イエス、悪魔から試練を受ける② ~飛び降りろ~
悪魔はイエスを聖なる都に連れて行き、神殿の屋根の端に立たせて、言った。
「神の子なら、飛び降りたらどうだ。『神があなたのために天使たちに命じると、あなたの足が石に打ち当たることのないように、天使たちは手であなたを支える』と(聖書に)書いてある。」
イエスは、「『あなたの神である主を試してはならない』とも書いてある」と言われた。
マタイによる福音書 4章5~7節
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イエスは、救い主業の出発点において、通過儀礼的なものとして悪魔から三つの試練 (誘惑) を受けた。
前回、第一の試練『石をパンに変えよ』についてはすでに触れた。
今回は、第二番目の試練 『神の子なら、高い所から飛び降りてみろ』について考えたい。三番目の試練は、特に解説の必要を感じないので、割愛する。
いつもは、身もフタもない解釈でひっくり返しているので、今回くらい、まずは素直に読んでみよう。(笑)
普通、落ちたら間違いなく死ぬような高い所から「飛び降りろ」と言われれば、それは間違いなく「死ね」ということだ。
しかし、イエスが自殺をするはずがない。別にイエスでなくとも、「飛び降りろ」と言われてはいそうですか、とやる人もまずいない。
悪魔は、頭がいいとされている。
死ねと言われて素直に死を選ぶものはいない。こんなもの、誘惑でも何でもない。
だとしたら、ここは「飛び降りろ → 死ね」という単純な意味ではないはず。
では、飛び降りろ、が文字通りの意味でないとしたら、一体そこにはどんな真意があるのか?
悪魔は、ただ飛び降りろと言うだけではなく、ちゃんと「保証」も与えている。
大丈夫だから、と。
遊園地に行って、絶叫系が苦手な人に——
「大丈夫だから! 落下防止の安全バーも降りてるしベルトも締まってるし、落ちないから!」 と言ってジェットコースターに乗せるようなもの。
もちろんイエスは、ただの人間ではなく「神の子」。
その危機においては (十字架上での使命を果たすまでは、死なれてはマズいので) 絶対に神が守る。
「イエスよ、お前がたとえ飛び降りてもさ、見てな。お前に今死なれるわけにはいかない神のやつが、ぜってーに天使を送り込んでくるぜ。おっとっと、危ない!ってんで、絶対にお前を地面直前で受け止めるだろうよ。なんなら、試してみっか?」
そのように、悪魔は言っているのである。
一体これのどこが、誘惑になるのか?
実はこの悪魔のセリフ、頭がいいからかなりの「婉曲的表現」になっている。言葉巧みに、真意を隠している。
鈍い相手だと、「死なないから、大丈夫だから飛び降りてみろ」という提案だと単純に考える。聞く方も相応に勘の鋭いやつでないと、この質問の意図は汲み取れない。そういう高度な質問を、悪魔はしている。
悪魔は、イエスがぼんくらな答えでもしたら、笑ってやるつもりだったかもしれない。しかし、イエスは悪魔の質問の裏の意図を見抜いたばかりか、打てば響くような見事な回答を、返したのである。
リターン・エース。敵のサーブも見事だったが、その返しがさらに見事だったという話。では、以下に悪魔の質問の真意と、イエスの返答の真意とを紹介していこう。
この場合、イエスはどういう誘惑に遭っているのかというと——
●疑え。
お前さん、今までずいぶん辛い思いをしてきたみたいじゃないか。
お前さんがなんか、意識上の大きな目覚めを体験したことは知っている。
それで何をしようとしているのかも、知っている。
言っておくがな、その道は険しいぞ。
イエスよ、お前もバカじゃないから分かってるだろ?
地上の大多数の人間が、いかに「何も分かっちゃいない」か。
お前さん、その調子だと数年で死ぬよ?
今の時代は、お前さんが到達した境地を理解できるほど成熟しちゃいない。
高価な品物であることも分からず、投げて遊ぶ子どものようなものだ。
お前さんの伝えたいことも、お前さん自身も、きっとそういう扱いを受けるぞ。
本当に大丈夫か?
決心した生き方を、考え直した方がよくないか?
信じたら、傷付くぞ。
裏切られることがないなんて、本当に言えるか? 世界に絶対があるか?
