第5話 一方的な契約
「貴女が、あのミコト様、ですか?」
「だから、そうだっつってんだろ? ……まさか自分で言っといて今更信じらんねぇとか言うんじゃねえだろうな?」
「いや、そう言うわけじゃ。ただビックリしてるだけで……」
目の前の女の子–––––––、ミコト様は俺の反応をみて怪訝な表情を浮かべるが、俺としてはこの状況においてはこういう反応しかできない。
そりゃあ神様ってものをこの歳になってはっきり視たっていうのもあるけれど、初めて視たミコト様は、俺が今まで抱いていたイメージとは、第一印象からだいぶ違ったからだ。
俺が抱いていたミコト様の人物像は、それこそ巫女さんの様な服を来ていて、大和撫子って言葉がよく似合うような雰囲気で、物静かで……。兎に角まぁ一言で言うなれば、お淑やかな神様なんだろうと思ってた。
でも、目の前にいるのは、綺麗な顔立ちや半袖の袴からは、少し上品な雰囲気が出ているものの、日焼けした肌に、ニコッと笑う笑顔は元気な町娘の様な印象を受ける。口調だって、「お淑やか」なんていう言葉とは程遠く、どちらかといえば「勝気で男勝り」なんていう印象を受ける。
「ふぅん、じゃあアレか? アタシが予想以上に好みの姿だったりしたか?」
「いや、何言って、確かにそれもあるけど–––––––––って、あ」
「あははっ。素直なとこは相変わらずみてぇだな」
ほら、こんな風に目を細めて面白い遊び相手を見つけたかのような笑みを浮かべるなんて、全く「物静か」も、「お淑やか」とも合わないだろ? だからちょっとびっくり、というか、困惑してる。
でも、まぁ、そんなのはあくまでも俺の印象と違ったってだけの話だ。
そんなのは別にどうでもいいことで……、
––––––––って、ちょっと待とうか。
さっき、俺の聞き間違いじゃなければ、「我が眷属」って言わなかったか。
どういう意味なんだろうか。いや別に想像できないわけじゃない。
ただ、その俺の予想が当たっているとすれば、それは俺の人生を大きく変えてしまうであろう事であるのは間違いないわけで。
「ん? ちょっと待っ––––––––––––、てください。貴女がミコト様って事はわかったんですけど、眷属って今言いました、よね。それって一体なんの話で?」
「お、そうだ。それ、説明してやんねえとな」
元から困惑していた頭が更に混乱する。
だから少し早口になってしまうけれど、そんな俺をよそに、ミコト様はあくまであっけらかんとした態度。「なに、別に大したことじゃない」とでも言いそうな雰囲気だ。
「まずは、眷属って言葉の意味は知ってるよな?」
「まぁ知ってます。従者とか、家来とか、ですよね?」
「そだな……ってか、敬語じゃなくてもいいぜ? あんまりかしこまられんのはアタシとしては嫌だしな」
そう言われましても。というか話中断させるほど気になることなのか、それ。
彼女はれっきとした神様。たとえどんなことがあっても言葉遣いは丁寧にいかないといけない気がする。
でも、ミコト様本人が「敬語は嫌だ」って言ってるのにそれを押し切ってまで敬語を使うのは逆に無礼……、なのかな。
「……わかった。じゃあそうする」
「うし、じゃあ話続けるか」
だからタメ語で話すことにした。それでも少し悩んだけど。
ミコト様は満足気に微笑むと、中断していた話を再開させる。
「眷属の意味を知ってんなら話は早えな。単刀直入に言うか。お前さっきアタシの御神体触ったろ?」
「あ、うん。触ったね。現に今持ってるし」
ふと、手に持っているミコト様の御神体に目を落とす。
「そん時にお前はアタシの眷属、っつう契約みたいなもんが結ばれたのさ」
「はあっ!?」
まさかの超展開。思わず変な声が出てしまう。
いや予想はしてたよ? ミコト様が視えるようになったこと、眷属って言葉が出てきたことから、もしかしたら俺はこの神様に眷属として認定されたんじゃないかってことくらいは予想できた。超大したことあるじゃん。
けどやっぱ驚くもんは驚くわ。どんなに覚悟してたってさ。
しかもわりかし当たって欲しくない予想だっただけに余計にだ。
「あ、因みにそこに御神体置いたのもアタシだから」
「いやでしょうね!」
知ってた。
いや知ってた。
というか薄々そんな気がしてました。ハイ。
だった不自然なまでにぽつんと落っこちてましたし。
