告げられた条件
『ここは……終末さえも超えて在り続ける場所なのです』
青い女神の手の上で、青い星の幻像はふぅっ……と消える。
ラオインもルリも、しばらくぼんやりとその様子を見ていた。
途方も無い話だ。
すでに終わったはずの世界。
それを免れるための場所。
……一体、彼らは家族を守るためにどれだけの代償を支払ってきたのか。どれだけの苦悩を背負ってきたのか。どれだけの時間をかけてきたのか。
何も知らないラオインだが、それらを考えるだけでも、胸に鉛でも詰められたかのようにおそろしく重たい心地だった。
『それを知っても、あなたはここに住みたいとお考えですか?』
じっと、深い青色の瞳が見つめてくる。
先程見た青い星の幻像とよく似た青色。生命がまるで宿っていないのも、似ている。
「その前に聞きたい。あの日、俺をこの屋敷に『招いた』のはあなたなのか、マザーコンピューター」
『いいえ』
無機質に、けれどはっきりとまっすぐに、それは否定された。
『並行世界より人を招く。……そのような無意味かつ馬鹿げた機能は私にはありません。そもそも、観測もできずデータもないような場所から人を転移させるなど、不可能ですわ』
道理だ。
存在していることも場所も知らなければ、そもそも手を伸ばして、掴み、移動させるなど出来ないだろう。
……ではあの時、天から降ってきた大きな腕は一体。
『納得できましたでしょうか?』
無機質な音声に思考を中断され、ラオインは顔を上げる。
そしてふと気がついた、後方にいたルリが……震える手でラオインのシャツの裾をぎゅうっと掴んでいたのだ。
『では、もう一度問いましょう』
「…………て。……に……いて」
美しいが無機質な音声。
美しいが涙混じりの声。
『あなたはここに住みたいとお考えですか?』
「ここに……いて……」
二つの声。
問いかけと懇願が、ラオインに投げかけられる。
……俺は。
「俺は、ここに住みたい」
ゆっくりと、けれどなるべくはっきりとした声で、ラオインはそう意思を告げる。
許されるならここに住みたい。
たとえ終末を迎えた世界であっても、この中は美しく快適な場所なのだ。
それに――
……思い出すのは、あの暗い夜。
倒れ伏した地面の泥水の味。
叩きつける冷たい雨。
……。
帰る場所などもう無い。
だから。
「ラオイン……それは、本当の本当に……本当ですか……」
ルリが、大きな青い瞳をきらきらさせて見つめている。
あぁ。
なにより、この子を一人にはできない。できるものか。
どうせラオインも一人なのだ。
ひとりぼっちの男とひとりぼっちの少女。
傷の舐め合いでも孤独は埋められる。
それに、今一番ほしいのは、そういうものなのだから。
「嬉しいです……もう、私は、一人じゃないんですね……」
すがりついてくるルリの、頭の可愛らしいつむじが目に入った。そこから流れている髪がすべすべで気持ちよさそうで、思わずそっと撫でてしまう。
『ルリ、せっかちな子ですわね。まだ私は承諾していませんが』
淡々とした音声が、そんな二人を気にする様子もなく割って入ってくる。
幻像の瞳は、すうっと細められていた。
『ラオイン・サイード・ホークショウ。
「条件?」
『はい、いくつかの条件があります。大きなものとしては、定期的に血液検査等の身体検査を受け入れること。健康を保つため、提供する食事を摂取すること。必要があれば、こちらの提示する運動メニューをきちんとこなすこと。それに……』
マザーコンピューターはいくつもの条件をあげていく。それは要するに心身とも健康に気を使ってくれ、という趣旨のようだった。
あまりにも、当たり前というか……条件と言うにはうますぎて出来すぎている。
『そして最後にいちばん大切な条件があります』
来た。
なにかしら、無茶な条件なのだろう。
その地に居住するからには領主に税を収める。それは当たり前のことだ。
ぎゅ、とルリの背中を抱く。
ルリもまた、ラオインの腕を小さな手で掴んでいた。
マザーコンピューターは、小首をかしげて微笑むような表情をして告げた。
『そこにいる、伏籠家の娘――伏籠ルリとつがいになってください』
……二人とも目を見開いて何も言わないのを、言葉が通じなかったと思ったのか、マザーコンピューターは言い直した。
『人間なら……あぁ、夫婦ですね』
つまりそれは。
『あなたたち二人で夫婦になってください』
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