23 別世界みたいな光景を見る為のデート「京都観光 2024」。

 前回、柴崎友香の話をして個人的に紹介したい本があったのですが、分量の問題で断念しました。

 なので、今回はその本を紹介させて下さい。


 柴崎友香 ワンダーワード。


 副題には以下のように続きます。

「柴崎友香 漫画家対談・エッセイ集」


 7名の漫画家と柴崎友香が対談をしていて、その中に浅野いにおの名前があったので、手に取りました。

 発行日が2008年3月19日。

 浅野いにおとの対談は2007年の4月に行なわれていました。


 ちなみに浅野いにおの「おやすみプンプン」の連載が始まったのが、2007年の3月15日とウィキペディアには書かれています。

 その為、浅野いにおの紹介欄には「おやすみプンプン」を連載中とあり、対談の中でも連載前に編集長に呼び出されて説明を求められた、と語っています。


「おやすみプンプン」を知らない方に簡単に説明しますと、主人公のプンプンが落書きのようなヒヨコの姿で描かれている漫画なんです。

 対談での説明では以下のようになります。


 ――あくまで主人公はふつうの小学生で、ふつうの人間なんだけど、漫画に置き換えられている段階で、ビジュアルが描き変えられているだけなんだってよくわからない説明をして。


 確かによく分からないのですが、漫画を読んでみればすぐに理解できます。

 物語の内容も非常に明快で分かりやすいです。


 浅野いにお自身「おやすみプンプン」の完結後に受けたインタビューにて

「前半は、読者それぞれの人生の記憶、あるいは物語の記憶を引き出していくようなエピソードをばらまいて、主人公であるプンプンに感情移入させる」

 という戦略を取っていたと語っています。


 そのような戦略が取れるのは、単純に浅野いにおに技術があるからだと言えます。

 上手いんです、漫画の描き方や見せ方が。

 技術的に上手いという点で、柴崎友香と浅野いにおは繋がると僕は感じています。


 柴崎友香のデビュー作となった「きょうのできごと」の文庫本の解説を作家の保坂和志が書いています。

 内容の殆どが柴崎友香の文章が如何に上手いかと言うものでした。


 そんな技術的に上手い二人の作家は日常や時間の経過による人間の変化を巧みに描いて来たように思います。

 柴崎友香と浅野いにおは何処か似ていて、比較することで面白い結論が導き出される気はしているのですが、今回は深く踏み込まず「ワンダーワード」に戻りたいと思います。


「ワンダーワード」が漫画家へのインタビュー本である為か、本書の後半辺りに柴崎友香が原作の漫画が差し込まれます。

 田雜芳一という作家・イラストレーターが描かれた鉛筆画の漫画のタイトルは「京都観光 2024」です。


 内容はバイト先の本屋で一緒の女の子を誘って、京都観光のデートをする男の子の話です。

 ワンダーワードが発売されたのが2008年ですから、16年後の京都を想像して描かれた「京都観光 2024」は、何年経っても京都は変わっていないのだろうという実感が核にあるようでした。


 時間経過によっても変わらないものを巡りながら、互いに自分の話をしたり相手の話を聞いたりを繰り返した後の別れ際、二人の前に現れる光景に対し、「別世界みたいや」と言って「京都観光 2024」は終わります。


 時間経過ではないもので人は京都の光景を別世界のように感じられる。

 柴崎友香は町や時間というテーマをよく扱いますが、その奥にあるのは、人間は世界をどう感じるのかという部分があるのでしょう。


 今回、この「京都観光 2024」を紹介したいと思った理由は二つあります。


 一つはデートとしての観光は、おそらく十年、二十年と経ってもそれほど変わらないのではないか、ということ。

 もう一つはデートにおいての必須項目があるとすれば、相手への観察であること。


 そして、相手への観察が時折、手に持ったカメラが別のものへピントが合うように、町や景色に向くことがある。


 少し前に僕はある社会学者の、今の若者の恋愛事情について語っているのを聞きました。

 問題の多くは若い男性にあるんだそうです。


 端的に言えば、今の若い男性は相手を観察することをしない為、楽しいデートを異性に提供できないんだとか。

 全てが自分本位なのだと社会学者の方は言っていました。


 この話を聞いた時、僕の中に浮かんだのは内田樹の「下流志向 学ばない子どもたち働かない若者たち」という本でした。

 そこから一部、引用させてください。


 ――敬意とか配慮というのは、経験を通じてしか学習できない。敬意を向けられたこともないし、愛情を示されたこともない子どもが敬意や愛情を表現できるはずがない。


 今の若者が他人を観察したり、相手を喜ばすデートができないのは、他人に敬意を向けられたり、愛情を示された経験を持ち合わせていないからではないか、と言う印象を僕は持ちました。

 であるなら、そんな若い男性はどうすれば良いのか。


 その問いはまさに、浅野いにおの「おやすみプンプン」のテーマでもあります。

 プンプンは両親が離婚し、母親に引き取られます。母親とプンプンは上手な意思疎通ができず、まさに敬意や配慮という経験を学べず、愛情を示されない(示せない)生活を送ります。

 その結果なのか、プンプンが高校生の頃に母親が亡くなっても、

「プンプンは――母親を最後まで好きになれませんでした」

 と語ります。


 プンプンは多くの学ぶべき経験をせず、青年になっていきます。

 そんなプンプンを含む、自分本位にしか生きられない若者は、どのように学び損ねたものを学習すべきなのでしょうか。


 そのきっかけとして、柴崎友香の「京都観光 2024」は一つの参考になるように思います。


 異性を楽しませるデートはできなくても、相手の話を聞いて、京都の三十三間堂の観音様に対する感想くらいは延べられるのではないでしょうか。

 少なくとも京都であれば修学旅行の話題も使えますし、途切れ途切れでも会話は続くでしょう。


 そのように京都を巡って、形だけのデートを繰り返せば、いつか「京都観光 2024」のラスト、別世界みたいな光景にたどり着けるかも知れません。


 今まで自分が見ていた世界が変わる体験は味わえるようであれば、一度くらい味わっておくべきでしょう。

 その先にもしかすると、自分が学び損ねた経験や感情が待っているかも知れませんから。

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