悪魔は、「助かるかどうか実際に飛び降りて試せ」 と言っている。
これは——
「信頼には根拠が必要である。
逆に、根拠や保証があって、はじめて信頼できる」
そういう前提でモノを言っているのである。悪魔らしい。
この世界では、そうですよね。
無条件の信頼など、ビジネスではまずない。
そんなの、怖すぎる。
人間関係においても、似たようなもので——
かなりのケースで、信頼できるという結果が生まれるためには、信頼に足るという根拠、実績、目に見えてそれと分かる証拠が必要になる。
これも、一種の「等価交換」である。イコールで結ばれる同価値のもの同士は、左右を入れ替えても問題がない。これが、取引と呼ばれるものの本質だ。
女性でも、そういうケースはないだろうか。
相手(例えば彼氏、あるいは夫)の愛が、信じ切れない。
それは、世界が自分の味方である、ということへの自信のなさの表れかもしれない。あるいは、自分自身が本当に愛されるべき、信頼されていい存在なのか? という自己価値への疑いもあるのかもしれない。
とにもかくにも、無条件で相手を信じることができない場合、人はどういう行動に出るか?
●愛を、試すのである。
自分を愛してくれてる。大事にしてくれている——。
そういう確証が欲しいので、わざと困ったことをする。
そして相手があわててくれたり、必死に対応してくれたりしたら、安心する。
だから、あえて相手の愛を試す(確認する)ような行動をとるのである。
つまり、悪魔はそこを突いたものと思われる。
……イエスよ。
お前が命を懸けてでもしようとしていることは、その価値が本当にあるのか?
不安じゃないのか?
もしかしたら、お前が与えようとするものに、皆つばを吐きかけるかもしれないぞ? ムダに終わるかもしれないぞ?
そんなの損じゃないか。お前だって、気分悪いだろ?
さぁ、悪いことは言わない。お前のしようとしていることに、本当にそれだけの価値があるのか、考え直してみろ。
お前さんが本当に幸せになる確証が揃うのなら、オレも応援してやる。
だがないのなら、悪いがやめたほうがいい。
さぁ、疑え。本当に神は愛か、宇宙はお前の味方か、見つめなおしてみろ。
いざという時にお前を助けてくれるか、試してみろ。
それで何もしてくれないようなら、そんなもののために命懸けることはないだろ?
確証がないなら、そんな怖いこと辞めちまえ。
「かあああああああああつ! 喝だ喝!」
さて、ここからはイエスの反撃である。
悪魔は、頭はいいのだがひとつ弱点というか、思い込みがある。
それは、原因と結果、等価交換という考えの至上主義者であり、現実主義者だということ。その自分の間違いに、悪魔だけではなく世界の多くの人も気付いていない。
イエスへの誘惑の言葉でも分かるでしょ?
愛するのにも愛されるのにも、根拠や資格が要ると思っているのだ。
何かしてあげるためには、相手がそれに相応しい人物なのか、その資格があるかをいちいち問う。
だって、裏切られるのが怖いのだ。もっとハッキリ指摘すると——
●損をしたくないのだ。
疑う、という行為は、間違いなく損をしたくない、という意識から生まれている。
悪魔は、奸智に長けた策士だが、精神成熟的には劣等生である。
だから、こんなんで覚醒意識を持った者をやり込めようとか、笑止千万である。
イエスは、たった一言で悪魔を黙らせる。
それを証拠に、このあと悪魔は何も言い返していないでしょ?
「あ、これ以上はムダだわ」
頭がいいだけに、悪魔はそう見切りをつけて、この後もう次の作戦に移っている。
悪魔をして、一言でその話題の議論をあきらめさせたイエスの答えとは、これだ。
●確かめてからでないと信頼できねぇって——
何か、しょぼくね?
信頼というものに、根拠など要らない。
いや、信頼に限らず、すべての物事に根拠は本来必要ない。
必要なのは、「そうしたい」を支えるエネルギーである。
根拠や確証を求めるエネルギーは、それとはベクトルが逆なので、結局それらのものが命本来のもつエネルギーを相殺してしまう。
確証を求めれば求めるほど、得られるものの価値は下がる。
愛を試せば試すほど、それは愛と呼ばれるものとは程遠くなっていく。
愛をベースにするはずの人間関係が、ただの商業取引になっていく。
イエスの返答を代弁すると、こうなる。
「悪魔よ。
お前は可哀想なやつだなぁ。
オレに神を試せ、って言うってことはだよ——
お前さんのほうこそ、何かひどく傷ついた体験があるってことだな?
で、未だに引きずっているんだろ。
おいおい、そんなの試練でも誘惑でもないぜ、悪魔さんよ。もちっと、手ごたえのある質問を期待してたんだ。もっと楽しませてくれなきゃ困るよ。
後で、オレが個人カウンセリングしてやろうか?
ま、とにかくだ。オレ、必要ねぇし。確証とか根拠とか。
確証があるからやるとか、やる理由や価値があるからするとか——
そういう行動原理、オレにないから。
やりたきゃ、やる。したくなきゃ、しない。
おまけにさ、いちいち確かめなきゃ実感できない愛なんて、くだらないね。
お前さん、そんな愛しか知らないの?
あ、だから悪魔になったのか。こりゃ失敬!」
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