15 君に届けと願う言葉にこそ、重さは宿る。
寺山修司って知っていますか?
本の後ろにある著者の紹介文には
「詩人、作家、作詞家、シナリオ作家、映画監督、競馬評論家……として、さまざまな表現領域を超境しつつ、果敢な創作活動をつづける」
と記載がありました。
個人的には「書を捨てよ、町へ出よう」という本のタイトルが有名な印象です。
あるいは主演、菅田将暉で映画化された「あゝ、荒野」の著者で知ったという方もいるようです。
寺山修司の本を僕が初めて手に取ったのは「両手いっぱいの言葉 413のアフォリズム」でした。
寺山修司の詩や名言を集めた本なのですが、どのページを開いても興味深い言葉ばかりで、圧倒された記憶があります。
目次のページには以下のような文章が添えられています。
――「名言集というのは、言葉の貯金通帳なのね」
といった女の子がいる。そうかも知れない。
まさに、その通りの本が「両手いっぱいの言葉 413のアフォリズム」なのですが、今回紹介したいのは「寺山修司メルヘン全集4 思いださないで」です。
その中に「ポケットに恋唄を」という話があります。
冒頭は以下のように始まります。
――軽い男がいた。
歩いていると、ときどき軽すぎて体が少し浮くような感じがした。気がつくと足が地上から少し浮いていた。
軽い男の症状は進み、天井に頭がつっかえて足を空中で泳ぐような格好にまでなってしまいます。
そんな彼に、ある日少女が話かけます。
すると、「彼の胸の中にはずっしりとした重みが貯えられるような気がし」ます。
ことばには重さはありませんが、愛には重さがある。
と軽い男は知ります。
というのが、「ポケットに恋唄を」という話です。
なんとも気障な話で、実際に知人がこんな話をするようなら、僕は小一時間笑っていられる自信があります。
そんな話をなぜ引っ張ってきたかと言うと最近、椎名軽穂の「君に届け」を読んでいて、寺山修司のこの話を思い出したからでした。
ちなみに僕はまだ27巻までしか読んでいないのですが、その巻のラストが衝撃的だったんです。
と言っても、内容としてはベタで、物語を追っている人間からすれば当然の流れではありました。
ただ、「君に届け」は途中から、異常な丁寧さでキャラクターに寄り添うようになっていき、その一つの帰結として27巻のラストはありました。
さきほど書いた寺山修司の話を踏まえると、重さのない言葉(気持ち)が形になる瞬間が、そこにはありました。
形となった言葉には確かな重さがあるのでしょう。
「君に届け」を読んでいると、まさに君(誰か、他人)に届けと願う言葉にこそ、重さは宿るのだと思います。
その重さが必ずしも「愛」だけとは限らない部分が、個人的にとても面白く感じています。
愛とは限らない言葉の重さに繋がるかどうかは分かりませんが、「君に届け」の後半は恋愛の他に受験も一つ大きなキーワードになります。
「君に届け」は北海道の田舎町が舞台となっています。
ネットで調べると、札幌からおよそ200km北に位置する小さな田舎町・苫前郡羽幌町が舞台なのではないか、という情報が出てきました。
作者の椎名軽穂が羽幌町出身なんだとか。
実際に舞台が羽幌町かどうかは置いておいて、「君に届け」の主題はこの地方の田舎町に住む若者にとっての受験とは何か、です。
地元で生きていくのか、地元を離れるのか。
その問いが突き付けられている高校生である主人公たちは、紛れもなく子供です。
本編で以下のような台詞があります。
引用させてください。
――自分を大人だと思っている
でも
わかっているふりするな
わかっていないふりもだ
安心しろ ちゃんと子供だよ
だから、無茶なことができると締め括られます。
子供だからこそ、できることがある。
「君に届け」で登場する大人の多くはそのような考えを強く持っているようでした。
必ずしも遠くへ行くべきだと言う訳ではありませんが、外の世界に目を向けるよう繰り返します。
それは「君に届け」に登場する大人たちが、その土地で生きることを選んでいるからこその言葉なのでしょう。
選んで地元で生きるのか、選ばずに地元で生きるのかでは、結果は一緒でも大きな違いがあります。
それ故に、「君に届け」の大人たちの言葉には突き放したようなそっけなさがあり、一方で重みのある優しさが滲みます。
僕は地元を離れて今年で丁度十年になります。
「君に届け」の大人のような重みのある分かりやすい言葉ではありませんでしたが、僕も地元を離れる時、何人かの大人の言葉に励まされましたし、力を借りました。
それは今尚、頭を下げて感謝の言葉を伝えるべき事柄なのだと思っています。
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