第4話幸せ
ギルドの受付穣があの少年の事を忘れそうになっている頃、ギルドカウンターで一人の少女の声が響いた。
「こんな眉毛をした目つきの悪い私と同じ年くらいの男の子を見ませんでしたか?」
少女フランシスカはギルドカウンターで問いかける。
「えっと、ごめんね。そういう情報は勝手に話しちゃいけない事になってるのよ」
「わ、私の連れなんです。詳しい情報入りません。彼は、生きていますか?」
受付穣の反応から何かを知っていると感じ取った少女は、言質を取ろうと突っ込んだ質問をした。
「へぇ、もしかしてあいつの連れか? お穣ちゃん大きな傷跡とかあるかい?」
彼女の質問に受付穣が困っている間に何故か奥から出てきたいかつい男が話しかけてきた。
「あ、あります。という事はいるんですね? この町に! アレクは今どこに!?」
「元パーティメンバーの傷跡を治すんだってひたすらダンジョンに篭ってるぞ?」
フランシスカはやっと見つけたと息を深く吐いた。
「そのダンジョンの場所、分かりますか?」
「待て待て、男が必死に女の為に頑張ってんだ。せめて目的を遂げてくるまで待っててやんなよ。たとえ断るとしてもな」
そう言われてやっと彼女は気がついた。
アレクは出て行ってからも私の事を想って行動を続けていたのだと。
そう考えると少し溜飲も下がったが「何でそう短絡的なの……」とフランシスカは肩を落とした。
「その反応からするとあいつの空回りって訳でもなさそうだな。どうだい? 今すぐにってんじゃ無ければ暇つぶしに奥であいつの馬鹿話でもしていかないか?」
そう言って奥の扉を親指で指すいかつい男。
少し、平常心を取り戻してみると目の前の男の世話焼き具合が異常な事に気がついた。
「えっと、おじさんはアレクとどういった仲なんですか?」
「おじさんじゃなくてギルドマスターだ。少し前にあいつとは一緒にダンジョンに篭った仲だな。あほ過ぎて俺は途中で帰ったがよ。がはは」
フランは何故、ギルドマスターとパーティーを組むことになったのか……と唖然としたが、そう言った役職者なら心配要らないかと後に続き奥の部屋へと入った。
入って早々話の続きを聞きたかったフランは腰を落ち着ける前に口を開いた。
「えっと、あほ過ぎてってアレクは何をしたんですか?」
「まあ、掛けろよ。ふ、ふはは、それが聞いてくれよ」
ギルドマスターはあんな奴は始めてだ。と呟きつつ、話を始めた。
◆◇◆◇◆
「いやぁ、やっぱり遠いですね。でも一人じゃないと大分早く感じましたが。あ、ちょっと待っててくださいね」
と、ひょろっひょろのあんちゃんは頼りなく笑いつつも一声掛けて草むらに入っていった。
まあトイレだろと、この時は気にもしなかった。
何故箱を持っていくのだろうかと少し疑問には思ったが。
「じゃあ、行きましょう」
「お、おう。そりゃ良いが、本当にその装備で八階まで降りんのか?」
さっきもちょこっと言ったが、胸と肩を気持ち程度守る皮鎧。
俺が貸さなきゃ予備すらないぼろぼろの剣。
ゴブリンやりに行く奴でももっと良い装備つけてるぞ、普通は。
「ス、スピード重視って奴ですね」
「そ、そうか」
そう言われちまえばスタンスの違いだ。強くは言えねぇ。
まあ、あれだけの魔石を集めて来たんだし早々くたばる事もねぇだろうとたかを括った俺は共に八階層まで降りた。
確かに移動は早かった。絡まれるの嫌なんでちょっと急ぎますね。とギルドで端の方にいてビクビクしてる奴みたいな事を言いつつも、ものの数十分程度で八階層についていた。
