第4話 その女の人は、神様だった

「……えーと、失礼だと思うんですけど、貴女、いつからそこに……?」


 失礼な事なのはわかっているけど、思わず、目の前の人を指で指してしまう。


 一瞬目の前が真っ白に染まったかと思ったら、次の瞬間にはさっきまでいなかった女の子が目の前にいた。


 しかもそれはめちゃくちゃ可愛い、美人の女の子だ。

 少し日焼けした肌に、袴を来ていてもわかる綺麗な体つき。そして元気で快活な、俺と同い年くらいの少女のような顔立ち。

 思わず少し見惚れてしまうくらいには、綺麗で可愛いと言える。

 こんな存在感のある女の子、近くにいたら絶対に気付くはずなのに––––––––––、なんで今まで気づかなかったんだろう?


「……へぇー。アタシのこと、本当にはっきり見えてるみたいだな」


 その女の子はお社の階段に座って、目を細めて思わせぶりににやにやと笑いながら俺のことを見ている。神様の家であるお社に腰掛けているなんて、普通の人が見たら非常識だなんて思いそうだけど。


「ふふっ、あいつ以来か。アタシのこと見えるやつってさ……って、お? お前もしかして……」


 そして、そこから立ち上がってこちらにゆっくり向かってきたかと思うと、少女は何かに気づいたかのように、俺の顔を覗き込む。

 可憐な少女の顔が俺の眼前に近づく。いや近い近い。

 心臓の鼓動が少し速くなるけど、少女はそんなの御構い無しで、俺の顔をじぃっと見つめる。

 そして、合点がいったかのように手をポンと叩いた。


「そっか、お前あの時のガキかぁ。妙に面影あると思ったら……。あははっ、もうこんなに大きくなっちまったのかよ」

「あの……一体なんの話で……?」


 まぁ、何かわかった事があったんだろうけど。と言うか俺を見た事があるらしいけど。

 勿論俺はこの女の子の事を見たことなんてない。だから急に独り言のようにそんな事を言われてもなんのこっちゃって話で。彼女は昔を懐かしむような顔をしてるけどさ。

 と、言うか見た目的に俺と同い年くらいなんだけどな。この人。

 故に、なにか取り残されたような気分で、ちょっと気まずい。




「……あーそっか。お前アタシのことはっきり見たの、これが始めてか。じゃあよ、アタシが誰か、当ててみな。いきなり明かしても信じらんねえだろうし、気づいてもらった方が話が早えだろうしな」


 彼女は何かを含むものがあるかのようにニッ、と笑うと、俺の目の前に人差し指を突き立てて話し始める。


「まず、アタシはここでよく遊びに来るお前のこと、見てきたからお前のことはよく知ってんだ。ずっとここに住んでるからな。お前だってそのはずだぜ、大麦羅一?」


 突然、初めて顔を合わせたはずの女の子の口から、俺の名前が発される。何故、俺の名前を知ってるんだろう。彼女は俺のことを見た事があるにしても、それはチラッと見た事がある程度のはずだ。だって直接顔を突き合わせたのは初めてのはずだし。


 だから、名前なんて知りもしないはずだ。

 でも何故か、何か引っかかるものを感じる。まるで、この少女に、俺自身が心当たりがあるような、そんな感覚。


「え、なんで俺の名前知って–––––––るんですか? だって初めて会ったはずなのに……」

「……もう一つ、手がかりをやるよ。次に、アタシはずっとここにいたぜ? ……もしかしたらさっきまではアタシのこと、のかもなぁ?」


 少女は俺の反応をみて、「わからないのかよ。鈍感だなぁ」なんて言いたげな、少し不満そうな表情を見せるけれど、すぐに気を取り直したみたいで、話を続ける。


 –––––––––ずっとここにいた? そんなバカな。さっきまでそこにいなかったのに、そんなこと。


 ありえない、はずなのに、

 さっき彼女が言った、「視えてなかった」という言葉が、頭に引っかかる。

 さっきから、ずっと頭に引っかかっていたこと。それが少しずつ、俺の中で形になって浮き出てくる。

 まさか。だってそれは普通に考えたら、馬鹿げたようなことだ。

 でも、それなのに、俺はそれを何故か、完全に否定できずにいる。


「ずっといるなんて、そんなバカな。だってさっき見た時は誰も……いなかったし……」

「おいおい、まだわかんねえのかよ……。ったく、じゃあ、あと一つだけ教えてやるよ」


 言葉が途切れ途切れになってしまう。それは、自分の頭の中にある可能性を否定しようとしているからなんだけど。

 その心境を察しているのか、察していないのか、よくわからないけれど、目の前の少女は呆れたようにため息をわざとらしく一つ吐く。そして、続けた。


「最後に、アタシは人ならざるものだ。だからさっきまでお前の目には視えなかったのさ。まぁ、俗に言う神様って奴だよ……ここにいる神様って言ったら、1人しかいねぇよな?」


 あぁ、やっぱり。やっぱりそうなのか。

 彼女は自分の事を神様と言った。側から聞いたら、頭のおかしい人だと思われかねないだろうけれど。


 でも、それを信じるにたる経験を俺はしている。

 さっき御神体を触れた時に感じた、神秘的なもの。清流が体の中を駆け巡るような感覚。

 そして、ここに住む神様、それも女の人といったら––––––––、

 信じられないことだ。でも、1番それが納得できる可能性。


「……信じられないことだけど、あなたまさか」


 小さい頃の記憶が、また、唐突に脳裏によぎる。

 あぁ、あの時、ここで見た眩いまでの光は、本当に、本当に、


「ミコト様?」


 神様ミコト様だったのだろう。

 少し、声がこわばってしまった。でも、仕方ない事だ。

 だって本物の神様って奴を、はっきり見てしまったのだから。


 そして彼女は、そんな俺を見て、面白そうに笑っている。


「漸くわかったみてぇだな。若いくせに頭が固えなぁ……。いかにも、アタシは尊ノ神。通称、ミコト様だ。よろしくな。大麦羅一。我が–––––––––眷属よ」

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