予感と期待
今日は、バルコニーから小鳥が一羽も見えなかった。
歌声さえも聞こえてこない。
時間はいつもと同じなのに、彼らは姿を見せない。
何か、あったのだろうか。
……彼らを狙うような猛禽などが急に増えた、そういう理由が普通なら考えられるかもしれないが、ここは伏籠邸だ。小鳥も猛禽も、もちろん他の肉食の獣たちも、敷地内に住まうものはすべてきっちりと管理されている。
自然にそういうことは起きないはずなのだ。
なら、自然に起きないことが起きたのだろうか。
小鳥たちを探して回って、事情を聞ければどんなにいいだろう!!
ルリには、どんな言葉だって読み書きできる。会話もできる。
でもそれは人間に対してだけ。
動物の言葉はわからない。
……時々、どうしようもなく誰かと会話をしたくなる。
牧場の馬や羊に、あるいは庭園にいるうさぎやリスや鹿や、空を行く鳥。
もしかするとそれらと話ができるのではと思い、彼らに話しかけていることがある。もちろん、返事は理解できないし返ってこない。
……仲良しであるアメジスティーニャにすら、それを目撃された時には気まずそうに苦笑されたことがあるぐらいだ。
……お屋敷の気配が、なんだかいつもと違う気がする。
行き交う人形たちがどこか忙しない。
マザーコンピューターに何かあったのだろうか。
本当に、今朝は小鳥たちもいないし、どこか妙だ。
庭園を渡る風にさえも、違和感を覚えてしまう。
……あまり気にしないようにしよう。
今日はせっかく、楽しみにしていた桜が満開になる日なのだ。
厨房を預かる人形・モルガシュヴェリエに、わざわざお弁当まで作ってもらってのお花見。
太陽はきらきら、風もふわりと優しい。ぽかぽか陽気のいい天気。
軽い足取りで、真っ白のきれいなドレスのレースを揺らして歩く。
今日はとびきりお気に入りの、とっておきの白いワンピースドレスをわざわざ選んだのだ。春先の服なので生地はしっかりしているものだが、それでもふんわりと軽く広がるスカートの裾には、大きな飾りリボンのあるのがチャームポイント。
誰もいない世界。
誰も見ていない世界。
でも、ルリ自身はルリを見ているのだ。それなら自分が一番可愛いと思う素敵な服を着ていよう。
それに――いつもきちんときれいにしていないと、王子様がやってきてもルリが運命の人だとわからないだろう。
そんなのは、絶対嫌だ。
だから、いつもきれいに、かわいいお姫様でいるのだ。
王子様がやってきたら、ちゃんと見つけてもらえるように。
ルリは、いつもの秘密基地へ向かってゆっくり歩く。
お気に入りの白いドレスと、ぴかぴかの白いショートブーツ。
手には温かいお茶とお弁当の入ったバスケット。
いつもと同じ日々。
いつもと同じ、ひとりぼっち。
ふわりと長い黒髪をなぶる風。それは――なぜだろうか、ほんの僅かに血生臭さを含んでいるような気が、した。
そして、大樹の根本にそれを見つける。
……それは、ぼろぼろで赤い汚れがたくさんついた、大柄なヒトガタだった。
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