コロッセウム
マツヒラ カズヒロ
本編
コロッセウム
短機関銃を持つ手を震わせながら、持ち物を確認する。
短機関銃用、今装填しているもののみ。拳銃用、残りのカートリッジ三個。ナイフ、一日分の携帯食料、飲みかけの500ミリリットルの水ペットボトル。これだけ。
震えながら壁の向こうを息をひそめながら見る。どうやらまだ敵は来ていないようだ。
だが。油断はしてはいけない。敵は何処に潜んでいるかわからない。
そして何より。追い詰められているのに変わりないのだ。
地の利は敵にあり。この植民星の、直径一キロに満たない決闘用フィールドであっても、相手はそれを知り尽くし、確実に獲物を追い詰める。
ましてや相手は文明生活から限りなく離れた原住民(正確にはもっと先に植民した、同じ人類であるが。)である。
そういった能力に関しては都市市民よりもはるかに凌駕する。
文明化した人類が捨て去ってしまった獣の権能を、あちらは一つでも多く完璧な形で持っているのだ。
結論を言ってしまえば、私は追い詰められた。
一キロメートルという広大な戦場をだんだんと端に追い詰められ、ついにはこのうち捨てられた二階建てのモーテルに追い詰められてしまった。
今頃。今頃モニターを介して観覧している質の悪い観客たちは今の状況をどのように見ているのであろうか。
古代ローマの、剣闘士がまさしくその命を落とさんとするときの、あのえもいえぬ興奮の念に包まれながら見ているのであろうか。
それとも。多額の掛け金を今まさに失おうとし、この世の地獄を味わっているような顔をしているのであろうか。
どっちでもいい。そんなことは自分には関係ない。観客がどう思おうが、今まさしく命を落とさんとする自分には関係ない話なのだから。
不意に、何かが私の横を通り過ぎた。
正面のクローゼットに、おそらく木製であろう矢が突き刺さっていた。
息をひそめながら、飛んできた角度と方向を見やる。
おそらく百メートルあたりの枯れ木に、矢をつがえた弓を持った少女が座っていた。
きわめて機能性に優れた狩人用の長袖の服、ズボンをまとっており、その上には体をしっかりと自然に溶け込める模様のケープを着込んだ少女が、私の命を奪わんと獲物に向けるであろう目を、しっかりと私のいるモーテルの二階に合わせていた。
うかつだったか。敵がいたではないか。改めて自分の注意力の散漫さを後悔する。
となれば後の二名の敵は近くにいる。おそらく草むらか近くの岩陰に身を隠しながら。その牙を研ぎ澄ましながら。
完全に追い詰められてしまった。
おそらく近いうちに、5分も経過しないうちに。このモーテルに攻撃を仕掛けるだろう。
私に多額の掛け金を賭けた客たちは、おそらくこの世の終わりのような顔をしているだろう、何せ財産のほとんどが霧の中に消えてしまうようなものなのだから!
ならば最後に奮戦し彼らを少しでも気を楽にしてやろうではないか。
おそらく敵の作戦は、あの弓を持つ少女が支援を行いつつ突撃を仕掛ける、その作戦だろう。
まずは弓を短機関銃で叩く。
そのあと撃って出たいが、如何せん数の差がある。そのまま天国行きがオチだろう。
ならばある程度人数を制限できる階段を利用し上ってくるであろう突撃役の二名を倒しきる。
これで行こう。これなら何とか善戦できる。
私は満足しながら、弓の少女が二射目を撃ってくるのを待った。さあ、撃って来い!
ほどなくして、二射目が私の頬をかすめた。鈍い痛みを感じるのが分かった。
それを見逃さず、私はすかさず向き直り、遮るものがない窓越しに短機関銃の引き金を引いた。
パララ、パララという心地よい発射音とともに銃弾が少女のいる枯れ木に向かって放たれた。
そのうちの何発かが少女の体に当たるのを見た。
やった!成功だ!私は思わずそう思ってしまった。
その直後、右目が痛みとともに真っ暗となった。
いったい何が起きたんだ!それがすぐ右目に矢が命中したということであると分かった。
起死回生の一撃を与えたのだ。それも、急所である目に。
おそらくすぐさま三射目を撃つつもりだったか。何たる早業。
階下から足音が聞こえる。侵入されたか!
もはや矢を右目から抜く時間すら惜しかった。私は全てを吐きつくした短機関銃を捨て、拳銃を腰のホルスターから取り外そうと試みた。
しかし。手がホルスターのボタンの位置を突き止められない。手が空を切ってしまうのだ。
ここまで来て疲れが一気に来たか。それとも先ほどの一撃で感覚が鈍ってしまったか。
何とか取り出すことに成功した時、階段を上る足音が耳に入った。
まずい、何とかして止めなければ!
時すでに遅しとはこのことで、構えた時には敵は登りきっていた。
美しい、はるか先祖の遺伝子手術の名残であろう青い髪の少女。
右手には持ち込みであろう原住民独特のデザインの大振りの剣を、左手には支給品の拳銃を持っていた。
だが今の私にとっては相手の美醜はどうでもいい。
力の限り引き金を引いた。
一発、二発、三発、四発、五発。
二発目と五発目が右肩と左腹に命中し、大振りの剣を床に落としたのを、左目でとらえた。
いける!そう思った私は続けて発砲した。
六発、七発。そこでスライドは下がりきった。
この二発の弾は全て空を切って虚空へと飛んで行った。
圧倒的な絶望が、私のすべてを覆いつくした。
次のカートリッジを装填しようとホルスターのカートリッジケースを探ろうとするも手は空を切るばかり。
それでも、それでも。感覚を総動員しても手は何度も空を切り、ついに手をかけたその時。
何かが私の体を貫くとともに、私の意識は闇に覆われた。
今際の際に左目に映ったのは、こちらに向けて片手で拳銃を構える、青い髪の少女であった。
コロッセウム マツヒラ カズヒロ @kuwakaz999
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