出会うゴブリンたちは全員一撃、移動速度を落としもしない。
金をためたくて仕方ない筈なのに魔石すらも無視しやがった。
「良かったのか? 魔石拾わなくて」
「あ、拾いますよ、戻るときに」
長らくダンジョンというものと付き合ってきたが、そんな事を言う奴は初めてだった。
こういう馬鹿は暇つぶしに付き合うには打ってつけな人材だ。
「そうかよ。じゃ、早速見せてもらうとするかな。一応試験だ。俺がいるからって頼るようなやり方はするなよ。でもまあ、魔石拾いくらいはしてやるか」
「あ、本当ですか? ありがとうございます」
そう言うと背負っていた麻袋をこちらに寄越し、足取り軽く歩き出した。
何故か中には藁が敷き詰められていた。
そして、ファーストエンカウントだ。
ついてない事に相手は四匹、流石にこれは手伝ってやるかと声を掛ける。
「おい、半分倒してやろうか?」
「いや、流石に魔石を拾ってもらうのに悪いですよ」
え? いや、そういう話じゃないんだが。
そう答えながらも足を止めずに歩いていく。
オークの攻撃をゆっくりとギリギリで避けて中々鋭い突きが首に突き刺さる。
「ほう、一撃かよ。それに自慢のスピードも使ってないみたいだが」
「ははは、疲れちゃいますからね」
その後も口にした通り、ゆっくりと動き良い突きが入る。
そして倒した直後何事も無かったかのように歩き出す。
「へっ、このくらいは当たり前ってか? だが、もう少し余裕を持って避けないといつか事故るぜ?」
「そうですね。でも、余り動くと疲れちゃうんですよ」
スピード重視は何処行った!! と突っ込みそうになったが、何にせよやれてるんだ。と気持ちを抑え魔石を拾いながら後をついていく。
その後も結構な数を倒したが、こいつは一切走る事をせずに全て突き一撃で決めた。
俺はその間でこいつの異常さに気がついた。
タフなオークを全て一撃、全ての攻撃を完全に見切って居るがゆえのゆったりとした動作。
そして一切とまらねぇ、敵の沸きも何故か途切れない。
まるでまったく同じ光景が続く迷路にでも入り込んだ気持ちだ。
「なあ、休憩とかしないのか?」
「あ、そうですね。じゃあちょっとそこで待っててください」
そういうと、麻袋から藁を取り出して初めて走って行った。
「何故あいつは戦闘になると歩くんだ?」
意味が分からず苦笑しながら彼を待つこと数分。
ホクホクした奴が帰ってきた。
「今日は二人だからちょっと藁の量を増やしたんですけどそのおかげか良い部位がドロップしましたよ」
と、綺麗な筋を挿した肉を掲げて戻ってきた。
ああ、なるほど。
流石にこれは何をして来たか想像が容易い。オークに物を食わせて肉に変換させた訳だ。
「へへ、良く分かってるじゃねぇかオーク狩りの得点だな」
「はい。まあ、三食これだから流石にきついんですけどね」
……三食ってそこまで連れの女の為に金ためたいのかよ。
いや、ゴブリンの魔石もきちっと拾えばそれで飯くらい……あ、帰りに拾うのか。
「お前はまったくもっておかしな奴だなぁ」
そういっている間にも彼は肉の調理を始めた。
水の魔方陣で剣を洗い、肉を石の上においてガンガンと叩きつけてって何やってんだこいつ!
「おい、馬鹿! 剣がぶっ壊れちまうだろうが!」
「ですよねぇ。ちょっと怖いから突きしか使わないようにしてるんです」
何でそっちで帳尻合わせようとするんだよ!? 合わねぇよ?
