お礼に魚を持ってきました
このあいだザーシャに果物を貰ったお礼をしようということで、その日わたしはフェイルとファーナと一緒に近くの川で釣りをした。
夏場の水遊びということもあって、盛大に楽しんだというか魚を驚かせたというか、とにかくザーシャへのお礼分くらいのマスがとれたのでその足でフリュゲン村へと向かったわたしたち。
魚は新鮮でぴちぴちしている。塩ふって焼いただけでも絶対に美味しい。実はわたしの晩御飯用も確保してあったりする。
フリュゲン村に着いたわたしたちはすれ違う村人たちに会釈をしながら進んで行く。
もう三回目だし、わたしも面倒になって頭からフードをはずした。
双子はとっくに顔を見せているわけだし。
前回までの訪問で、公爵令嬢リーゼロッテの噂なんて、こんなのどかな辺境の村にまで届いていなさそうっていうことも感じたし。
フリュゲン村は基本迷惑を掛けなければ歓迎をされる雰囲気だし、深く詮索されないところもわたしは気に入った。双子は前回よりも慣れてきたのか「あ、あれ犬でしょう! この間もいたよね」とか「あの人何やっているのかな」とかちょこまかと動き回るからわたしは二人の後追うのに忙しくなった。
狭い村だからザーシャの家にはすぐにたどり着いたけど。
彼女は小さい畑の方で作業をしていて、わたしが「こんにちはー」と声を掛けるとすぐに気が付いて手を振り返してくれた。
「どうしたの」
ザーシャは土のついた手をぱんぱんっと払いながらわたしたちのほうへ向かってくる。
木の柵で覆われた小さな畑は緑色に包まれている。
わたしもそのうち今の家の近くで畑とか……って、完全にスローライフ楽しんでいるじゃん! 何考えてんの、わたし……。
「どうしたの?」
わたしが自分の考えを打ち消そうと首をぷるぷる横に振っていたらザーシャがもう一度聞いてきた。
い、いかんいかん。
「今日はこの間双子に果物をくれたでしょう。お礼に今住んでいるところの近くの川で魚を釣ってきたの。おすそ分けで持ってきたのよ」
わたしは獲れたて新鮮なマスを掲げてみせた。
前世の記憶持ちなわたしはそのへんの深窓の令嬢みたいに「魚こわぁい」とかそういうのは無い。普通に触れるし釣りもしちゃうよ。
「あらぁ、大きくておいしそう」
「あのね! あのね! わたしたちが捕まえたの!」
「この大きいのは僕が捕まえたんだよ」
ザーシャのエプロンをひっぱりながらファーナとフェイルが勢いよく話し出す。
ええ、ええ、二人とも大はしゃぎだったもんね。
竜の姿だと魚が小さすぎてうっかりすると潰しちゃうから人間の姿で釣りをしようねとか言ったら思い切り川にダイブしたもんね(竜の姿でダイブしなかっただけ成長したよ)。手づかみだったね。うん、大変だったよ。わたしとドルムントが。
わたしが遠い目をしている最中も二人は「あのね、川に飛び込んで魚をこう、ぐわぁぁって取ったの」とか「リジーは一匹も獲れなかったんだよ」とか「僕が岩の方に魚を追いかけて行って捕まえたの」とか自慢話に花を咲かせている。
悪かったわね、わたし釣りが下手で。ていうか、あんたたちがばっしゃばしゃと川の中で暴れるから呑気に釣り糸を垂らしている場合でもなかったのよ。
「あはは。そりゃあすごい。おまえさんたち元気がいいし魚獲りの才能があるねえ」
「才能ってなあに?」
「魚を獲るのが上手だよってことだよ」
「うん! 僕たち魚獲るの上手なの!」
「えへへ」
「はいはい。あなたたちすごいわよ。服も靴もびっちゃびちゃにしてくれたしね」
「でもでもドル―」
「ああ、ほらほら。魚を渡すときなんて言うか覚えている?」
ドルムントなんて第三者の名前まで出したら、この一家一体何人で暮らしているんだとか思われること必死だからわたしはさっさと話を先に進めることにした。
「あ、そうだった。ええと、ザーシャ、この間は果物をくれてありがとうござました」
「ありがとうございました。果物、おいしかったよ」
ファーナが小さく舌を出して背筋を伸ばしてお辞儀をしたあと、フェイルも同じくお辞儀をしてお礼を言った。
