5 シンデレラの物語の後、王子様を如何に許すのか。

 好きな少女漫画ってありますか?


 僕は昔から結構、好きでよく読んでいました。

 一番、最初に読んだ少女漫画が何だったのか、記憶を掘り返しても上手く出てきません。

 ただ、十代に最も繰り返し読んだ少女漫画は羽海野チカの「ハチミツとクローバー」でした。


 最初はアニメを見て挿入歌でスピッツとスガシカオが使われていて、印象的だったと記憶しています。

 当時の僕はスガシカオが大好きで骨の髄まで浸すように毎日、聴いていました。


 そんな頃ですから、ハチミツとクローバーのタイトルの由来がスピッツの「ハチミツ」というアルバムとスガシカオの「クローバー」というアルバムを繰り返し聴いて作られた物語だと知った僕は、原作漫画を買いに走りました。


 ちなみに、そのせいかどうか分からないのですが、気になったアーティストや曲があった時、僕は出来る限りアルバムで順番通りに聴くことを好みます。


 僕は音楽に関して知識はまったくないのですが、アルバムの順番は製作者が少なからず意図して選んだのだろうという思いがあります。

 一つ一つの曲は独立しているけれど、通して聴くことには意味がある。

 その意味を僕が理解できるかどうかは、また別の問題ですが、製作者の意図を汲み取りたいとは常に思おうと僕はしてきました。


 やや遠回りな書き方をしましたが、今回は順番通りに読むことに拘ったいくえみ陵の「潔く柔く」を集める過程で読んだ、同じ作者の「あなたのことはそれほど」について書きたいと思います。


 好きな少女漫画について最初は書こうと考えたのですが、あまりにも範囲が広く何から書けば良いのか分かりなくなってしまいました。

 なので、比較的最近よく読んだ漫画について語りたいと思います。

 

