チェリーピンク番外編
貫木椿
チェリーピンク・バレンタイン
文が夢の世界で覚醒して最初にしたことは、「眠る直前に抱えていた物」を確認することだった。水色のリボンで飾られたピンク色の包みがしっかりと文の腕の中に納まっていた。
眠る時に身に付けていた物はこの空間に持ち込めるということを何度も来ているから知っているとはいえ、文はいつも以上にドキドキしながら立ち上がった。足裏から伝わってくる床の冷たさがはやる気持ちを落ち着かせてくれた。
靴下を履いてくればいいのにといつだったか「彼」が言っていたが、この冷たさすら文にとっては心地よい。
「彼」はこの氷に包まれた空間にしかいられないのだから。
「こんばんは、文ちゃん。」
低音ながら甘さを含んだその声に、文の心臓は跳ね上がった。氷霧が支配する中、二つのルビーが文の頭二つ分高い位置で輝いていた。
「サイコース!」
喜びを隠しきれない響きでもって、文はルビーの目の持ち主――いま彼女がしている首飾りをくれた人間でもある――の名を呼んだ。名を呼ばれて氷霧の中より現れた彼はアイスグリーンのマントと白銀の髪をなびかせ、彼女に歩み寄った。
「今宵は随分と可愛らしい物を持ってきたのだね。」
「そう!こっちはバレンタインでね、好きな人に贈り物をする日だったの!」
文は抱きかかえていたピンク色の包みをサイコースに差し出した。早くこれを開けてほしくて仕方がなかった。
「これを私に?」
「開けてみて!」
期待のこもった眼差しで文が急かしてきたが、サイコースは受け取ったそれのリボンを丁寧に解き、破かないように包装紙を開いた。
「これは宝石かな?」
包装紙に覆い隠されていた茶色い箱には金色の字で「pretty jewel」と綴られていた。
「それね、お菓子メーカーの名前なの。手作りじゃなくてごめんだけど」
待ち切れず、文は茶色い箱の蓋を開けた。中には小さなピンクのバラが縦三列、横四列に並んでいた。
「お菓子と言うことは、これは食べられるのかな?」
サイコースはその小さなバラを一粒つまんで眺めた。
「本物よ、食べてみて!」
あまりにも良くできていたので躊躇われたが、文が促すので彼は口に入れてみた。
「イチゴかラズベリーかな?甘さの中に爽やかな風味があるね。」
「ううん、果物は入ってないの、カカオ以外の果物は使われてないの。ルビーチョコレートって言うのよ。」
「ルビー?」
確かにこのチョコはサイコースが目の前の彼女に贈った首飾りと同じピンク色だ。
「ルビーカカオっていう変わったカカオで作られてて、そんな色と味になるんだって!他の果物なしですごいよね!」
「なるほどねぇ。」
サイコースは魔法で食物を生み出せる為、材料を畑から収穫して調理することも無い。そんな彼だが文の「珍しい物を食べさせてみたかった」という気持ちは伝わった。
「手作りではないと言ってたけど、君はどうやってこれを手に入れたんだい?」
サイコースはもう一つ口にした。
「友達と一緒にバレンタイン用のプレゼント買いに行ったの。あなた私の誕生日にこのルビーをくれたじゃない。」
文はパジャマの襟からチェリーピンク色に輝くネックレスを取り出した。
「たまたま入ったお菓子屋さんで見つけたの。ルビーって名前に付いてるの見つけた瞬間、これはあなたにあげなきゃって思った。」
「なるほど、美味しいルビーだね。」
サイコースは三粒目を食べようとしたが、口に入れる直前にその手を止めた。
「文ちゃんもこのチョコを食べてみたくはないか?」
先程から文は、サイコースよりもチョコの方に何度も目を向けていた。実を言うと彼女はそれを店頭で見つけた時から、食べてみたいと思っていたのである。
「いやいや、私がサイコースにあげた物だもの!気を遣ってくれなくていいから!」
文は頭を振ったが、その顎を人差し指と親指でチョコを掴んだままの大きな手が捉えた。
「バレンタインなのだろう?私からも君に贈り物をさせてくれないか?」
そのまま文の口にルビーチョコレートが放り込まれる。
「文ちゃんの喜びが、私にとって一番の贈り物だから。」
文の顔はサイコースの瞳より赤くなり、口の中でチョコはたちまち溶けてしまった。
「今度はもう少し味合わせてあげよう。」
サイコースの魔法で程よく冷やされたバラがもう一粒、文の口に入れられた。
チェリーピンク番外編 貫木椿 @tubakicco
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