死にたいボーイと生きらせたガール (裏)

 午前十一時五十五分


 私は彼を見ていた。

 高層ビルの屋上へ続く階段にあった小さな窓から一度も目を逸らさずにただひたすらに彼だけを見つめていた。

 

「最後の仕事だ。成功させないと……」


 微かにだが彼の口からそんな言葉が呟かれた。


「最後の仕事……」


 私にはその言葉が何なのか分からなかった。彼にとっての最後の仕事とは一体何なのだろうか?午前中彼は勤めていた会社をいきなり退社した。私が見てきた限り彼は社内でも人気のある立場で業績も他の人より二回りも良い筈だ。


「……」


 最後の仕事が何なのか私は知りたくて彼の行動を注視していると彼は急に屋上の手摺を跨ぎ外側の縁に立っていた。

 冷汗交じりに彼の行動の不可解さに胸が締め付けられるような感覚がした


 午前十二時零零分


 彼のスマートフォンから彼がよく聞いていた雨に唄えばの音楽が鳴り始めた。

 彼がこの音楽を使用しているのはアラームだけ、それ以外では一切使っていない、誰かに知られるのが嫌なのだろう。

 次の瞬間、雨に唄えばが鳴り響くスマートフォンを彼は手放し高層ビルから落とした。


「……もしかして?!」


 その行動により彼が自殺を図っているのだと分かった。

 

「彼を死なせるわけにはいかない!」


 衝動に駆られ私は屋上に出る扉を勢いよく開けて彼の背後に立って声を掛けた。


「あの!」


 私に気付いた彼は首を横に捻って驚いた顔をした後、冷静を保ちながら言ってきた。


「どうしたんだ?ここは立ち入り禁止だぞ」


 彼が私に声を掛けてくれた。こんな状況でなければ嬉しくて飛び跳ねていただろう、と上の空になりながらも


「え?あ、その……」


 私は彼に近づくと服の袖を掴み、彼に言った。


「死ぬんですか……」


 彼の近くによるだけでも胸が張り裂けそうになる、だけどそれ以上に彼には死んでほしくないから私は勇気を出して聞いてみると、


「そうだよ」


 彼のその直球な言葉に私はたじろぎながらも言う。


「そんなの駄目です。駄目なんです。」


 彼が死んだら私はどうしたら、そんな事は考えたくない、だから思ったことを口にした。


「君には関係ない事じゃないか、僕が死にたいと思ったから此処に立ったまでだ。」


 冷徹なその言葉はごもっともなのだろう、だけどそれでも……


「生きて下さい、私は貴方に生きていて欲しいから……」


 ただそれだけなんだ。


「そもそも君は誰なんだ?見たところ知り合いでもないけれど」


 彼にとってそれが普通だ。私は知らない人、分かっていた。こんな時にならなければ私は彼の前に出てこないのだから。

 無理やり私は言葉を探して答えた。


「それは……通りすがりの人です……」


 行ってから気が付いた。これは途轍もなく最悪な答えだ……


「通りすがりの人がここに居るわけないだろ」


 やはり聞かれた。私は何でもいいやと吹っ切って


「たまたま通りすがったんです……」


 またも可笑しなことを言ってしまった。


「もういい、早く出て行ってくれないか、それと袖を掴むな」


 溜息を一つついた後、彼はそう言ってきたが聞くわけにもいかず。


「嫌です」


 と答えると


「一緒に飛び降りるか」


 彼からその言葉を聴けるとは思っても居なかった。だが私は生きている彼が好きなんだ。だから


「嫌です」


「いい加減にしろ、僕は立て込んでいるんだその手を離せ!」


 私の答えを聞くとにキレ気味に彼はそう言って私の手を振りほどこうとするが


「嫌ですう!」


 このままでは彼はここから飛び降りてしまう、そんなの嫌だ。

 私は先程よりも力強く彼を飛ばせない為に腕を彼の前方に回してガッチリと掴んだ。


「うざったるいな!」


 彼の抵抗を受けながらも力を緩めることなく私は


「生きて下さい!お願いですう!」


 駄々をこねる子供の様に彼に言った。


「ああ!分かったから手を離せ!」


 数十秒彼は抵抗した後、諦めたのか抵抗をやめてそう言ったが私は知っている、彼がこんな事で自分の計画を諦めないことを


「嫌ですう!離しません」


 そう答えると彼は嫌そうな顔をした。どうやら当たっていたみたいだ。


「もういい……」


 彼は二度目の諦めの言葉を吐き、手摺を跨いで内側に戻ってきた。


「これで良いのか?」


 しがみついたままの私にそう聞く彼に念の為私は


「駄目です、ビルの中に入ってください!」


 彼が諦めざる負えない状況になるまで追い込まなければ必ず実行するだから念の為にもとそう言った。


「これでいいのか?」


 彼はそう問いかけてきたところで私はしがみついていた腕を外して辺りを見回すとそこは一階の出入り口前だった。

 その事を確認した私は緊張した身体がいっきに脱力し、彼の前で泣いてしまった。


「良かったですうぅううう!」


 少しすると彼は私に聞いてきた。


「どうしてそんなにも生に執着する、お前は誰だ」


「それは……言えないです」


 その問いには答えられなかった。私を知れば彼は絶望してしまう、それに私は生に執着していると言うよりか彼が生きて欲しかっただけなんだ。


「この度はお騒がせしました。私はこれで、それと生きて下さい!良いですね!」


 少し経って落ち着いた私はそう彼に言うとビルから出てすぐの曲がり角に行き、彼に見ていた。

 彼も少して帰って行くのを確認した後、私はスマートフォンを取り出した。

 起動ボタンを押し、ロック画面が表示されるとそこには彼と私の二人が笑いあいながら映る写真が表示されていた。


「彼は私を知らないだろうけれど私は知っている、あの日、貴方が離婚届を出した後、私ね、顔も声も変えたんだよ」


 また彼とあの日々を暮らしたい、だから私はまたやり直す、その為にも彼には生きていてもらわないと……

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死にたいボーイと生きらせたガール 柊木 渚 @mamiyaeiji

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