「待て待て、ナイフくらい買えよ!」
「な、ナイフ……」
彼は何故かナイフと聞いてどんよりと沈んだ空気をかもしだした。
きっと女がらみで思い出したくない事があるのだろう。
「ああ、分かった分かった。嫌なら良いよ。だが、予備武器は忘れんなよ? せめてうちの景気が良くなるくらい稼ぐまではよ」
「あ、そうですね。その為に今日付き合ってもらってるんですもんね」
はぁ、こういう所は素直なんだが。
全く、どうしようもねぇな。
いや、ずれてるだけで悪い奴じゃないんだよ。すごくずれてるだけで。
そんなこんなで出された肉は異常なほどに旨かった。
思わず「もうお前うちの町で焼き肉屋でもやれよ」と言ってしまう程に。
そんなこんなで食事も終わり、狩りが再開された。
止まる事が無く走る事も無い不思議な洞窟探索みたいな狩りが。
いつまで経っても終わらねぇ感覚が可笑しくなりそうな時間が続いた。
一つも喋らねぇしこいつ、大丈夫か?
と彼の前に出て顔をうかがうと、まるで死んだ魚のような目をしていやがった。
そんな目をしてやがるから話かけられ……いや、話しかけたくなくて無言が続く。
いい加減帰りてぇが、長時間狩る奴でも流石にそろそろ終わるだろうからとずるずると付き合っている。
そして、食事を終えて数時間狩りをした頃にぼそっと口を開いた。
「そろそろ袋が一杯ですね。戻りましょう」
「漸くかよ! お、目が生き返りやがった」
「え? 何ってるんですか。和気藹々とやれてたじゃないですか」
「いや、やれてねぇよ?」
「えっ?」
「そんな事より戻るんだろ!」
いい加減疲れたぜ。と、帰りを催促しダンジョンの前まで戻ってきた。
「まあ、色々と問題がありすぎたが、これなら文句なしだ。Bランクにしとくからよって帰り道は一緒か」
「え? まだ終わりじゃないですよ? ちょっと待ってくださいね。すぐ準備しますから」
そう言ってきたとき同様林の中に入っていった。
何の準備だと後をつけてみると、地中に埋まっている大きな箱の中に魔石をぶちまけて藁を詰めている奴が目の前にいた。
「明日の準備か? けど、そこに魔石放置は流石に無用心なんじゃねぇか?」
「いえ、午後の部の準備ですよ。それに大丈夫です。俺ここで寝てますから」
な、なんだとぉぉ!?
やべぇ、どっちから突っ込んだら良いんだ?
「二つ言わせろ。もう夕方だ」
「あ、そうですね。夜の部でした」
「いや、そうじゃ……もういいや。お前ここで寝てるの?」
「ええ、移動時間がもったいないですからね。って秘密にして下さいよ。流石にこれとられたら泣けますから」
「あ、ああ……そりゃ良いけどよ……じゃあ俺、帰るわ」
「そ、そうですか。今日はありがとうございました。目的達成できたらお礼に行きますね」
「お、おう」
そうして俺とこいつの狩りは終わりを告げた。
◆◇◆◇◆
「とまあ、そんな事があった訳よ」
はぁ、どうしてるのかすっごく心配してたのが馬鹿みたい。
これはやっぱり私がついていないと駄目ね。うん。絶対に連れ戻さないと。
「なるほど。その残念な感じはアレクらしいですね。ご迷惑をおかけしました」
「いや、俺から言い出したようなもんだからな。それにあいつが狩りを続けてくれればこっちもかなり助かるんだ」
そんな話は出てないわよね?
