乙女ゲーム流、砂糖の作り方

「ねえー空飛んじゃダメ?」

 わたしにこそっと話しかけてきたファーナに、わたしは「村の人たちに見つかったら、もう人間の村には遊びに来られなくなるわよ」と囁いた。

「むう……」


 ファーナは唇を尖らせたがわたしの「人間はね、全員が魔法を使えないの。あなたが竜だってばれたら大変なことになるのよ」と重ねると「……わかった」と不承不承頷いた。


 所は森の中。

 今日は村人総出で甘樹の実を収穫しに森へ入っている。


 村でザーシャに落ち合い、収穫を手伝うって伝えたら籠を渡されて「助かるよ」と言われてここにいる次第。


「だって、全然届かないもん。つまんない。わたしも木登りしたい」

「たしかに」


 森の中に自生している甘樹の木。実をつけているのは木の上の方で、木登り名人な人たちが器用に登っていく。細い枝なのに落ちる気配もなく器用に伝っていき、実をもいで下へ落としていく。


 ちなみに村のおっちゃんから「きみたちはまだ小さいから登っちゃだめだよ」と言われてしまった。


「僕も木登りできるよ」

 フェイルは木登り名人の技に目を輝かせている。

「よし。じゃあ俺とどっちが早く登れるか競争だ」


 ちょっとそこのでっかい子供。


「よし、じゃないわよ。なに一緒になって目を輝かせているのよ。そこは危ないから止めるところでしょう」

「木登りは男のロマンだぞ」

「そんなロマン知らないわよ」

「えー、女の子は? わたしはロマンじゃないの?」

 ファーナがわたしも混ぜて、とぴょんぴょん跳ねる。


「落ちたら怪我しちゃうでしょう」

「しないよ。わたし頑丈だもん」


 知っていますとも。泣く子も黙る黄金竜だもんね。


「正体ばれたらもうここには来られなくなるわよ」

 本日二度目の忠告を口にした。

「うっ……」

 二人は同時に動きを止めた。


「木に登っていて、落ちそうになって万が一竜の姿に戻ったらどうするの? あなたたちまだそこまで魔法が上手じゃないんだから。うっかりばれたらもう二度とフリュゲン村には来られなくなるわよ」


