第4話 Case:3 死にたいと願った少年

 安楽死法。なんて素晴らしい法律だろう。

 子供の頃からずっとそう思っていた。昔の人は苦しみながら死んでいった人がほとんどだというのに、今の僕たちは全く苦しまず、しかも社会に危害を加えると判定されてすぐ死ぬことができる。

 誰にも迷惑をかけない上、欠陥のある人間を苦しまず、優しく死なせてくれる。

 これ以上に素晴らしい法律があるだろうか?

 

 だから僕は、死にたかった。

 

 この流れでだから、というと大抵不信感を覚えられるが、なんらおかしいことはないと僕は思う。

 今だって、減ったとはいえ不慮の事故が完全に消えたわけではない。つまり、苦しんで死ぬ可能性は限りなく0に近いが0ではない。

 だが、安楽死を受け入れれば苦しんで死ぬ前に、優しく、幸せに死なせてくれる。そんなの早く死にたくなるに決まっているだろう?

 それに、この美しく素晴らしい世界には、ほとんど排除されたとは言っても、少なからず悪い人間はいる。

 彼、田代晴行が当時批判を受けながらも命をかけて作ったこの世界に汚点が存在すると考えるだけで吐き気がするのだ。

 そんな世界にいるくらいなら、田代さんが生み出した方法で、優しく殺されたい。

 正直田代さんがなぜ死ななければならなかったのか理解できない。確かに仲間を殺したのはいけないことだが、それを打ち消すぐらい素晴らしいことを成し遂げたというのに。


 こう考える僕は異常だと言う自覚はある。なのに、なぜか死ねない。

 どうしてだろう? 僕は死にたいのに。

 そう考えながら、仕方なく生き続けていた。

 生きている間は田代さんが残した世界にために何かしたくて。


 そうして、その日はやってきた。


『お久しぶりです、宮園 悠様。貴方には話さなければならないことがありこうして口を開いております』


 はじめて、いつもは最後に微笑むだけのリラが、僕に向かって口を開いた。


『7年間も貴方の数値を測り間違えていました。貴方にはが作用し過ぎていたようですね。そういう人がいるということはわかっておりましたのに……大変申し訳ございません』


 あぁ、やっぱり測り間違いだったのか。


『ですがご安心ください。今回はきちんと正しい数値を測らせていただきました』


 ということは、僕は死ねるのか、と頭の中で問いかけると、リラは笑った。


『ご安心ください、宮園様。優しい死は誰にでも、平等に与えられるのです。それでは、さようなら、宮園様』


 目を覚ますと、教師が何やら言っていたが関係ない。

 あぁ、信じられない。あの田代さんの生み出したAIリラと会話ができた上死ねるだなんて。

 ただ死ぬだけでよかったのに、最後にこんな幸運が訪れるなんて。僕はなんて幸せなんだろう。この幸運に浸ったまま今すぐ死にたい。


 なのに。何を叫んでいるのだろう? この女は。


「死にたくない、ずっとそう思い続けてきただけじゃない! なにがいけないの!?」


 死にたくないと思うこと自体は否定できないさ。普通はそうらしいからね。

 まぁ僕はなんと生き汚いんだろうとは思うけど。大人しく死んだ法が幸せなのに。

 あぁ、忘れるところだった。この考えが異常だから僕は安楽死になったんだ。

 なら彼女は正しいのか。ムカつくが仕方がない。それに彼女はこの美しい世界からもう排除されるのだから。


「そもそもおかしいのは安楽死法よ! 人の善し悪しを勝手に判断して、それで悪かったら安らかに死んでください? そんなの偉い人が自分の考えに合わない人を殺しているのと同じじゃない!」


 これは、聞き捨てならなかった。

 田代さんが命をかけて生み出し、この世界を美しく保っている法律がおかしいだと?

 そんなこと言うお前がおかしいんだ。ダメだ、この女はもう生かしておけない。

 いくら安楽死が平等に与えられるものでも、田代さんを否定するやつにまで与えていいもではない。

 検査で何かあった時用のメスを、教師の手から奪い取り、女に近づく。


「そんなの間違ってる……! 私たちは、人間は、あがいてあがいて惨めになっても、苦しくても、痛くても、それでも見苦しく生を願うべきよ! だって、じゃないと、こんなの」


「間違っているのは、お前だよ。お望み通り、苦しんで死ぬといい」


 女に接近してそう囁くと、僕は心臓があると思われるところに、メスを思いっきり突き刺した。


「きゃあああああああああああ!!!!」


 同時に辺りに響く悲鳴。


 そんなの気にせずに、僕は足元に倒れて苦しむ彼女に刺さったメスを抜いて、返り血を浴びながら笑いかける。


「よかったね。君は苦しんで死にたかったんだろう? ならその願いは叶えてあげなくちゃ」


 そう女に声をかけた後、教師が慌てて僕を取り押さえる。

 叫び声と血の匂いで検査を行っていた教室は大騒ぎ。

 それでもずっと、僕は笑っていた。



 あんな凶行に及んだと言うのに、安楽死を受けられるとは。

 彼女は異常だった。今でも許せないくらい異常だった。だが、やり過ぎたことも渋々ながら認める。

 いくら僕がどう思おうとも、慈悲深く素晴らしい人格者の田代さんが生み出した安楽死は誰にでも平等に与えられるべきものなのだ。

 あぁ、やっぱりなんて素晴らしい法律なんだろうか、安楽死法は。

 目の前に置かれた薬を眺めて、幸せな気持ちになる。

 僕は、これを飲み干すだけで、待ちに待った優しい死を迎えることができる。


「ありがとう、僕なんかを優しく殺してくれて」


 最後にそう呟き、涙を流しながら、僕は永遠の眠りについた。

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