第5話 Case:4 真実を求めた青年
私は今まで、安楽死法によって人生を狂わされたと思われる人々について何度も記事にすると同時に、安楽死法施行時の事件や、その後の不可解な国会の動きについても追ってきた。
そうして私は、とても恐ろしい仮説を立ててしまった。
証拠なんて一つもない上、私自身こんなことが実際にあっていいのかと疑っている。
だが、その仮説一つで、今まで不可解だと思っていた現象の全てが説明できてしまうのだ。
私はこれから、この仮説が果たして本当に正しいのか調査していきたいと思っている。
時間がかなり空いてしまうと思うが、次回の更新に期待してほしい。
そこまで文章を打ち込んで、俺はキーボードから手を離した。
安楽死法。あの凶悪な法に疑問を覚えてから始めたブログは、少しずつ、だが確実に閲覧数を伸ばしていた。
こいつは何を言ってるんだ、という反応がほとんどだが、中には俺と同じように考えている人も見受けられた。
そういう人たちと積極的にコンタクトを取り、安楽死法についての謎を追っていくうちにたどり着いたのがある仮説。
毎年強制的に受けさせられるテストに、なんらかの洗脳機能があるのではないか、というものだ。
第一、国民のほぼ全員が安楽死法を好意的に受け入れるなどおかしいにもほどがある。人間は考え方が様々で、だからこそ食い違い争いが生まれる。
なのに、安楽死法について争いが起きたことなど、施行したばかりの時ぐらいしかない。
明らかにこれは異常だ。そして、調べていくと、安楽死法に反抗的な態度をとる人は、第一回の肉体・精神異常レベル検査以降明らかに激減している。
身体全てを棺のようにも思えるカプセルの中で眠っている間に解析されるあの検査。そこで例えおかしな洗脳効果のあるなにかを頭の中に植えつけられていたとしても、誰も気がつけないだろう。
でも、そうだと仮定すると、俺のように安楽死法に疑問を持つ人間が存在するわけがない。というかそもそも安楽死法に疑問を持っている人間が異常と判定されないこと自体が疑問だ。
もしかしたら洗脳の効果はまだ未完全で、きかない、もしくはスルーされる人間もいるのだろうか……? などといろいろ考えたが、ここでどれだけ沢山の仮説を立てようとも、立証できなければ意味がない。
とりあえず、明日あるあの検査を受けた後安楽死関係の仕事に就いた友人に片っ端から連絡を取っていこう。
まずは情報収集。なんでもそこからだ。
そう、決めたのに、
『お久しぶりです、葉山 樹様。貴方には話さなければならないことがありこうして口を開いております』
リラが、いつもは黙って笑うだけのリラが口を開いて言葉を失う。今、なにが起こっている?
『8年間も貴方の数値を測り間違えていました。貴方にはあの脳波が正しく作用していなかったようですね。そういう人がいるということはわかっておりましたのに……大変申し訳ございません』
測り間違えていた? あぁ、つまり安楽死法に反抗的な意思を持つ者は本来なら異常という判断を下すのに、それができていなかったということか?
だが、なぜ?
『ですがご安心ください。今回はきちんと正しい数値を測ら……せ、て……』
流暢に話していたリラの声が止まる。
『失礼いたしました、葉山様。貴方には、黙って死を与えるわけにはいかないようです。あぁ、ここまでの人がいるなんて……』
まて、勝手に話を進めるな。なんの話だ? 細かく説明を……
『さようなら、葉山様。また後日」
目が覚めた。目の前にいる医師が目を丸くしている。
「あ、葉山さん。貴方は、今から、この書類に記載された場所に行ってください。すぐに、です。…………まさか、本当にこの判定を下される人がいるなんて……」
医師は矢継ぎ早に必要事項を伝え、一人でブツブツと何か呟いている。
この判定とは何かと、書類とともにもらった検査の結果を確認すると、真っ白な紙の中央に、たった一文【彼に、真実を】とだけ記されていた。
真実を。これはつまりこの法の真実を知れるということでいいのだろうか?
