青い女神
淡く光を放つその存在は、まさに神殿に降臨した古代の女神そのものだった。
いかにもさらさらとしていそうな、つやのある長い青髪。
蒼白いが、不健康なそれとは明らかに違っている、なめらかな白い肌。
手足は華奢ではあるが、胸は豊穣を現しているかのようにふっくらと豊かに膨らんでいて、青い衣に繊細で美しいドレープを作っていた。
そして、瞳。
吸い込まれそうな深い青色の瞳で、部屋の光を受けるたびにきらきらちかちかと、夜空の星のように瞬き、変化していく。
それは――どこかルリに似た瞳なのだが、彼女よりはかなり大人びた印象を受けた。
『一方的にお呼びして、申し訳ありませんでしたね』
二重になって聞こえるその声音は……どこまでも美しい。だが抑揚が無く、また感情も込められていない。誠実そうな台詞とは裏腹に、まったくもって申し訳なさそうな雰囲気は感じられなかった。
「……マザーコンピューター……その姿は」
『えぇ。ヒトガタのヴィジョンがあるほうが、ラオインも話しやすいかと思いまして』
そう言って、女神の幻像は部屋をぐるりと見回した。
『この空間すべてが『私』なのですわ。と言っても、この青年には理解しにくいでしょう?』
ラオインは目を見開く。
この巨大な空間すべてが、一つの意思を持つ存在。
全く知らない、未知の技術。
人とは異なる存在。
これが、マザーコンピューター。
この世界を支配し管理するモノ。
「……ルリ、少々手を貸してもらえるか」
「えぇ」
彼女に手助けされながら、ラオインはゆっくりと車椅子から立ち上がる。
まだ体は治りきっておらず、右足はまだ鉛のように重い。立っているのも、やっとの有様。
しかし、ここにあるのは世界を支配する存在である。王や皇帝のような権力を持つ存在と話をするのだから、座ったままでは無礼にあたるだろうと考えたのだ。
ゆっくりと、故郷のやりかたで一礼し、挨拶の言葉を述べた。
「お初にお目にかかります、マザーコンピューター。……自分の名はラオイン。ラオイン・サイード・ホークショウと申します。故郷では国軍の将軍職を勤めておりました」
『人間の礼儀に囚われ、気にすることはないのですわよ。なぜならば、あなたの立っている床も含めてすべて『私』なのです。座っても立っても、臥していても同じ事ですよ』
それは相変わらずの無機質な音声。
……だが、わずかに皮肉っぽく笑うような、人間臭い面が覗いているような、そんな気がする。
「いえ、こちらにも慣れたやり方がありますので。今日のところはこれで」
『従来のあり方をなかなか変えられないのも、また人間ですものね』
そして、女神の幻像は青い瞳をラオインとルリ、それぞれに向けてから話し始める。
『ラオイン、あなたの怪我もだいぶ治ってきたようですので一度会っておかねばと』
その言葉を聞いて、ルリがぴくりと肩を震わせた。まるで……ひどく怯えているかのように。
「マザーコンピュータ-、ラオインは」
か細い声で、彼女はそれでも懸命に訴えた。
「ラオインに、ここに住んでもらってもいいでしょうか……!」
それは、心の奥底から絞り出すかのような願いの言葉。
「ルリ……?」
「だって、ラオインがいなくなってしまっては、私、また」
悲痛な声。
「また……ひとりぼっちですもの……」
じわりと、大きな青い瞳が涙で濡れる。彼女の長いまつげの先に、真珠を思わせるしずくがすべり下りてきて、ぽつりと地面に落下していく。
「ひとりは、嫌。もう嫌です」
「ルリ。私は急にいなくなったりはしない」
どうにか彼女を泣き止ませようとするが、それでもますます泣き出してしまう。
「でも、マザーコンピューター、が、許可しなければ、ラオインは、ラオインは……」
「ルリ」
ラオインは少しためらったが、彼女のやわらかな頬に傷だらけの手で触れた。
「……ラオイン」
無骨な指で、彼女の瞳にたまっている涙粒をそっとぬぐっていく。優しく、彼女の美しい肌を傷つけることなど決してないように。
「……ありがとうございます」
やがてルリが泣き止むと、マザーコンピューターに向き直る。
女神の幻像は、相変わらず微笑んだままだった。
『……そうですね。ラオイン、あなたはこの世界がどんな場所かわかっていますでしょうか?』
「ルリ嬢は、自分たち二人しか人間がいない世界だと」
『はい、それはあっています』
淡々とそう応じ、真っ白な手のひらを差し出すような動きをすると……その上に丸いものが現れた。丸いものは、面積の多くが青く輝いているが白っぽい模様のようなものがある。
『こちらが、この世界――この星を外より撮影した映像となります。ここは、かつては『地球』という名前で呼ばれておりました』
抑揚のない音声ではあるが、どこか慈しむような瞳が青い球体を見つめる。
『ですが……いつしかこの星は力をすり減らしていきます。生み出される生命もまた、減っていきました。どんな物事にも終わりがあるように、星にも終末がやって来たのです』
白い手が、青い球体を撫でていく。
『それを認めない、認められない者がおりました。それが
途方も無い話だった。
では、ルリは。
この伏籠の姓をもつ令嬢は。
『すべては、自分達一家が終末を逃れるため。……そして、子を生かすために』
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