だって、これは……気のせいなんだから

「竜の赤ちゃんいつ生まれるのかな」

「わたしよりも小さいんでしょう」

「このくらいだよ」


 その日、フェイルとファーナはルーンの生む卵の話ばかりをしていた。

 竜の姿の二人の言う小さいってどのくらいか。わたしは想像してみる。


 人間のひざ丈くらいかな。それとももっと小さい?

 うーんわからない。


「どのくらいしたら一緒に遊べるのかな」

「一緒に空飛べる?」

「そうねえ。いまのあなたたちくらいに成長してからじゃないかしら」


 レイアは苦笑を交えて教えてくれた。


「じゃあ二十年くらい?」

「二十年よりもうちょっと待たないと」


 レイアたちの答えにわたしは、そうか黄金竜だもんねと心の中で付け加える。見た目が幼いからつい忘れがちになるけれど、この二人も三十をやっと超えたとかなんとかレイアが前に言っていたっけ。人間よりも寿命が長い種族だから、年齢の感覚も人間と違うんだよね。つい忘れそうになるけれど。


「長いなぁ」

「長いねぇ」

 二人はふぅっとため息を吐いた。

「そんなにも会えないものなの?」

「この子たちを育てている間のレイアもそれはもう神経質になっていて大変だったからねぇ」

 ミゼルが教えてくれた。


「だって、黄金竜は本当に育ちにくいのよ」

 心当たりがあるのかレイアが抗議するようにミゼルの体に顔をこすりつける。

「だからフェイルもファーナもちょっとの間我慢するんだよ。生まれた子供がいまのきみたちくらいまで丈夫に育てば一緒に遊べるようになるから」


 ミゼルの言葉に二人は「はあい」と揃えて返事をして、それから甘えるように体をくっつける。

 竜の姿の家族団らん風景がほんわかしすぎていてこっちまで心が温まる。


「じゃあ大きくなったらリジーも一緒に行こうね」

「一緒に遊びに行こうね」

「そ、そうね……」


 あはは、と笑ってわたしはお茶を濁した。

 あと三十年後って、わたし何やってんだろ……。


◇◆◇


「ほんとう、あなたっていつもいい時にやってくるわよね」


 なんてわたしが少し呆れ気味に言う相手は毎度おなじみ、ゼートランドからやってくるレイル。

 そろそろ甘樹がんじゅの実の収穫時期ですです~とティティが偵察に行ってきてゲットしてきた情報で、じゃあフリュゲン村に行こうかなんて準備をしていたちょうどの日にやってきたのだ。


「きっとそれは俺の日ごろの行いがいいからだろう」


 なんて謎理論でレイルは胸を張っている。

 へえ、初耳ですけど。


「あ、ちょっとその目は傷つく」

 わたしの視線に思うところがあったらしい彼の言い分にわたしは無言。

「レイルもいっしょに行く?」

「僕の背中に乗せてあげるよ」

「あはは。また今度な」

 フェイルの申し出にレイルはさわやかに返事をした。


「ほら、急ぐんだろう?」

 しかも話をそらしたし。

「うん!」

「リジー、早く行こうよう」


 わたしの傍らでぴょんぴょん跳ねる人型フェイルとファーナ。わたしは二人に急かされ、ドルムントの作ってくれた風の中に入った。そうすると彼がわたしを村まで運んでくれるってわけ。ちゃっかりついてきたレイルは眼下に広がる雄大な自然にテンションをあげつつ、「今回の俺はいつもとは違うんだ。なんと、一泊二日の夏休みを職場からもぎ取ってきた」と嬉しそうに伝えてきた。


「へえ」

 騎士様だって夏の休暇くらいはあるでしょう。無かったら相当のブラック職場だよね。

「でもせっかくの休みなのに、もっと有意義に使ったらいいのに」


 例えば領地の視察とか、普段は出来ない自己研鑽とか色々と。なんてことをわたしはレイルに言ってみた。


「いや、黄金竜の一家の元で過ごす夏休みだって有意義だよ。誰もかれもが経験できることではないし。俺にとっては十分すぎるほど充実している」


 まあ確かに魔法使い全員が竜とお友達になれる、なんて呑気な世界でもないし。黄金竜と過ごしていて感覚がおかしくなり始めていたらしい。

 まずいな。普通の感覚にちゃんと戻していかないと。


「レイアたちいい人、いえ、いい竜だものね。最近は双子のいたずらも少なくなってきているし」

「それはリジーの手柄だな」

「そうかな」

「リジーの作るお菓子もうまいし。すごいよな。手際よくささっと作れて」

「あんなの、ちょっと練習したらみんな作れるようになるわ」


 だからおだてても何も出ないんだから。

 レイルは屈託なく、本心でほめてくるからわたしはいつもどうしていいのかわからなくなる。公爵令嬢相手への機嫌取りとかじゃなくて、素でほめてくるから。


「そうかな。俺はリジーの作るお菓子好きだよ」

 あ。いまのそれ不意打ち。

「そんなこと言っても……。まあ、昨日作ったクッキーの残りとかならないこともないけど……」

「やった」


 ……もう。

 そんなふうに喜ばれると調子狂うなあ。無駄に胸が……いや、なんでもない。気のせいだって。


「ふたりで内緒のお話しているぅー」

「ずるーいっ」

 竜の姿でわたしたちの隣を飛んでいるファーナが口を挟んできて、そのあとフェイルも同調した。


「べ、べつに内緒じゃないわよ!」

 わたしはなぜだか後ろめたくなってちょっとだけ強めに反論してしまった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る