そう思い「何故、助かるのですか?」と問いかけると、魔石の不足やオークションとフルヒールポーションの話が聞けた。
そうでしたか。と言葉を返すと彼も問いかけたい事があるようだ。「言いたくなかったら良いんだけどよ」と前置きを置いてから問いかけてきた。
「一体何があったんだ? いや、余りに変な奴で逆に気になっちまってな」
彼にも私にも色々と世話を焼いてくれたギルドマスターに憤りをぶつけるかの様にこれまでの事を説明した。
「それで……出てったのか?」
その言葉にむすっとした顔で「はい」と返すと。
「チキンだなぁ」
「ですよね!?」と、思わず声がでかくなってしまったが、彼は気にせずうんうんと頷いていた。
「そのまま押し倒して嫁になってくれって言えば良いだけの話じゃねぇか」
「え? 押し倒されるのはちょっと……」
「あん? 胸だけでストップなんて言っても男はとまんねぇぞ? そういう事するくらい性欲が強いならなおさらだ」
なっ……流石にそこまでは心の準備が出来ていないのですが……
「まああれだ。それが嫌ならポーション貰ったら断っちまえば良いじゃねぇか。ヤリたくねぇってんじゃ嫁どころか彼女にだってなるのは難しいだろうからよ」
「そ、そんなの嫌です!」
「そう思うんなら思い切って体を許してやりゃ良いんだよ。思った以上にチキンだし何も出来ないかもしれないしな」
と、止まれないって言ったのは貴方じゃないですか。無責任な!
そ、それに別にずっと駄目って訳じゃ……段階を踏んでほしいというか……
って、何故こんな話をギルドマスターにしてるんでしょう……
「ってそんな事は良いんです。まずは彼に戻ってきて欲しいんです」
「まあ、そりゃそうだろうなぁ。でもあいつはお前に罪悪感を感じて逃げちゃった訳だろ? ならあいつにとっての切り札であるポーションを手に入れてからの方が綺麗に納まるんじゃねぇか?」
そ、そう言われると一理あるかもしれません。
「まあ、逆に出会いがしらに引っぱたいて責任取らずに逃げてんじゃねぇって言う手もあるかもしれないが?」
「え? 詳しく」
「あん? 詳しくも何もねぇだろ? 悪いことしたら償えと言ってそのまま尻に敷いちまうのも手だろってな」
「それです。待つとしても長そうですし、手っ取り早い方がいいです」
「あ~、多分もうすぐ金策は終わると思うぞ?」
え? 何を言ってるんですか。
一ヶ月や二ヶ月で金貨七十枚もたまるわけ無いじゃないですか。
「まさか、悪い事に手を染めたんじゃ……」
「いや、まあ、体には悪いかもなぁ。ってさっき説明しただろうが」
「そ、そうでした。何か信じられなくて……」
その時とをノックする音が聞こえてきた。
「あのう、ギルドマスター来客中申し訳ないのですが」
「おう、どうした?」
「件の少年が換金に来ましたよ」
「!?」
なんてタイミングの良い時に来たのかしら。
けど、この方は待てと言っているのよね。どうしよう。
「さて、どうする穣ちゃん。このまま会っちまうか、とりあえず金が貯まったか探りを入れるか」
あら、駄目とは言わないのですね。それでしたら……
「あ、会います! まずは話合いたいです。勘違いしたままなんて嫌です」
「そうかい。まあ、そう決めたんならがんばんな。おいっ、そいつもこの部屋に呼んで来い。俺が呼んでるってな」
受付穣は分かりましたぁと気の抜けた声を出してその場を去っていった。
そして、ノックする音が再び聞こえた。
その瞬間私何故かソファの裏に隠れてしまった。
◆◇◆◇◆
「こんにちわぁ。この前はありがとうございました」
「おう。三週間ぶりくらいか?」
「そ、そんなに経っちゃいましたか。フラン、俺の事忘れてないかな……」
ガタンっ
ん? 何かギルドマスターの裏で何か落ちたような音が……まあ気にしてないようだし良いか。
「そのフランってのがお前の好きな女かよ」
「あ、はい。嫌われちゃいましたけどね」
はぁ、改めて口にすると凹むなぁ。
「それをどうにかする為に金貯めてたんだな。んで、貯まったのかよ」
「えっと、はい。多分十枚くらいは余裕を持って貯められたかと」
そう、これでやっとやっと彼女に会える。
「マジかよ。はええな。だが、それならば都合が良い」
「というと、オークションの日取りでも近いんですか?」
「おう、今日の夜だ。まあ、目当ても物が出展されてるかは分からないがな」
お、おお。これ以上時間を空けたくないと思っていたところだ。
これぞ渡りに船ってところだろう。
「そ、そのオークションに出るにはどうしたら……」
