第17話 貧者VS長編小説 ROUND2「落ちものミステリ」

「落ちもの」というタームをご存知でしょうか。


 ボーイミーツガール作品において、ヒロインはしばしば空から落ちてくる格好で主人公と初対面を果たします。『天空の城ラピュタ』なんかが代表的ですね。他にも『うる星やつら』や『そらのおとしもの』などの作例があるようです。『化物語』もそのバリエーションと言えるかもしれません。


 思うに、これはボーイミーツガールが、ヒロインに象徴される未知の価値観との遭遇を描く物語形式だからではないでしょうか。映像作品において、垂直方向の動きはしばしば非日常的な出来事の象徴として用いられます。つまり、「落ちる」という垂直方向の動きによってヒロイン=非日常を強調している。


 とまあ、それはそれとして、ここからが本題です。


 わたしが勝手に「落ちものミステリ」と呼んでいるパターンがあります。


 何が落ちるのかというと、やはり人です。憑き物落としじゃないですよ。それじゃ京極夏彦専用のタームになっちゃいますから。


 以前、プロの作家が「屋上から飛び降りちゃう系」という表現を使っていましたが、それと同じ意味と考えてもらってかまいません。


 ミステリには死体が必要ですが、その死体を転落死によって賄うのがこのパターンです。


「早朝の通学路で川原鮎は、マンションから人が転落するのを目撃してしまう。転落したのは、鮎と同じ高校に通う泉田秀彦だった。遺書は発見されなかったが、彼の携帯電話には『ジャンピング・ジャック』を名乗る人物からの謎めいたメールが届いていた」


 これは、「本格ミステリ」のタグが付いた作品では、カクヨムでも最上位の人気を誇る「ジャンピング・ジャック・ガール」のあらすじからの抜粋です。


「ジャンピング・ジャック・ガール」

 https://kakuyomu.jp/works/4852201425154887061


 この作品がそうであるように、「落ちもの」パターンは青春ミステリにおいて、よく用いられる傾向があるように思います。考えるに、転落死は青春ミステリに多く見られる素人探偵ものをやるのに都合がいいのでしょう。


 というのも、転落死は自殺に偽装しやすい。現実には、専門家が見れば、自殺かそうでないかくらいはわかるといいますが、ミステリにおいてはあんまり斟酌されないことが多いです。少なくとも扼殺とか溺死ほど厳密には扱われてない気がします。


 自殺に偽装しやすいということは、警察の介入を避けやすい、ということでもあります。これは素人探偵ものにとって大きなメリットになります。素人探偵ものの大きな問題点を二ついっぺんにクリアできるからです。


 問題の一つ目は、警察に先んじて真相に至る展開に説得力を与える困難です。捜査のプロである警察に先んじて、事件の真相に至らせようと思ったら、そもそも警察の動きを封じるのが手っ取り早い、ということです。


 問題の二つ目は、探偵のモチベーションの問題です。刑事や探偵などの職業探偵なら、事件にかかわるのに動機は必要ありません。しかし、素人探偵となると何かしらの理由が必要になってくる。そこで、公には自殺として処理された事件をあてがうことで、わざわざ素人が捜査に乗り出すことに説得力を与えられます。登場人物の誰かに「あいつは自殺するようなやつじゃない」とでも言わせれば、間接的に探偵役のモチベーションに紐つけられます。


 また、青春小説として見ても、「公的には自殺として処理された事件に納得がいかず、自分たちでその真相を追う」というストーリーはそれだけでエモい。


 かように、青春ミステリが「落ちもの」というパターンに行き着くのには理由があるわけです。


 と、そこまで突き詰めて考えたかどうかは覚えてませんが、わたしも「落ちもの」をやることにしました。自殺として処理された転落死事件に、被害者を慕っていた後輩たちが疑問を投げかけ独自に調査をはじめる。そんな設定を考えたのです。襲撃でも、演奏でもなく、推理をやらせることにしたんですね。


 以下、当時書いていた本編からの引用です。



「まあ、とにかくあたしらはよく思われてない。よくて、はねっかえりの強い問題児。悪ければ、体制への反逆者ってところだ。そんなのとつるんでたら、知佳も何を言われるか分かったもんじゃないっていう話」


