死にたいボーイと生きらせたガール
柊木 渚
第1話死にたいボーイと生きらせたガール
八月中旬、僕は高層ビル屋上で寝ころんでいた。
「そろそろかな」
ポケットからスマートフォンを取り出し起動ボタンを押し、ロック画面に記された時計で時間を確認した。
午前十一時五十五分
「最後の仕事だ。成功させないと……」
時間を見た僕はそう言いながら手摺を跨ぎ外側の縁に立った。
丁度一歩踏み出せばあの世へ行ける狭さだ。
「こうして見ると怖いな……」
そう呟いた後、右手に握りしめているスマートフォンでもう一度時間を見る
午前十一時五十九分
「あと少し……」
僕は十二時になったらここから飛び降りようと思っている。別に今の仕事に不満があってとか人間関係なんかが問題じゃない。僕が生きてきた数十年間で生きる意味を見出せなかっただけなんだ。そんなちっぽけな事だ。
だけどそれで十分だ。誰からも理解されなくて良い、僕が決めた事なのだから。
そんな事を考えていると右手に持ったスマートフォンから唐突に雨に唄えばを流れ始めた。現状には似つかわしくないその音楽は僕が好き好んでアラームに設定していたものだった。
「……」
右手に持っていたスマートフォンをスルリと手から離した。
アラームが鳴ったまま中空で加速して落下していくスマートフォンは数秒もしないうちに視界から消え去った。
午前十二時零零分
最後に一度深呼吸をした後に僕は右足を前に出したところだった。
「あの!」
屋上へ繋がる階段の扉が勢いよく開くと同時に小柄な女性がこちらに声を掛けてきた。
「どうしたんだ?ここは立ち入り禁止だよ」
「え?あ、その……」
扉に張られた紙には立ち入り禁止と書かれていたはずなのだが気が付かなかったのか?
オドオドとしながらもその女性は僕に近づいてきて服の袖を掴んだ。
「し、死ぬんですか……」
「そうだけど」
視線を逸らしながらも女性は僕にそう言ってきたので僕も悪びれずに言った。
「そんなの駄目です。駄目なんです。」
「君には関係ない事じゃないか、僕が死にたいと思ったから此処に立ったまでだ。」
暴論だ。僕はただ死にたいだけだ。それの何が駄目なんだ。
「生きて下さい、私は貴方に生きていて欲しいから……」
「そもそも君は誰なんだ?見たところ知り合いでもないけれど」
そう、僕はこの女性を知らない、全くと言って良いほどにだ。
「それは……通りすがりの人です……」
「通りすがりの人がここに居るわけないだろ」
「たまたま通りすがったんです……」
ここを通り過ぎる意味が分からない、ここからパラシュートでも開いて隣のビルへ移る為に通りすがったとでも?はぁ、馬鹿馬鹿しい。
「もういい、早く出て行ってくれないか、それと袖を掴むな」
「嫌です」
何なんだいったい……
「一緒に飛び降りるのか?」
「嫌です」
「いい加減にしろ、僕は立て込んでいるんだその手を離せ!」
無理やり彼女の手を振りほどこうとするが
「嫌ですう!」
先程よりも強く僕の身体に腕を回して飛び降りさせないようにしてきた。
「うざったるいな!」
どうにかして振りほどこうと足掻くが一向に振りほどけない。
「生きて下さい!お願いですう!」
なんだって此奴は!
「ああ!分かったから手を離せ!」
僕がそう言うと彼女は
「嫌ですう!離しません」
クソッ!なんだって此奴はこんなにも僕を生きらせたがるんだ!
「もういい……」
僕は手摺を跨ぎ内側に戻った。
「これで良いのか?」
未だしがみついたままの彼女にそう聞くと
「駄目です、ビルの中に入ってください!」
どこまで用心深いんだ此奴は……
「これでいいのか?」
ビルの中に入りしかも一階にまで来た。
その間僕に向けられた視線は生きてきた中で一番最悪なものだった。
「良かったですう!」
周囲をチラッと見た後、彼女は泣き崩れていた。
「どうしてそんなにも生に執着する、お前は誰だ」
本当に此奴は誰なんだ……
「それは……言えないです」
そう言うと彼女は立ち上がった後
「この度はお騒がせしました。私はこれで、それと生きて下さい!良いですね!」
僕にそう言った後彼女はすぐさま去って行った。
ビルの入り口を出て彼女を見送った後、もう一度死にに行くのも馬鹿らしくなった僕は帰ろうと歩道に出ると知っている音楽が流れたスマートフォンが車道沿いの木に見事に挟まっていた。
「何なんだろな、いったい……」
その奇跡にそう呟いた後、僕はそのスマートフォンを取り、その場を後にした。
(もう少しだけ生きてみるか……)
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