満月の下

 ノイズ交じりの声が聞こえる。


 ラジオの音だと理解して、ケイは我に返る。周波数を合わせてみると、自分たちの住んでいる地域が攻撃されたというものだった。他の廃都市にも注意喚起しているということは、このラジオも非戦闘派のものらしい。


 やっとどうしてこうなったかを思い出し、腕が貫かれていることにも気が付く。痛覚機能は切られているのか、壊れたのか、何も感じないことに、どうしてかケイは笑った。


 そうだ、ジュリは、何処にいるんだろう。


 視界いっぱいを探して、少し離れた所にジュリを見つける。

 さっきまではぴくりとも動かなかったのに、貫かれた腕を力任せに切り離して立ち上がり歩き出す。だが足もすぐに使い物にならなくなり倒れる。それでもなんとか、残った腕で這いずって、ジュリの元へとたどり着く。


 うつ伏せのジュリを仰向けにすると、目があって、にこりと笑った。


 こんな時まで、そんな風に笑えるなんて。


 ケイが驚いていると、口が動いた。声が聞こえないけれど、視線でわかった。空だ。

 見上げようとして、倒れてしまう。もう片腕だけでは立てそうにない。だが、もう関係ない。


 空を覆っていた雲が晴れて、満月が顔をのぞかせていた。


「ジュリ、ほら、見てごらんよ」


 左腕が軋む音を聞きながら、指をさす。


「君の好きな、満月だ」


 首だけ動かしてジュリを見ると、笑っていた。


「君といられて、幸せだ」


 頬に触れる。もう感覚がわからない。それでも、指にキスをしてくれた感触は、わかった気がした。


 ジュリの口だけが動く。詩を口ずさんでいるのかもしれないと思い、ケイはメロディを口ずさむ。

 ジュリのお気に入りの歌を。


 途中でケイの声も出なくなり、顔を見合わせて、声なく笑った。

 段々と、ケイの視界が狭まっていく。もう終わりが近い。ジュリはもう、瞼を下ろしている。


 ジュリが口を動かす。最後の言葉だけは、声が聞こえなくても、伝わった。

 



                了

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満月と羊の夢 リリィ有栖川 @alicegawa-Lilly

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