第16話 貧者VS長編小説 ROUND1「けいぱー!」
――小説家の才能はしばしば長編と短編のそれに分類されるね。両方の資質を兼ね備えた作家は、プロでも稀だ。
ミヅキがその場をはずしたとき、あの人がそんなことを話しかけてきたことがあった。
アオイは自分が長編の書き手だと自覚している。削り取り、磨き上げるよりも肉を盛り、華々しく飾り立てるのを好んだ。あの人に感化されて短編を書こうとしたことがあったがうまくいかなかった。その逆に、あの人は短編の書き手だった。どうしても長編が書けないのだと手紙の中で時々こぼしていた。
「幽霊と短編小説」より
https://kakuyomu.jp/works/1177354054887940808
はい。自作からの引用です。
この話は長編小説への憧れを元に書きました。当時、すでに長編の構想があったもののなかなか形にできず悩んでいたのです。
そんな事情を「あの人」に投影したのがこの話で、逆に長編小説しか書けない主人公アオイの視点から、二人の、創作を通じた交流を描いています。
言うなれば、短編と長編の書き手で百合を描いてみた、という感じです。二つの才能を止揚するあるアイディアに、当時のわたしの展望が現れています。詳しくは本編をお読みください。
さて、長編小説ってどう書けばいいんでしょう。
ついぞ長編を残さなかった文豪と言えば、芥川龍之介の名が浮かびます。「邪宗門」、「路上」と、長編を書こうと試みた作品はいずれも未完に終わっています。
これはきっと、彼の完璧主義的な性向が足を引っ張ったのでしょう。別の作家の言葉に「完璧な長編は存在しないが、完璧な短編は存在する」というものがあります。緊密な構成を得意とした芥川には、長編がどうしてもはらんでしまうある種のルーズさが耐え難かったのではないでしょうか。
かの天才作家ですら越えられなかった長編という壁。そう考えると、めちゃくちゃ難しい気がしてきませんか?
カクヨムにも、短編しか書けないよって人は少なからずいるのではないでしょうか。
中には、「いや、自分は短編さえ書ければいいんだ」と言う人もいるでしょう。「何もプロを目指すわけではないのだから」と。しかし、わたしのようにプロ志望でなくても、一度くらい長編をものしたいと思っている書き手も少なくないはずです。
どうして。
その理由は人それぞれでしょう。漠然とした憧れだったり、具体的なアイディアがあるからだったり。わたしだってうまく答えられません。だけど、書いてみたいのです。長編小説を。
前回も言った通り、わたしはずっと前から長編の構想を抱えています。その中の一つは、最初に書いた短編よりさらに数年前から構想していました。かれこれ10年くらい経つと思います。それでもまだ形にできていない。
長編を書くのは本当に難しいです。
ただ、この構想、プロットだけはほとんど完成してるんですよね。ええ、書かなきゃ意味がない。その通りです。でも、最初はそのプロットすら書けなかったんですよ。それが10年がかりではあるものの、ほとんど完成に至ったんですから、これは間違いなく進歩なんです。たぶん。
そんなわけで、短編しか書けない字書きがそれでも何とか長編のプロットを組み上げるに至った過程を語ることにします。
最初に構想したとき、その話はアニメ『けいおん!』とデイヴィッド・グーディスの小説『狼は天使の匂い』をかけ合わせたような物語にしたいと思っていました。
(原作は漫画ですが)日常系アニメの金字塔とも言うべき前者と、いわゆるケイパーもののクライムノベルである後者。まるで水と油に思えますが、当時の自分も何の理由もなく両者を結びつけたわけではありません。
そもそも『狼は天使の匂い』はケイパーものとは言っても、襲撃計画が特に凝っているわけではなく、むしろ強盗集団の人間関係に重きが置かれています。また、主人公が逃走中の身ということもあって、基本的にずっと屋内で展開します。その閉鎖性というか、世界の狭さに日常系アニメと似たものを感じ取ったのでした。クライマックスにキャラクターが力を合わせて何かを成し遂げようとする、という部分も両者に共通しますし。
当時からすでに、長編小説を書く難しさは何となく察していたので、犯罪描写よりもキャラクターのやり取りを中心に展開する『狼は天使の匂い』にはずっと注目しており、舞台を学園に変えれば、自分でも比較的容易に書けるのではないかと考えたのです。
ただ、やはりケイパーものという部分が難しかった。
そりゃそうですよね。市井の女子高生に、いったい何を襲撃させればいいというのでしょう。
いま考えると、あくまでクライムノベルをやるつもりなら、ファンタジー設定を導入するくらいしかなかったような気がします。『グッドナイト×レイヴン』なんかはまさにそういう話ですね。怪しげな男に雇われた高校生の窃盗グループがファンタジックな活躍を繰り広げる。
尤も、ケイパーものだとかクライムノベルといった形式自体に執着はなかったんです。
別にその部分が重要なわけではないし、少女たちが力を合わせて何かを成し遂げる――つまり『けいおん!』の演奏シーンにあたる何かがあれば、それでいいとも思っていたのですが、それが浮かばず、二進も三進もいかない状況が続きました。
何せ、わたしは部活に入ったことがなく専門分野もないので書くネタがないんですね。しかも当時はまだ10代だったので、経験も知識もずっと少なかった。小説を書いたことすらなかったので、そのノウハウもない。ここでもやっぱり貧しさが足を引っ張ります。
自分には得意分野が何もない。
そこで消去法的に考えたのが、いつも読んでいる本格ミステリを書くことでした。
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