事じゃないのだろう。身の危険も常に伴う筈だ。そう考えると正直言って、怖い。でも、


 また、逃げるのか? そう自分に言い聞かせる。

 逃げたから、黙ってたから後悔したこと、酷い目にあったこと、いくらでもあった筈だ。

 もう、そんなことして後悔したくない。辛い思いをしたくない。


 正しく、ありたい。


 そんな気持ちが、昂ぶってきた。なら。

 俺が言う事は、一つしかない。


「やるよ。ミコト様。戦闘経験も、武道経験もなんもないけどさ。やってやるよ」


 笑っちまうくらいクサい台詞だな、なんて思うかもしれないけども、俺流の士気の高め方なんだから仕方ないだろう。


 今ここに、ミコト様と俺の、眷属関係が成り立った。

 ミコト様はそんな俺の心境を察したのか、少し嬉しそうに笑う。


「ありがとよ羅一。んじゃ、早速今日の夜から手伝ってもらうか。今日の日付変わる直前くらいにお前ん家行くからさ」

「あれ、俺の家知って–––––––––?」

「おい、アタシを誰だと思ってんだ?」


 この地域の神様だから、ここに昔から住んでる俺のことはなんでもわかる––––––––って理屈か? もしかして。なんでもありだなそれ。

 まあ、あっちから来てくれるのであれば都合がいい。夜に家を出てこっちに向かうのは親に何か後ろめたいものがあったから。


「……なんとなくわかった。じゃあ俺はその時間までに色々準備しとけばいいんだな?」

「ああ、頼むぜ……っとそうだ」


 そこまで言うと、ふと、ミコト様は何かを思い出したように手をポンとたたく。

 まだ何か伝えなきゃいけない重要なことでもあるのだろうか。そう思って少し身構えた。


「ん、どうした? 何か他に」

「なんか食いもん持ってきてくれねーか? ちょっと腹減っちまってよ」

「……わかったなんか買ってくる」


 全然大したことじゃなかった。なんでとびきりの笑顔なのさ。

 眷属って書いてパシリとでも読ませるつもりか。笑えるようで笑えねえ冗談よしてくれ。

 悩んだけど、結局雑木林の近くにあったケーキ屋でシュークリームを2個ほど買ってミコト様に献上した。

 そしたらミコト様そのシュークリームいたく気に入って、あっという間に平らげると、「毎日これで頼むわ」なんて言う始末。


 まぁ無理なんですけど。

 そんなことしたら俺の財布の中身1週間そこらで綺麗さっぱり無価値になりますし。

 多分「無理だ」って言った時の俺の顔は笑顔だったんだろうなぁ。

 なんとなくそんな気がした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る