 いくえみ陵という漫画家のことは知っていました。

 何で知ったのかは覚えていませんが、チェックしたい少女漫画家リストに入っていました(実際にそういうリストがある訳ではなく、頭の中にある漠然としたものです)。


 そんな時にカクヨムで仲良くさせていただいている方から「潔く柔く」をオススメしていただきました。

 きっかけをいただけたような気がして、読みますと簡単に答えて近所の古本屋を巡りました。

 しかし、どの古本屋にも「潔く柔く」はありませんでした。


 ちなみになのですが、僕は基本的に本は古本屋で買います。

 理由は単純にお金がないことと、古本屋を巡るのが宝物探しみたいで好き、というのがあります。


 ついでに言えば、目的があって古本屋に行って別の気になっていた本を見つける流れも僕は好きです。

 結果、部屋には本で溢れかえる訳ですが。


 そんな訳で、「潔く柔く」が近くの幾つかの古本屋になった為、別のいくえみ陵作品に手を出しまた。

 それが「あなたのことはそれほど」でした。


 ジャンルで言えば、W不倫ものです。

 なので主要メンバー四名います。

 まずは、不倫をする男女について書かせてください。


 渡辺美都は小、中学校の頃に片想いをしていた有島光軌に、大人になってひょんなところで再会し、あっさりと関係を持ちます。

 最初、渡辺美都も、片想いされていた有島光軌も既婚者だとは明かされません。

 ただ、美都の過去の小、中学校時代の淡い片想いの片鱗が所々で描かれるだけです。


 そして、一話の最後で有島光軌には奥さんがいて出産の為に地元に戻っていることが明かされます。


「じゃあ…そういうことだから」


 と背中を向ける光軌に対し、美都は過去の淡い片想いの後悔を思い出した後に言います。


「あの 私も結婚しているから大丈夫」


 光軌を引き止め、関係を継続させます。

 W不倫関係の完成です。


 ただ、個人的なことを書かせていただくと、僕はこの不倫関係となった男女にはあまり興味が持てませんでした。

 渡辺美都にも有島光軌にも共感できる部分は少なく、不倫に陥る過程もドラマティックな何かがある訳ではありません。


 平凡とまでは言いませんが、何か物足りない。

 そんな感覚でした。


 平凡さが吹っ飛んだのは、不倫されている側の旦那と妻の視点が描かれた時でした。

 1巻に限れば、不倫した男性の有島光軌の妻、有島麗華の視点に僕は引き込まれました。

 その話を詳しくさせてください。


 麗華は高校生の頃に今の(不倫する)旦那、光軌と出会います。

 当時の麗華は委員長でクラスの面倒事を押しつけらるような女子生徒で、将来の旦那である光軌は髪を染めて常にクラスの中心にいるような男子生徒でした。


 そんな二人が惹かれあっていく姿はどこか、シンデレラを思わせます。

 実際、妻の方は家族のことで苦労を抱えています。

 その上、麗華という自分には似つかわしくない名前に対し、コンプレックスを抱いてもいます。


 シンデレラの物語は時々王子様と結ばれた後、幸せになれなかったんじゃなか? という問いがなされます。


 確かに彼らは身分が違いますし、王子様は多くの女性の憧れです。

 彼らの関係は王子様のシンデレラに対する好意のみで成り立っています。

 非常に危うい関係と言えば、そうです。


 実際、「あなたのことはそれほど」の不倫してしまった光軌と麗華の高校時代の関係はガラスの靴こそ出て来ませんが、シンデレラの物語に近いものがあります。

 近いという点が個人的に肝で、「あなたのことはそれほど」の光軌と麗華の関係性はシンデレラそのものという訳ではありません。


 そこにあるのは一方的な王子様からの好意で成立している関係という一点です。

 そして、それが失われた時が「あなたのことはそれほど」の1巻の冒頭となります。

 問題は当の王子様の立ち位置にいる光軌が、その危うい関係性を理解していない点にあります。


 故に、好意が失われたと思った麗華が光軌を突き放すのは当然です。

 その上で彼は「許してもらう為に土下座でもなんでもする」と麗華に言いますが、それはつまり王子様の役割から下りることに他なりません。

 麗華はそれが許せません。

 というより、許す方法を知りません。


 あくまで正しいのは不倫をされた麗華の方にありますが、彼女が今まで通りの冷静さと正しさを発揮すればするほど、関係はこじれ上手く修復ができなくなっていきます。


 同様のロジックで袋小路に陥るキャラクターが「あなたのことはそれほど」にいます。

 不倫した女性、渡辺美都の夫、渡辺涼太です。

「あなたのことはそれほど」の物語は殆ど、この美都の夫である涼太の不気味さに貫かれています。


 涼太は妻が占いで「二番目に好きな人と結婚すればうまくいく」と言われたエピソードを聞き「二番目かあ ありえないよね」と答える人間です。

 一番目に愛されたい。

 その欲を持っていながら、あるいは持つが故に。

 彼は美都が昔、片想いをしていた男性と不倫していると知っても、平気な顔で笑みさえ浮かべて言います。


 ――ずっと君を愛する

 大丈夫なんだ

 ずっと君を変わらず

 愛することができるよ

 誓うよ

 これが僕のプレゼントです


 そう誓ったのは彼らの結婚一周年のお祝いの席でした。

 何故、涼太は不倫した自分を二番目に好きな妻を、それでも愛すると誓うのか。


 答えは4巻にあります。

 4巻の後半に涼太の過去が描かれます。

 彼の母親は何もできない人だったが、ただ一つ愛されることだけはできた。


 涼太は父が母を愛する姿をずっと見つめて成長していきました。

 そこで彼の中で芽生えたのは、「愛することは素晴しい」「そこに僕も入っているなら」です。

 涼太が知る愛は、父が一方的に母へ与える愛だけです。


 彼は愛し合う方法を知らず、「愛すること」だけを知って大人になりました。

 それ故に、妻に不倫され二番目に愛されているだけであっても、彼は「愛することができるよ」と誓う以外なかった。


「あなたのことはそれほど」はW不倫の物語です。

 しかし、この物語の裏には不倫をされた妻と夫の正しさを問うテーマが隠れています。

 不倫された妻の麗華も夫の涼太も何も悪くない。

 悪くないのに、彼らは今まで通りの正しさを貫くことができない場所へと押し込まれてしまう。


 不条理にも、間違ったことをしていない彼らが、新しい方法論を模索しなければならない。

 許すにせよ、許さないにせよ。

 正しいはずの彼らが新しい自分を手に入れることを迫られる。

 それがリアルだと言えば、その通りだなと思いますが。

 世の中、不平等だなと呟かずにはいられません。



 にしても、随分長いこと書いてしまいました。

 僕は少女漫画の時折見せる人生の不条理さみたいなものが狂おしいほどに好きなのですが、それはまた別の機会に語りたいと思います。

 また「あなたのことはそれほど」はレディースコミックなのでは? というツッコミもあると思いますので、自分で書いておきます。

 最後に、冒頭の問いを別の形に変えて問わせていただきます。


 みなさま、好きな不条理な物語ってありますか?

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