「よくできました」
わたしが言うと二人ともえへへとまんざらでもなさそうに笑み崩れた。
「こちらこそご丁寧にありがとう。じゃあ遠慮なしに美味しくいただくよ」
「うん!」
ザーシャがマスを受け取った。
「そうだ。ちょうど食べごろの野菜があるから持って行きなよ」
「え、でも。お礼を渡しに来ただけなのに」
ザーシャの申し出にわたしは慌てて手を振る。
「まあまあ。魚のほうが多いくらいだし」
ザーシャは遠慮しなさんな、と言って畑を取って返しいくつか葉野菜を採ってきた。
「この季節はすぐに新しいのが生えてくるからね。今年は晴れの日が続いてありがたいよ」
「そうね。天気がいいと気分も晴れやかになるわね」
「そうそう。この村は森の恵みで持っているようなものだからね。森で採れたものを売って生計を立てているのさ。もうそろそろ
「ガンジュってなあに?」
「甘い木のことだよ。甘樹の木から採れる実から砂糖をつくるんだ」
あ、そういえばこの世界の砂糖ってサトウキビからじゃなくてこの世界オリジナルの甘樹の木ってやつから作られるんだっけ。
サトウキビは魔法の世界観には合わなかったらしい。前世の記憶を思い出してから、そういえば前世とこの世界では砂糖の元になる植物が違うんだっけ、となんとなく認識はしていたんだけどね。その甘樹は、葡萄畑みたく同じ品種の木ばかりを植えたところには育たないらしい。森やら林のように色々な種類の木々と一緒に育てる必要があるらしく、この村では森に自生している木からシーズンになると実を採ってきて砂糖を作るらしい。
「砂糖! 知っているよ。甘いの」
「うんっ! 甘くてほっぺがとろーんってするの」
双子がきゃっきゃと笑うとザーシャが頬をとろけさせた。
気持ちは分かる。可愛いもんね。
「また来たらいいよ。砂糖づくりも見せてあげる」
「本当? また遊びに来てもいいの?」
フェイルがぱあっと顔を輝かせる。
「みんなの邪魔をしたら駄目なのよ」
わたしは一応念押しをした。
「僕、いい子にしているもん」
だといいけれど。
えへんと胸を張るフェイルにわたしは苦笑を漏らした。
◇◆◇
すっかり夏がやってきた今日この頃。わたしは洞窟の外に出て、日差しの強さに目を細めた。
「リジー様ぁ。やっぱり日傘が必要ですぅ」
ティティの声にわたしは苦笑する。
「どこの世界に山の中で日傘さす人がいるのよ。帽子で十分」
「でもぉ」
ティティは不満そうにわたしの前に体ごと回り込む。
「リジー様の白くて陶器のような肌が夏の日差しのせいで焼けてしまうと思うとぉ~。ティティ涙が……うぅっ……」
と言って本気で泣きだすティティ。
「あら、乙女にとって日焼けは大敵だものね。うふふ」
わたしがどうしたものかと思案していると後ろからレイアが話しかけてきた。
頭上に影が生まれたので、頭を上にすると竜の姿をしたレイアと視線が合った。
「おでかけ?」
「ええ。今日はルーンのところに行ってくるわ。そろそろ卵を産むようだから、そうなると次に会えるのは、だいぶ先になりそうだから」
「そっか。もうそんな時期なのね」
もともとこっちに引っ越してきたのは卵を産むためだと聞いていた。
「竜もね、日焼けをすると鱗の輝きが少し陰るから、わたくしもお手入れは欠かさないのよ」
レイアが顔を下にさげてわたしの顔の横で囁いた。
「まあ、積極的に日焼けをしたいかと言われたら、否と答えるけれど」
「森の精霊たちに頼んでおくわね。できるだけ木陰をつくってあげてねって。あと、子供たちのこともよろしくね」
レイアは流れるように言葉を紡いでからゆっくりと空へと飛び立った。
黄金色の竜が一頭、青い空に映えている。わたしは上を向いて大きく手を振った。
「いってらっしゃーい」
レイアにわたしの言葉が届いたのかは分からないけれど、彼女は二回ほどその場で旋回してから飛び去って行った。
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