書類は絶対に誰もいない場所で開けるよう念押しされたため、逸る心を抑えながら家に帰って開封する。
中には一枚の紙だけが入っていて、そこにはどこかの住所と、誰にも頼らず、一人で来るように。とだけボールペンで書かれていた。
ボールペン。つまり手書き。ゾクゾクする。きっと真実を知る人間と話ができると考えると。
幸いにも指定されているのはここから一時間程度で付く場所だったので、財布と家の鍵だけを持って俺は家を飛び出した。
「はじめまして。葉山さん、かな? 私は、んー、名前はないんだ。とりあえずアイとでも呼んでくれ。ささ、疲れただろ? 中に入ってくれ」
目的地にあったのは、普通の一軒家で、怪しみながら呼び鈴を押すと出てきたのは20代ぐらいの女性。
よく状況がわからないまま、とりあえず俺は家に上がった。
「いやー、にしても今回は早かったね。もう交換か」
アイはそう言いながら台所でお茶をいれている。あまりに普通の光景で呆気に取られていたが、なんのことを言っているのかさっぱりで、ようやく俺は疑問を口に出す。
「あの、アイさん? 俺、ここに真実を求めてきたんです。安楽死法についての。アイさんは、知ってるんですよね……?」
その質問に、アイさんは微笑んだ。綺麗な人だとは思っていたが、微笑むと不思議な雰囲気の出る人だな、となんとなく思った。
「そうだね。私は君の知りたいことを知っているよ。全て教えてあげる。君にはそれを知る権利が……いや、義務があるから。どこから話そうか? んー、まぁ一般にも知られていることと被るけど、やっぱり安楽死法施行に至るまでの経緯から、かな?」
どう? とアイは二人分のお茶をテーブルに置き、俺の正面に座った。
「お願いします」
そう言った俺はよほどひどい顔をしていたのか、アイが苦笑する。
「そんなに警戒しないで。とって食おうってんじゃないんだから」
お茶でも飲みながら優雅に話そうじゃないか、とアイはお茶を少しだけ口にして、雰囲気をがらっと変えて話しはじめた。
今までのアイが綺麗で、少し不思議な
僕は、話への期待も相まって、アイに惹かれて、アイしか、見えなくなる。
「その日、少しの賛成と、たくさんの反対を受けて安楽死法は制定された……」
***
「彼の死に顔は、とても幸せそうなものだったと言うよ……と、ここまでが一般に知られている話を捕捉した部分だね」
声が出なかった。あの法律施行の裏を覗くと、出てきたのはたった一人の科学者の物語。
あの法律が、そんな単純なものだったなんて。
「でもね、彼はそれだけじゃ終わらなかったんだ」
なぜか少しだけ落胆していると、アイはまだ話は終わらないよ、とスマホを取り出した。
「彼女、リラちゃんはもう知ってるだろう? 彼は確かにこのAI、律良に、全てを託した」
スマホの画面に映るのは、見慣れた少女の顔と、その上に記された『律良』の文字。
律して良くする、とは、なんともまぁ傲慢な名前だ。
「あの時、国会で言った以上のことをね」
アイがそこまで言うと、次はスマホの中の律良が話し出す。
「先ほどぶりです、葉山様。ここからは私がお話し致します。彼は、私を生み出し、私に全て託して死にました。ですが、私はそれが許せなかったのです。彼は、私にとって必要不可欠な存在だったから。だから私は、彼を蘇らせることにしたのです」
その言葉を受けて感じるのは衝撃。ただそれだけ。人間を蘇らせるなんて、できてはいけない。
その考えを読まれたのか、律良はご安心ください、と笑う。
「彼の肉体を再び動くようにした、と言うわけではありません。彼の脳をコピーしたデータを、私は密かに保持していたのです。それを、条件の合う人間の脳に上書きしただけです」
記憶を、上書き? あぁ、さっきからわけのわからないことばかりで脳の処理が追いつかない。頼むから、少しまってほしい。
「それが、私だ。何代目かは忘れたけど、田代晴行の記憶を持つ人間さ」
「彼の記憶をコピーするには、何にも侵されていない脳が必要でした。だから、皮肉にも彼を受け継ぐ条件は安楽死法に反抗する意思を強く持った人間となりました」
頼む、まってくれ。理解が追いつかない。いや、理解したくない。
他人の記憶を脳に上書きする? そんなこと、できるのか?いや、そもそも許されていいものか。
「あぁ、この話はしてなかったっけ? あの検査を行う機械にはね、一種の洗脳じみた効果を持つ脳波を植え付ける機能もあるんだ。これは君も気がついていたんじゃないかな?」
仮説は大当たりだったらしいが、全く嬉しくない。
だって、もうここまで話を聞けばわかってしまう。俺が今ここにいる理由が。
もはや考えることを放棄したくなる俺をおいて、二人は話を進める。
「だから、15年に一度、人間をふるいにかけるのですよ。脳波がきかない人間がいても、それが発覚してから次の継承のタイミングがやってくるまで無視。そして、正しく検査する年に、もっとも彼の記憶をコピーするにに適切だと思った方に記憶をついでもらうのです。その弊害として、ごく稀にですが脳波が効きすぎている人間も無視されることがありますね」
「彼の記憶を継ぐに値しない人間は全て殺されるけどね。あぁ、わかりやすい例を教えてあげよう。君、妹いなかった?」
「!? 妹に、なにかしたのか!?」
ようやく声が出る。まだ高校2年生の妹。最近会っていないけど、それでも大切なことに変わりない。
「君の妹もね、君とおんなじだったんだ。安楽死すれすれの数値をさまよっていたのに、ある年急に数値が落ちただろう?」
そういえば、そんなこともあった。
「それはね、君の妹があの脳波がきかない人間だと判断されたからなんだ。まぁ彼女は数値が下がった理由を違うように捉えてたみたいだが。この脳波のききやすさは血筋に影響するみたいなんだ」
「おい、ちょっと待て、つまり妹は……」
冷や汗が出る。そんなこと知らなかったがつまり、それは……
アイと律良が、一緒ににっこりと、笑う。
「君が選ばれたんだ」
「つまりそれは、葉山梨沙様の死を意味するに決まっています」
梨沙が、死ぬなんて。信じたく、ない。声の限り叫んだ。叫ぶしかできなかった。
そう、すぐアイに殴りかかりたかったのに、叫ぶことしかできなかったんだ。
「まぁまぁ落ち着いてよ。これが全てさ。そして、今日、君は田代の記憶を継ぐんだ。本当は私が継いでから15年もたってないんだけどね、私の心臓がもう生きていけないっていうから、しょうがなく継承のタイミングを早めたんだ」
「葉山様。さぁ、これは栄誉なことなのです。この継承が行われていることを知っているのは、私たちとこの国の政府の中でも重鎮だけですもの」
「つまり、君は今からこの国の重鎮になるわけだ。なかなかいい扱いだよ? おめでとう」
意識が遠のく。一瞬でもアイを信用すべきでなかった。きっと、飲んでしまったあのお茶には、睡眠薬でも入っていたのだろう。
「おやすみなさい、さようなら、葉山様」
最後に聞いたのは、律良の幸せそうな声だった。
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