第2話 夢、それは記憶のひとかけら
夢を見ている。これは昔の、記憶のひとかけら。それが目の前で再生されている。
家から自転車で10分ほどしたところに、小さな雑木林がある。昔、まだ小学校低学年くらいの小さいころに、親に連れられて、よく妹と一緒に虫取りやドングリ拾い、それからボールを蹴りあったりして遊んでいた。
まあ大きくなってからも、散歩がてら寄ってみたり、いろいろとお世話になった場所ではあるのだが。
夢の中の俺は、9歳くらいだろうか。と、いうことは、小3か。妹とボールを蹴りあって遊んでいる。おおかた、妹との遊びに付き合っているのだろう。俺の妹はやたら元気で、外に飛び出していくような奴だったし。今だってそうだ。
俺がボールを妹の方へ蹴り、妹はそれをおぼつかない様子ながらも足で何とか受け止める。そして俺に向かって蹴り返すも、斜め20度ほど俺からそれて転がっていく。
あー、惜しい。もう少しだったぜ、なんてそれっぽい、いかにも兄貴っぽい優しい言葉を妹にかけて、ボールを取りに行って、蹴り返す。
妹が蹴ったボールが、ひときわ大きく横にそれて飛んでいく。向かった先はこの雑木林に古くからある、すこし大きめのお社。
もうあの時から管理する人がいなかったのであろう。随分埃をかぶっていた記憶がある
小さいころ、よく地元の歴史に詳しい祖父から、「このお社にはミコト様っていうえらい美人な女の神様がおったんじゃよ」なんていうことを聞いていた。
お社の階段の手前まで、ボールが転がる。近寄って、拾って、顔を上げたとき、
ひときわ、目の前が光り輝いていた。
その時の俺は、何の確証もなくそれを神様なんだと信じていた。
無意識に、手を伸ばす。手を伸ばしたのは、まあ何となく。神様に、見えてますよ、なんて意思表示をしたかったのかもしれない。
じいちゃん。「いた」んじゃない。「いる」んだよ。ここには神様がいて、俺たちを見守ってるんだ。小さいころから見ている光を見ながら、俺はそんなことを考えている。
といっても、この光はしばらくしたら目の前から消えてしまうのだけれど。
その光は、俺を温かく包むように光っていて—————、
—————ちゃん———いちゃん!——きてよ!
あ、妹の声が聞こえる。いけない、待たせすぎたかな
そうふと考えて振り向いて—————
「起きろぉぉぉぉおおっ!」
「ぐぼッ!?」
腹に衝撃。夢から現実へと急速に意識が引っ張られる。
爽やかな朝。部屋の窓から朝日が差し込み、外では小鳥がさえずっている。俺、大麦羅一の朝は、こういうときは気持ちよーく背伸びをして、夢の内容に暫く考えを巡らせるところなんだけど、
どうやら上から腹に正拳突きを叩き込まれたらしい。痛みで息が詰まる。チクショウそれどころじゃねえ。
まあこんなことしてくる奴は俺の知る限り一人しかいない。
「おっ・・・・・がっ・・・・・・てめ、こんのぉ・・・・・っ」
「抗議の目を送ったって無ー駄! まったくぅ、この可愛い妹の朝食も作らないで、呑気に寝てるってどういうこと? お兄ちゃん」
少し自意識過剰な俺の妹、
中学3年になって、体つきも女性らしくなった。並より少し発達した胸を張って、腕を組んでしかめっ面。
そして布団の上でのたうち回ってる俺をアホを見る目で見降ろしている。
オイそんな目でみんな俺お前の兄貴なんだけど。毎朝朝食作ってんの誰だと思ってやがる。
で、どうやら俺が朝食を作らないことにお冠らしい。だからこんな暴君まがいの行動に出たのだろうが、
てめえ空手部エースだろうが。
もうちょい加減できねえのか。
それに今日は休日ではなかったか。うちの両親は共働きで平日は朝から家にいないから、俺が基本的に朝食を作ってる。けど、休日は家族がいてくれるので、大体は母親が作ってくれるはずだが。
「自分で、可愛いって・・・・・言っちゃいますか・・・・・。ったく、今日休日だろ真依。母さんが家にいるはず」
