第3話 初めて、はっきり見た瞬間

 暫くちょっと古い記憶を頼りに獣道を歩いていると、お目当てのものが見えてきた。

 ブナやコナラが辺り一帯に生い茂る中、あるものを中心にするようにして視界が青く開ける。

 そのあるものとは、少し大きめの、古びたお社だ。そのあたり半径20メートルほどには木が生えておらず、まるで空に穴が開いたかのように青空が広がっている。

 そんなところも、この静かな雰囲気もすべてまとめて、


 —————ホント昔から何も変わってないな。なんて思ってしまう。

 

 まあここは普段からあまり人が立ち入らないところみたいだし、変わりようがないのかもしれないけど。

 そして、そんな環境下だからかもしれないけど、より一層際立つものがある。


「あの時よりもこのお社、更に古びてる気がする」


 俺がここによく来ていた時期も少しさびれていた雰囲気はあったが、今この場に来てみるとさらにそれが増している気がする。屋根は砂や雨風にさらされたせいか茶色く変色しているし、お社の内部にまで砂埃が入り込んでいる。

 そういえばここは、昔この地域を治めていた「ミコト様」っていう神様を祀っている場所だと、地元の歴史に詳しい祖父から聞いたことがある。「昔からの言い伝えじゃよ」なんてじいちゃんは言ってたけど、小さいころの俺には単なる言い伝えってだけのようには思えなかった。

 それは昔に経験したことが元になってんだけど—————ってそうだ。今朝見た夢とかもろにそうじゃん。


 ここで、昼間なのにやたらまばゆく光る光を、何度か見たことがあった。

 その光はまるで俺を包むように輝いていて、その時からミコト様の言い伝えを知っていた俺は、その光を神様なんだって確証もないけれどそう思っていた。


 ホントあの頃見た光って何だったんだろう。ホントに神様だったら面白いけど。


「ま、とりあえずせっかく来たんだしちょいと掃除していくか……ってこんなとこにご神体落っこちてんじゃん!?」


 お社のすぐ前に遠い昔に作られたであろう、きれいな鏡が落ちていた。鏡の装飾や作り方から素人目でもすぐに御神体であろうことは想像がつく。

 御神体はいわば神様の宝物のようなもの、本来であればお社の奥深くにしまわれこんなところに落ちているはずなんてないはず、なんだけど、


「ったく誰だ……。バチあたんぞちくしょう」


 誰かがいたずらで引っ張り出してしまったのだろうか。想像上の人間に悪態をつきながら御神体をせめてお社の中に置こうとひょいと地面から拾い上げる。

 その刹那



 一瞬目の前が真っ白に塗りつぶされる。

 それと同時になにか、神秘的なものが体の奥底まで溶け込んでいくような感覚に襲われる。

 まるで清らかな水が体の中に入ってきて、体全身を満たしていくような、そんな感覚。

 今まで生きてきて感じたことのないものだった。


 まあでも、そんなことは本当に「一瞬」のことで。

 視界はすぐに元に戻り、不思議な感覚もふっと消え失せてしまうが、それは突然のことだったから。

 立ちくらみを覚えて、少しよろめいてしまう。


「……っとと。ったく、何だったんだ今の……って」


 体制を立て直した流れで顔を前へと向ける。自然とお社が視界に入る。

 その時、一瞬言葉を失った。

 それは、そこに今までにないものが映りこんだからだ。それは、


「アレ?」

「お、お前、アタシのことが見えんのか?」


 短髪に髪を切りそろえ、袴を綺麗に着こなした女の子。その女の子は俺を見ながら、少し嬉しそうに微笑んでいる。

 これが、俺がミコト様をはっきりと視た、初めての瞬間だ。

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