「ギルドカードと金を持って夜に商会に行けば良いだけだが、人を一人つける。ギルドの監視と思ってくれてもいい」
「わ、分かりました。十時ごろに商会に行ってその人を待てば大丈夫ですか?」
「いや、一応九時にしとけ、入場でもたついたらまた一月待つ事になるからな」
あ、月一なんだ。本当に良かった。
この人にはちゃんとお礼しないとな。
「分かりました。ありがとうございます。事が終わったら必ずまた来ますね」
「おう、のろけ話はいらねぇからな」
彼に頭を深く下げてから応接室を出て換金額を受け取り、時間がかなり余ってしまったので宿を取って仮眠を取った。
緊張から何度も寝て起きてを繰り返したが、漸く良い時間になった。
颯爽と宿を出て商会前に立ちギルドの人が来るのを待った。
幾人もの客であろう人が自分の前を素通りして商会内に入る中、何故か一人のローブをかぶり、蝶仮面で顔を隠した少女であろうものが目の前にたった。
「えっと、もしかしてギルドの?」
そう問いかけると、コクリと頷いた。
だが、一切口を開く様子は無い。仕方が無いので中に入ろうと声を掛けた。
「じゃあ、行きましょうか。遅れる訳にもいかないので」
そう告げると再び口を開かずに頷いた。喋れないのだろうか? まあ、会話をする必要性は無いか。
そのまま商会の中へと入ると、受付の男に声を掛けられた。
「おいおい、お前ら見たな子供が来れる場所じゃないぜ?」
「えっと、これギルドカードです。金額の方も普通に参加できるだけは持ってきています」
「……おっと、これは失礼致しましたお客様。これが席番号となります、どうぞお通り下さい」
あれ? 隣の彼女には確認しないのだろうか。と視線を向けたが。
「お連れ様ですよね? でしたらお通りいただいて大丈夫ですよ。お席の方も数人は座れる長椅子となっておりますので」
ああ、そういうことなのね。誰かに付き添って貰えれば良いだけなのか。
確かに金持ってれば良いみたいな事言ってたし、厳重なものではないのだろう。
そうして俺はオークションの参加権を手に入れた。
そういえば、ルール見たいのってないのかな? 上乗せ幾ら以下は駄目以上は駄目とか。
まあ、それも回り見て学べば良いか。一発目って事は無いだろうし。
「では、これより、闇オークションを開催したいと思います。え~毎度お伝えしてはございますが、これは非合法な物ではございません。闇というのは気分でございます」
仮面を被った司会の女性が綺麗な所作でお辞儀をすると盛大な拍手によってオークションはスタートした。
「さて、一品目は軽い物から参りましょう。お貴族様御用達、ボルクの食器ワンセット、金貨五枚からスタートです」
「金貨六枚」
「金貨八枚」
「金貨九枚」
「他にいらっしゃらないようですね。二十番の顔が見えなくても素敵なお客様、落札おめでとうございます!」
なるほど、特にこれといって特別な事はなさそうだな。
そう思いながらもオークションのやり取りをじっと観察しているととうとう目当ての物が出てきた。
「さて、続きましては定番の品、フルヒールポーションでございます。どうせ上がるでしょうから金貨五十枚からのスタートと致しましょう」
まずは参加意思を示すために声を上げる。
「金貨五十枚」
と、声を上げると同時に他に買いが殺到する。
「五十五枚」
「五十八枚」
「六十」
「六十五」
何処まで上がっていくのだろうかと少し間を空けてみる。
「金貨七十枚」
お年寄りの方が七十枚をあげたのが最後に声が止まった。
じゃあ、今だろうと入札を入れる。
「金貨七十一枚」
現在の手持ちは八十三枚正直ここで決まってくれるとありがたい所。
「金貨七十二枚」
「金貨七十三枚」
「金貨七十四枚」
あ~これは駄目だ。引かない姿勢で行こう。
「金貨八十枚」
「さて、他にいらっしゃいませんか? では、今回の落札者は最年少の彼に決定。おめでとうございます」
他の人たちがやっていたように立ち上がり、軽く会釈をして座りなおす。
おそらく支払いと受け取りは後なのだろう。落札したという紙を受け取ったまま皆座っている。
まあ、そこらへんは後で商会の人間に聞けばすぐに分かるだろう。
それよりも、何故かギルドの監視員である彼女がすごくそわそわしている事だ。
いや、挙動不審といっても良いレベルだ。
一応俺の連れなので一声掛けてみる事にした。
「どうかされましたか?」
「え? だって、本当に良かったの? 金貨八十枚だよ? 八十枚」
「え? はい。逆に買えて良かったですけど」
って、ん? この声、フランの声じゃないか?
