ミコト様の眷属

二郎マコト

第1話 プロローグ

 昔々、とある関東の、とある地域に、女の氏神様がおりました。

 そう、あの氏神様です。私たちが生まれる前から、あなたの地域を様々な災厄から守り、その地域に住む人を見守る存在です。

 その女の神様は、遠い昔————、鎌倉時代の頃から、災厄や疫病を引き起こす妖を退ける神様として、その地域を治めておりました。

 その神様の神としての力は絶大。1000年に1度の逸材と、神の間では言われていたほどの存在。現に彼女が神としてその地域に祀られてから、大きな災厄や疫病はぴたりとやみ、地域は平穏そのものであったそうな。

 故にその地域の住人たちから厚く崇められ、敬われ、信じられておりました。


 その神様の名は尊ノ神。

 住人にはミコト様と呼ばれておりました。

 ミコト様は地域の住人の厚い信仰の元、地域を災厄から守り続けておりました。


 しかし、そんな神様でも、勝てない者がございました。

 そう。時の流れです。


 時は流れ、江戸時代。ミコト様の地域は藩主の命により、大規模な開発が行われました。小さかった城下町は大きくなり、田んぼや畑も増え、急速に発展していきました。


 そして新しく、別の神様を祀った神社もできました。

 時が流れるということは、その地域も変わっていくということ。

 悲しいかな、ミコト様はその移ろいゆく時の流れに抗うことができなかったのです。


 時を経るに従って、ミコト様の信仰は徐々に薄れ、平成、令和となった今では雑木林の一角にお社がぽつんとあるだけになってしまいました。

 が、それでも彼女は神様。

 信仰が薄れ、力は弱まってしまいましたが————、その力は今もなお、並の神以上。

 今でもまだ、神様として、誰に知られていなくとも、日々襲い来る災厄から、街を守り続けているのです—————。


 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




 –––––––––––っていう話だったはずだ。うん、昔、小さいころ聞いた話や古い絵本この話を見聞きした俺の記憶が確かなら、それで間違いないはずだ。

 いやね? こう聞くとさぁミコト様って神様は、


 厳かで、

 おしとやかで、

 凛々しくて—————、


 なんてさ。

 とにかくそんな神様像を想像すると思う。

 でも違った。俺、大麦羅一おおむぎらいちの住んでいる地域にいる女の神様、ミコト様はそんな神様のイメージを完膚なきまでに叩き潰してくれた。

 まあこれを聞くと、「何でそんなことが言えるのか」 「まるで神様なんて非現実的なものを見たかのようだな」ってツッコミが飛んできそうなもんだけど。


 ハイ、見ました。この目で見ましたハッキリと。

 だって現に、今俺の目の前には、


「おい羅一ぃ! 酒もって来い酒! 茶じゃ物足りねえっつうの!」

「無理です未成年だし。しかも昼間っから何言うとんねん」


 おおよそ女性とは思えない、まるで男のような口調で、


「ま、シュークリーム、だっけか? こいつ持ってきただけでも良しとしてやんよ」

「きれいに食べなさい神様でしょうが」


 豪快にシュークリームにかぶりついて見せる女性がいる。そう。この女性こそが、


「ったくぅ。いーんじゃねぇの? お前以外誰が見てるわけでもねぇんだしさ」

「それ神様が言っちゃあおしまいよ。ミコト様」


 この地方を治める女神様、

 ミコト様その人なのである。



 「で? んだよ羅一。なにかそれ以外にも言いたげじゃねーか?」

 「うん。一つ、行ってもいいすかミコト様?」


 で、そのミコト様は自分が祀られているお社の階段に足を組んで腰かけている。顔には少しいたずらっぽい笑顔を浮かべながら。

 ちなみに言えばこの神様、見てくれはすごくいい。今笑っている姿は快活な少女のようにかわいらしいし、適度に日焼けしたような健康的な体は男子の目を釘付けにしてしまうであろうし。

 だからこそ、今の姿が非常に際立つ。


「あなた上着は?」


 上着、もとい着物を着てない。言ってしまえば下着姿。


「お、気になんのか? いいねぇ年頃の男だねぇ。顔真っ赤っかじゃねーか」

「当たり前だよ何歳の男だと思って……って頼むから服着てくれ」

「あはははははっ。顔ゆでだこみてぇ。まだまだかわいいなぁお前もさ。でも、そんなんじゃアタシの眷属なんざやってらんねーかもなぁ?」


 こんな調子で、目を細めていたずらっぽい笑顔を浮かべたまま、俺を見て歯を見せながら笑っている。

 どう考えても俺をからかうつもりでやってるだろチクショウ。


 ホント、神様らしくも、女性らしくもない性格。ああそうとも。正直やってらんない。

 、こんな奇妙なこと。


 一生かかっても慣れることのできるもんじゃない—————。

 と、思ってる。

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