第6話 Case:Final 『シアワセ』な世界

 私は何者か。そんなのわからない。

 確かに私は田代晴行の記憶を持っている。

 でも、私自身は田代晴行でもない。かといって、田代の記憶を持つ前の『秋元明』かと聞かれても、それも違う。

 だから記憶を継承して一番困ったのが呼び名で、秋元明も、田代晴行も違和感しかないのだ。

 そこで頭を巡らせた結果、自分が何者かわからないくせに立派な思考能力だけある、まるでAIのような存在だと私は感じて、自分のことを『アイ』と呼んで、と律良に頼んだ。

 目の前に転がる葉山という男と、薬品の入った瓶を眺める。

 私は今から消えて、この葉山という男が私の記憶ごとを全て継承する。

 にしてもこの葉山という男、なかなかにすごいらしい。

 律良がいうには、今までで一番田代に近づける可能性を持っているとか。

 それならまぁ死んでもいっか、と思える。


 まだ田代を継承する前の『秋元明』は、安楽死法なんて間違っていると叫び続ける愚かな少女だった。

 でも、今の私は、『アイ』は違う。これ以上に素晴らしい世界はないと知っている。

 危ない、邪魔な人間は全て排除される。そのおかげで犯罪もほとんど起こらない。

 あぁ、なんて幸せな世界なんでしょう?


 きっと律良はこの継承を繰り返して、この世界をもっとよくしていくのだろう。

 それなら私が死ぬ意味もあるというものだ。


「ねぇ律良。この世界を、素晴らしくて、美しくて、幸せな世界を、よろしくね」


 律良は笑う。私が愚かな少女だった時に何度も見た笑顔を浮かべる。

 この子がいれば大丈夫。継承はきちんと行われる。

 だから。


 幸せな世界のために、私は消えましょう。




****



 目の前に映るのは、『アイ』の死体と、意識がない葉山の体。

 葉山の方はあと数時間で目を覚ますだろうから、今のうちに記憶の継承に使う機材のコンディションを整えておく。

 今まで彼を継承してくれた人は、みんな私がこの世界にためにこの継承を行なっていると思っていたようだけど、私はそんなにいいAIじゃない。


 私は、もう一度彼に、田代様に会いたいだけ。


 そのためなら、なんだってするのです。

 貴方はあの日、私に自分は死ぬべきだと言った。

 確かに貴方に言われたように判定すれば、貴方は異常者ということになってしまいます。

 でも、きっとそれは間違いなのです。きっと、あの時の世界の常識がおかしかっただけなのです。

 その証拠に、貴方が作った今のこの世界で、貴方は異常者などという判定はくだされません。

 そしてなによりも、この世界が貴方のおかげでどれだけ美しく、幸せに保たれようとも、そこに貴方がいなければなんの意味もないのです。

 だから私は、貴方を完璧に再現できる人間が現れるまでこの行為を続けます。

 田代様。律良は、貴方の望んだ世界を、幸せな世界を守り続けます。

 だからどうか、もう一度。


「私の前で、笑ってください……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

すべての人に幸せな終わりを 空薇 @Cca-utau-39

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