 自分たちの魔法が未熟だということは本人たちが一番に理解をしている。二人はぶんぶんと首を横に振った。


「やだ」

「ここに来られなくなるのイヤ」

「じゃあ無茶はしないの」

 わたしはその場に膝をついて二人と目を合わせた。


「はあい」


 しょんぼりしちゃったけれど、仕方ない。はしゃぎすぎてうっかり尻尾と羽が飛び出したら大変だし。


「おまえら、あぶないぞぉー」


 木の上から男の人の声がした。

 わたしたちは頭上を振り仰いだ。高いところに男性がいる。


「今からこの木の実を落とすからちょっと離れていな」


 わたしたちは素直に従うことにした。男の人の握りこぶしくらいの甘樹の実の外側は固いから、落ちてきた実が頭にぶつかったら、かなり痛いと思いう。

 わたしたちが十分に離れて少し経った後、確かにそのあたりに実がいくつか落ちてきた。

 地面に当たっても割れることなく、ぽす、ぽすっと跳ねる音がする。


「もういいぞ~。そいつをかごに入れて運んでくれ~」

「はあい」

 双子が嬉しそうに飛び出した。実を拾うのでも十分に楽しいらしい。


「いいなあ。俺もやりたかった」

「レイルも案外やんちゃよね」


 わたしは地面に落ちた甘樹の実を一つ拾った。

 見た目は茶色に緑を混ぜたような色で触ると固い。指の腹で押してみてもびくりともしない。


「俺のは元気がいいっていうんだ。やんちゃだったのは子供の頃だな。周りはかなり手を焼いていたらしい」

「それ、自分でいうんだ」

「まあ、取り繕ったところで事実だし。昔はしょっちゅう怪我もしていたし」


「心配かけたって自覚があるのなら、もっと大人しくしていなさいよ」

「今は大分ましになったと思うけど。俺的は男の子はちょっとくらいやんちゃなほうがいいんだ」

「ふうん」


 前世も今世も女に生まれたわたしはそういうものなのか、と思った。


「リジーは?」

「え?」

「きみはどんな子供だった?」

「……ふ、普通よ」


 うっかりしゃべると身元がバレる気がしてわたしはそれ以上答えられない。


「ねー、一杯拾った」

「わたしも」


 落ちた実を拾い終わったらしいフェイルとファーナが嬉しそうに駆け寄ってきて、籠の中身を見ろとせっつく。

 よかった。話がとぎれた。わたしは双子の持つ籠を覗き込む。


「たくさん拾えたわね」

「楽しかった」


 えらいえらいと、交互に双子の頭を撫でると、二人はまんざらでもなさそうに顔を緩めた。

 がさりと音がしたと思ったらザーシャが「どうだい、収穫の手伝いは?」と話しかけてきた。


「楽しいよ~」

「本当は木登りしたかったけど」

「あはは。二人の年だと木登りはまだちょっと早いかな」

「そんなことないよ。僕もう三十……ぐもも」

 フェイルが不穏なことを言い出したのでわたしは咄嗟に彼の口を塞いだ。


「三十……? なにがだい?」

「あはは。お父さんがこう見えても三十だから木登りできるんだぞって言おうとしたのよねー」

 わたしは咄嗟に誤魔化した。


「三十……? あんたがかい?」


 ザーシャがレイルにずいと近寄って、その顔を凝視する。

 見た目年齢わたしよりちょっと上、なレイルにこの誤魔化しは大雑把すぎたかな。


「見えないってよく言われるけどな。……俺は若作りなんだ」

 ナイス、レイル。


「うちの旦那にも秘訣を教えてもらいたいよ」

「いつまでも子供の心を忘れないことが秘訣だ」

「あはは。なるほどねぇ~」


 収穫を終えたわたしたちは世間話をしながらフリュゲン村へと戻った。

 今日は収穫作業の実で砂糖づくりは後日ということで、三日後にまたおいでと言われた。


 わたしはせっかく来たのだからギーゼン商会に寄っていくことにした。

 ちなみに双子はレイルが見てくれている。一人でギーゼン商会に行くと言ったらなぜだか彼は渋い顔をしたけれど。


 一応今日は最近採ってきた薬草を持ってきた。

 相変わらず埃っぽい店の奥からギーゼンが出てきた。


「ああ、このあいだのお嬢ちゃんか」

「このあいだわたしが売った薬草はいい値段ついたかしら?」

「まあ、そうだな」


「じゃあまた買い取ってくれる? 一応持ってきたんだけど」

「じゃが、夏の間に獲れる薬草はしばらくは間に合っている。おまえさんの他にも持ち込むやつがいるからな。村の連中も街へ売りに行く。供給の方が多くなれば値が崩れる」

「それは……たしかに」


 ギーゼンの言い分にも一理あるからわたしは頷いた。


 誰でも見つけられる薬草よりは希少性の高いものを売った方が手っ取り早いけど、そうすると今度は出どころというか、どこで採ってきたのか聞かれる可能性もあるしなあ。森の奥、それも精霊の好意ですとか言えないし。


「今、となりのアルマン村に王都から魔法使いが来ている。そっちに売りに行ったらどうだ?」

「王都から?」


 わたしはびっくりした。

 こんな田舎に王都から魔法使いが来るなんて。


「なんでも魔法の研究の一環らしい。魔法使いはみな金持ちだからな。興味のある薬草なら高値で買ってくれるんじゃないか」

「え、ええ。そうかもしれないわね」


 この世界で魔法使いというのは特権階級の人を指すからお金持ちというのもあながちはずれじゃない。わたしだって元公爵令嬢だったわけだし。


「年の若い、研究者の男といいところのお嬢さんらしい」

「へえ……」


 やけに詳しいな、なんて思っていたら考えが顔に出ていたらしい。


「王都からの客人は珍しいからな。すぐに噂になる。特にお嬢さんの方は相当に身分が高いらしいが、向学心旺盛で魔法の勉強のためにわざわざこんな田舎まで出向いてきたらしい」

「それは……珍しいわね」

「ああ。護衛の兵隊がわんさか同行しているらしい。おかげで食料が足りないと、こっち(フリュゲン村)まで調達に来た」


 ギーゼンは迷惑そうな声をだす。そこは食料が売れるからよいのでは、と思うけど。


「なにか、問題でも?」

「小さい村だからな。貯蓄をしている食料だって限界がある。急に言われても困るんだよ。しかも男が多いとなると量を求められる」


 なるほど。


「けれどおまえさんにとってはいい商売相手になるんじゃないか? 王都のお嬢さん相手なら、珍しいと高値で買ってもらえるかもしれん」

「あなたは売りに行かないの?」

「行ったが門前払いされた」


 ギーゼンは小さく肩をすくめた。


「じゃあわたしが行っても同じじゃない?」

「さあな。魔法使いは気まぐれだからな」

 ギーゼンの回答はいつも素っ気ない。


「でも、やめておくわ。都会のお嬢さんなんて、緊張しちゃうもの」

「そうか」


 ギーゼンは何も言ってこなかった。

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