「そこまで大げさな話なの?」


 知佳はこの部屋についてきたのを後悔し始めていた。


「そうさ、なにせ学校側が――それどころか警察が黒だって言ってるものを美月が今日履いてるパンツみたいに真っ白だって言い張ってるんだからな」


「おま――いつ!?」


 美月が飛び上がった。


「勘だよ。昨日はピンクだったからな」夏菜は簡単にいなして、「昨日も言ったと思うけど、雪季姉は学校に強い影響力を持ってたんだ。それどころか――後で詳しく説明するけど学校側にとってはなくてはならない存在、替えの効かない存在だったんだ。それに、生徒からの人気も高かった。学園のマドンナって言ったら古臭いし、雪季姉には似つかわしくない気がするけど、まあそんなもんだ。その死が与えた衝撃は大きい。雪季姉の死は、単なる一生徒の死じゃない。多分に政治的、神話的な意味が加わって来るんだよ」


 

 と、こんな感じで女の子4人が、先輩の死の謎に迫っていく話になる予定でした。本編を書きはじめてることからもわかるように、ざっくりとしたストーリーやキャラクターなんかも出来上がりつつありました。


 では、そこまで行って、なぜ書けなかったのか。


 理由は簡単で、トリックもロジックもさっぱり浮かばなかったんです。

 

 だから、人間的に貧しいからこそ本格を書こうとしたんですが、その本格さえ書けなかった。というか、最低限度の物語さえ書けなかった。小説を書くのはなんて難しいんだろうと痛感しましたね。


 でも、どうしてでしょう。


 わたしはこの構想を放り投げませんでした。創作の道を諦めもしなかった。そして気づいたら短編小説を発表するようになっていた。長編だって、もしかしたら、いずれ書けるかもしれないと希望があった。


 そして、ある日、思いついたんです。


 本格が書けないなら、いっそ幻想ミステリにしてしまおう、と。


 つまり、軸となる設定をファンタジーにしてしまうことにしたんです。具体的には、「転落死」を「神隠し」に変えました。

 

 これは貧者の創作として当然の方向性で、特別な知識もなく書ける設定といったら、ファンタジーくらいしかないのです。


 尤も、当時のわたしはそこまで考えてなくて、転落死じゃ普通すぎておもしろくないから少しひねって神隠しにしてしまおうというくらいの意識でした。


 けっきょく、そこから犯人=神という構図が生まれて、話が徐々に不条理な方向に向かっていきます。この辺は『スパイラル』の影響もあるでしょうね。あるいは、『キャサリン・カーの終わりなき旅』とか『葦と百合』あたりの幻想ミステリの。


「私は小説は長編が好きで、長ければ長いほどよいと思う方なのであるが、自分が小説を書きはじめ、職業作家としてやっていこうと考えたとき、果たして長いものが書けるだろうかとの不安があった。それで書いたのがこの小説である。つまり長く書こうと思って長く書いたわけで、作家がただ長く書こうとして長く書いた者を読まされるのでは、読者は迷惑だろうと思い、そこで退屈にならぬよう、ミステリーやら幻想小説やらメタフィクションやらの趣向を採り入れ、楽しんでいただけるものにしようと精一杯努力した。とりわけミステリーの色彩は濃く、わたしもその積もりであったのだが、最後までいっても一向に「驚くべき真相」が明らかにならず、不満を表明する人もあって、気持ちは痛いほど分かるけれど、小説のなかの「現実」が、小説の外の「現実」と同様、「ひとつ」であることに耐えられぬ現代作家としては、おいそれと「真相」を明かすわけにはいかないのであった。小説にとって「本当のこと」以上に敵対的な概念はないのである」


 これは『葦と百合』について、作者の奥泉光がエッセイ「自作を解説する」で語ったことです。いま読み返してみるとうなずける部分が多く、わたしがこの話で目指すところに近いものがあります。長く書こうと思って書く。そのためのアリバイとしてミステリーやら幻想小説やらの趣向を採り込む。また、真実をかっきり一つに同定するような書き方もしたくない。


 さて、なんとなく方向性が見えてきました。神隠しを基にしたクライマックスのアイディアを得たのもこの頃で、言うなれば、短編ならばそれだけで話が成立するくらいのところまでは来た。


 ただ、この頃はまだ長編の構成法がよくわかってなくて、クライマックスに至る展開がうまく作れませんでした。言い換えると、間が持たなかった。長編を支えるだけのテーマもロジックもなかったんです。部分的に執筆してみても、どうにも内容が薄く感じられた。


 ただ、核となるアイディアが決まっただけ前進しています。それまではざっくり「こういうジャンルが書きたい」という意識しかありませんでしたから。


 いや、そこまでたどり着くのに時間をかけすぎだろう、と言われたらその通りなんですが、ここはむしろ才能がないのに諦めなかったわたしを褒めるところだと思いませんか?


 とにもかくにも長い長い時間をかけて「アイディアがなければ話がはじまらない」という当たり前の気づきを得ました。


 あとはそのアイディアを活かす、長編ならではの方法論を考えるだけです。

 

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