いやいや、ギルドの監視員としてフランが来るとかありえないだろ。
そもそもこの町に居るわけないし。
「って、って事はよ? 胸を好き放題されちゃうって事よね? ひゃぁ~ど、どうしよう。だ、大丈夫? そのまま襲い掛かってきたりしないよね?」
か、完全にフランさんじゃないですかやだー
「え? いやいや、ギルドの監視員さんだよね? あなた」
「そ、そうですよ?」
いやいや、そうですよって可笑しいでしょ。
「いやいや、フランさんですよね?」
「そ、そうですよ?」
あ、認めるのね。
でも……
「ど、どうして……」
だって俺ずっと引き篭もってたんだよ? どうやって特定したん?
って一人しかいないか。
すごいな。ピンポイントでギルマスに尋ねたのか……
「そんなの簡単です。責任も取らずに逃げてしまったアレクを捕まえにきたのです。も、もう離しませんからね」
「だ、だからちゃんと出て行ったじゃないかって違う事をして欲しかったのか?」
そっか、俺あの時気が動転してたから……けど責任って……あ、もう離さないって事はもしかして……
「そうです! 話も聞かずにアレクは走り去りました。私そこは怒ってます」
「ご、ごめん。お、お詫びに渡したい物がってもう知ってるんだったな……」
うわぁー、カッコつかねぇ……
「はい! だから約束通り、私のこの心はあなたのものです」
あれ? む、胸じゃ?
「こ、心?」
「胸、だけの方が良いですか?」
あはは、胸だけならこんな所まで来てないって分かるでしょ。
でも流石にこれは言葉にしなきゃな。
「えっと、た、大切にします。これからもずっと、一緒に居させてください」
「はい」
こうして俺達の関係は修復されてさらに強化された。
商品を買い取り、商会を出たその足で元の町まで戻り、あの小さな家に再び戻ってきた。
「やった。やっと戻ってこれた」
「馬鹿っ、勝手に出て行った癖に」
と、涙声が聞こえてきて肝を冷やしながらも彼女の背を押し二人で中へ入る。
「じゃ、じゃあえっと、どうぞ」
「えっと、み、見せた方がいいかな?」
買ったポーションを渡しいざ飲んでもらおうとしたら、彼女がそんな事を聞いてきた。
「そ、そうだね。効かなかったりした場合言い出しづらいだろうから、見せてもらおうかな」
「あ、そうだよね。こ、怖くなってきた」
「大丈夫。そしたら今度は二人でどうすれば良いかを考えていこう」
「う、うん。ありがとう。じゃあ飲むね?」
そして彼女は胸ごとあらわにしたまま、ポーションを口にした。
彼女の体全体が淡く光り、足にあった鼠にかまれた傷跡がまず消え去った。
そして、本命の無残に飛び出て変な方向を向いてしまっているあばら骨だ。
ゆっくりと元ある形に戻ろうと移動している。
水の中にゆっくりと入るかの様に何の抵抗も感じさせず体の中に納まった。
「ど、どうだ? 痛いところとか、違和感とか無いか?」
体をぺたぺたさわって確認するフラン。
「うん。今まであったものがなくなったのだから違和感だらけかな。でも痛くないし凄く嬉しい……うれしいよ……」
彼女はあの時と同じように、上半身裸のまま、俺の頭を胸に抱いた。
だが、あのときの様に欲に支配される事は無かった。
「ああ、俺も、凄く、凄く嬉しい。これからは引け目無くフランに触れるしな」
「何それ。まあ、確かに朝いつも触ってた時は凄く申し訳なさそうにしてたけど」
……な、何で知ってるの?
