因果Breaker ~山上の説教~


 ●敵を愛し、自分を迫害する者のために祈れ。

 ●だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬も向けなさい。

 ●下着を取ろうとする者には、上着も取らせなさい。

 ●誰かが1ミリオン行くように強いるなら、一緒に2ミリオン行きなさい。



  マタイによる福音書 5章から抜粋



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 イエスの説教の内容であるが、普通考えたら無茶である。

 この教えは、文字通りの表面的な意味だけで捉えると、『そんなんいやや!』 となる。もし、本当にこれらのことが間違いなく実行出来たら、それは偉いというより異常だ。究極のマゾだ。

 私でもいやだ。こんな守り事。

 筆者でも、多分敵のためにほとんど祈らない。

 右の頬が打たれたら、左まではやられないように自分をかばう。



 では、これらの教えは、本当は何を言いたいのか。

 イエスはこういう極端な話を持ち出すことで——



 これこれなら、こうなる。

 この場合は、まずこうする。

 そういう『当たり前 =(因果)』を、積極的にぶっ壊そうぜ!

 という『お誘い』なのである。



 イエスが生きた当時の常識は、皆さんもよく知っている言葉『目には目を、歯には歯を』である。それでいくと、味方には優しく親しく、敵は憎み倒す対象となる。

 それが当たり前で、そのことを責める者は誰もいない。

 敵は、憎んで当たり前なのだ。

 でも、イエスは敵を愛せと言う。

 ここで注意したいのが、イエスは本当に敵を愛せという愛の教えのみを語ったのではないということ。実は一番言いたかったのは、敵を憎んで当たり前という因果を壊せ、ということ。



●相手は敵(根拠・原因)→ 憎んで当然(導き出される当然の結果)

●相手は敵(根拠・原因)→ それでも愛する(根拠に囚われない、自由な選択結果)



 当たり前の対応関係を壊し、限られた選択肢の中でしか生きられない(決まった反応の中でしか生きられない)、そんな閉塞感をブレイクせよ! との誘いなのだ。



 右の頬を打たれたら左もというのも、文字通り捉えたらヘンなことになる。

 ここではやはり、本来打たれなくていい左まで差し出すことで、普通の因果を越える姿勢を見せることになる。一発叩いて十分、と思っていた相手は、「ええっ、そっちもって!?」とびっくりすることになる。こういう、常識で割り切れない(因果の対応関係がヘンな状況)では、それをされた相手が精神的に揺さぶられ、「気付き」が起きやすくなる。

 下着を取られたら上着も与えろ、というのも、普通は上着を与えたらもう責任は果たしたろ、というところを(これ以上あげなくても誰も責めないところを)あえてブレイクスルーして、さらにもうひと越え与える、ということ。

 当然の義務の範囲、当たり前の範囲を越えてやれ! 面白れぇぞ? で、そんな状況に巻き込まれた相手も、結構考え込むぞ? とイエスは言っている。


 

※注:訳上の問題もあるが、現代の日本文化と二千年前のあちらの文化とで『上着・下着』の定義が違うので、こちらの基準で考えないように。でないと、文字通りに頭で想像すると、非常に違和感が出るはず……



「ちょっとアンタ、1ミリオン(約1.5km)私と一緒に一緒に来なさいよ」

 そう言われたら、その願い通りにすることが常識範囲の親切だ。相手の言った通りのことをするのだから。当然、それ以上の義務はない。

 でもそこを、あえて相手が望みを口にしない先から——

「もう1ミリオン、一緒に行こうか?」

 相手が「フン、そんなこと当然よ」と思う欲深いヤツでないかぎり、感動するに違いない。あんたって、マジで親切ねぇ! って。

 そういう、当たり前を越えたところにこそ、奇跡のドラマが生まれる。



 イエスの説教は、キリスト教ではどうしても『愛』のイメージで一律に捉えられてしまう。

 でも、よくよく読み解けば——

 イエスというバリバリの異端児が、「お前らそんな当たり前の生き方、常識かもしれねぇがつまんねえだろ。もっと、確信犯的に当たり前とやらをブレイクスルーしていこうぜぃ!」と、時代を越えて私たちにも提案してきているのである。



 そのお誘いに、乗ってやろうじゃありませんか。

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