「ばか! 今日は二人とも休日出勤だよ! 昨日夕食の時言ってたじゃん!」
真依に言われて、昨日の夕食の際に家族と話した内容を頭の中に浮かべていく……、
あ、そうだったわそんなこと言ってたわ。
ったく、それなら真依が怒るのもわかる気がする。一応俺が朝食係になってるわけだし。
……いや少しは手伝えやと思わなくもないけど。いつも朝食準備は俺に丸投げだし。
でも、今それを言っても無駄なので、言わないでおく。
「悪い。すぐに作る。簡単なものになっちゃうけどさ」
「はいはい。わかったら早く作って! 私パンでいいから! あ、みそ汁もお願い!」
自分の要求を矢継ぎ早に言うだけ言って部屋へと戻っていってしまうわが妹。自分勝手な奴だなあ全く。まあ寝坊したのは悪かったけど。
寝間着のままだけど、急いで階段を下りてキッチンへと向かう。さて、真依にまたなんか言われないためにも早く作ってやらなくちゃ。
朝食はパンにベーコンエッグ、みそ汁に野菜サラダと比較的簡素なものになった。急いで作ったから仕方のないところではあったけど。でも真依はおいしそうに食べてたし、まあいいや。
そこから二人で協力して片付けして、洗濯物干したり、風呂洗ったりして、ようやく全部家事を終わらせたのが10時半くらい。疲れた。
真依は友達とお昼を一緒に食べる約束をしていたらしく、家事が終わるや否やソッコーでおめかしして出て行ってしまった。
さて、俺は今日特に約束事も、部活もないので自室でぼーっとしているわけだけど、
——————特にやることもないし、少し地元散策でもしようかな。
そう思い立って、家を出てプラプラと歩き出す。
地元の商店街を通りながら、シャッターが閉まっている店や、新しくできたファストフード店を眺めていく。自分の身近なところでも変わらなければ、変わっていくところもあるんだななんて、当たり前のことが頭をよぎる。
そんなことを考えているからか、ふと、こんなことを思ってしまう。
—————俺は、あの時から少しは変われているのだろうか。
思えば中学の頃、俺はいわゆる「弱虫」ってやつだったんだろう。自信がなくて、モノを強く言えなくて—————、学年のやつから軽く見られてて。
単純な力もなくて、強いやつに言いくるめられてしまっていた頃。強いやつが怖くて、言い返せなくて、いざというときに足が動かなくて、同じ立場にいる人たちを助けられなくて。
それで後悔したことなんていくらでもある。だから、自分を変えたかった。
高校は同じ学校のやつが誰もいないところを選んで。
走ることは少し得意だったし、個人的にもやってたことだから自信を付けるために、もっと体を鍛えるために陸上部にも入って、人とのコミュニケーションも積極的に取りに行って。
大切なものを守れるだけの自信と力が欲しい。そんな自分になりたい。
そう思うと少し小走りになる。ああ、感情が表に出やすいのは変わってないのかもしれない。
商店街をでて、暫く歩いていると、知らず知らずのうちに懐かしいところまで来ていた。
雑木林。今朝夢で見た場所。小さいころよく真依や親父と虫取りなどして、遊びに来ていた場所だ。
この先には古びたお社があったはず。それを証拠つけるように、俺の目の前にはひょろりと獣道のようなものが雑木林の奥に向かって伸びている。あと、なぜか脇に地蔵がある。お寺じゃないんだけどな。
久しぶりに、あのお社のほうまで行ってみたくなった。そんな好奇心に駆られて、鬱蒼とした木々に吸い込まれるように足を進めていく。
これは別にどうでもいいことなんだけど、
なにかしら異変にかかわることになるときって、好奇心から起こした行動がきっかけになることが多い気がする。
そして少なくとも俺は、その類だったってことだ。
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