お、起きてたという答えしかありませんよね。
「ご、ごめんなさい」
「ううん。いーの! これからは好きに触って良いんだからね」
その言葉にやられそうになってしまったが、何とか耐えてやさしく彼女の唇を奪い上着を着せた。
「ありがとう。でも、それが目的じゃないから今日は我慢するって決めてるんだ。前みたいに一緒に寝て普通に起きて、あの時の続きからやり直そう」
そう、そうする事で、馬鹿をやらかして自分も彼女も傷つけてしまった心の方も癒される気がして。
「し、仕方ねぇな。じゃあ関係もリセットって事だよな……まあ、中身が一緒なんだ。何の心配もしてないけどな」
とても沈んだ様子で強がる彼女が愛らしい。
そんな彼女との関係がリセットされてしまうなんて正直こっちが不安でたまらない。
「え? 関係のリセットは止めない? 俺そういうところ鈍いからさ」
「ま、全く仕方が無い奴だな。アレクはへたれでチキンで鈍いからな」
俺は「言いすぎだ」と彼女のわき腹をくすぐり報復をした。彼女は酷く苦しそうに笑ってくすぐりを止めるとそのまま抱きついてきた。
しがみ付いた彼女からはすすり泣く声が聞こえる。これは鈍い俺でもわかる。治った事を実感出来たのだろう。
彼女の頭をゆっくりとなでているといつの間にか自分が眠りに落ちていた。
次の日の朝起きた俺達は、起きて早々は昔に戻ったみたいにお互いに振舞えていたが、だんだんと親密になった事を実感したい気持ちに駆られ甘い空気を漂わせていった。
本当なら自堕落な生活をしばらくしたい所だが、お互いの多岐に渡る貧乏生活に慣れた心がそれを許さなかった。
「なぁフラン、遠くて悪いんだけど隣町のダンジョンでも良いか?」
「大分世話して貰ったしな、良いぜ。だが、泊まったりとかはもう無しだからな」
と、何故か泊り込んだこととかも知っている。これは挨拶に行くギルマスと少しお話しなきゃいけないな。
そんなこんなで顔を見せに行くと惚気がうぜぇから帰れと追い出され、ダンジョンに行けば狩の時間が長すぎるだろうとフランに怒られ、散々な気もするのだが思わず顔はにやけてしまう。
「よし、フラン俺は決めたぞ」
オークを狩っている最中、振り返り彼女に声を掛けた。
「ど、どうしたんだ? 急に」
「お前の為……いや、俺たちの為に家を買う次の目標はそれだ!!」
そう、思い出したのだ。彼女が俺に家が欲しいとねだっていた事を。
「わう、分かった。よ、宜しくお願いします」
と、少しテレながらも緊張した面持ちで頭を下げる可愛い彼女にやる気を搾り出され、今日もダンジョン野中をゆっくりと歩き徘徊する。
さて、今のうちから家を買った後の目標を考えておくか。
地獄の底から救ってくれた彼女に
ささやかな幸せを与え続けてくれた彼女に
最高の幸せを与えられる男になる為に。
ささやかな幸せを追いかけて オレオ @oreo1
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