……いや嘘だ。思いっきり誰かがいたずらで引っ張り出したと思ってたわ。
というか契約って何のことだ。単に視えるようになったってだけじゃないのか。
「てか契約って言ったよね? 単に視えるようになって、あなたが眷属として勧誘してるってだけじゃ」
「んなわけねーだろ。ほれ」
そう言って彼女は人差し指を立てる。すると、仄かに指先が光り輝いた。その光は線状に伸びて、俺の人差し指の先へと繋がる。
運命の赤い糸––––––––、と、いうわけではないんだろうけど、よくマンガとかで表現されるソレを想像させる。
「これ、は?」
「アタシとお前を結ぶもの……用は契約したっていう証だな。そこの御神体にはちょいとまじないをかけててよ。アタシの眷属にたる人間が触ったら無条件で契約を結ぶようにしてんのさ」
「ちょっと待って理不尽すぎやしませんか!?」
完全に契約してる証を見せられて、改めて愕然とする。何か外堀を着実に埋められているような感覚がする。
無条件ということは、つまりアレだ。こっちの意思とは関係なしに一方的に取り決められたものだということだ。俺の意思完全無視じゃねぇか。
契約するときは相手の同意を得ましょう。コレ、大事よ。
いや何面白そうに笑ってんのさ。
「えーとちなみに、契約破棄とかは」
「あー、無理。コレ、相当深い繋がりのものだからな。それこそよっぽどのことがねー限りなくなんねーモンなんだよ」
「で・す・よ・ね!」
俺の声で木に止まっていたキジバトが数匹飛び立つ。
最後の砦が陥落した。契約って聞いたから僅かに期待を寄せてたものだったのに。
なんだろう、この、人ならざるものが視えてるっていうすごく唆る展開なのにこのやるせなさ。詐欺にでもあった気分なんだけど。
「まーそうカッカすんなっての。アタシたち神の眷属になるにはそれなり縁、かつそれなりの力を秘めてないとそもそも契約なんてできねぇんだぜ? 少しは自信持てることだと思うけどな」
「うん、こんな状況でなければ、の話だけどな」
ミコト様のいうことは確かに合っているのだろう。眷属として契約されるってことは、それなりの力が俺の中にあるんだってことくらいは考えられる。
でも、俺にも心の準備ってモンがある。まあ、そんなことできる状況下になかったじゃないかと言われてしまったら、何も言い返せないけど……。
でもコレ俺の心の問題。
理屈じゃないのよ。
いやマジで。
「確かにお前がやりたくねぇんだったらアタシは強制する気はねーけどよ。眷属がいなかったらアタシが困るんだよなぁ」
「え、困るって、何が」
困ること? 眷属がいないと困ること。爺ちゃんから聞いた話だと、ミコト様は神様としては凄く優れた人だって聞いている。大きな災厄を退けて、地域に恵みをもたらして……。俺が知ってることだけでも両手じゃ数え切れないくらいの逸話を持ってる、らしい。
そんな神様が困ることって……、一体何だ?
「供え物持ってくるやつがいねーからな」
「思ったよりあっさりしてました!」
あ、キジバトがもう数匹飛んでった。すまんなキジバト。
いや、わかる。わかるんだ。供え物はいわば神様のご飯。確かになくちゃ困るだろう。
でも、なんかコレじゃなかった。もっと別の、もっとシリアスな理由があると思ってた。
てかそれなら今まで飯どうしてやがった……って突っ込みたくもなるけどこれ以上はなんかめんどくさくなるだけだし、やめとく。
「あっはっはっはっは。いやー面白れぇなぁお前。隣にいたら退屈しなさそうだ」
「なにわろてんねん」
あ、もうちゃんと突っ込む気力すら削がれつつある。なんていうか、神様って感じがしないこの人。俺が抱いていた神様像が音を立てて––––––––––、
いつの間にやら崩れてた。ホントいつのまにか。
「ま、他にもあんだけどね。さて、ふざけた調子もこんくらいにしとくか」
そう言った瞬間、彼女の纏っていた雰囲気が変わる。
それは神妙で、真面目なもの。さっきまでふざけていた雰囲気は少し影を潜める。
急に出てきたそれに、俺は思わず息を呑んでしまう。
そしてミコト様は、そっとテーブルに水を置くような調子で、口を開いた。
「この街の妖退治を、手伝ってもらいてぇんだ」
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