先日会った竜の貴婦人が遊びに来ました

 双子たちがアイスクリームが食べたぁぁいと言い出したのは温泉から帰ってきて二日後のことだった。


 アイスクリーム以外にもプリンをつくってみたり、コンビニスイーツの定番真ん中にクリームたっぷりなロールケーキをつくってみたりしていたんだけれど、双子たちのお気に入りはアイスクリームのようで。


「またあのふわっふわのアイスクリームが食べたい」

「ふわふわ~。冷たいの。お口の中でしゅって溶けちゃうの」

 などと二人でアイスクリームの合唱を始めてしまった。


「仕方がないわね、二人とも」

 子供たちのアイスクリーム合唱に折れたのはレイアの方。


「今日はじゃあアイスクリームをつくりましょうか」


 まあ今日はぽかぽか陽気だし、冷たいアイスが恋しいのも分かる気もするし。

 わたしたちはそろって厨房へ移動する。


 その間も双子は「アイス、アイス。ふわふわとろとろーん」などと自作のおうたを歌っている。


 厨房にて必要器具と材料をティティと一緒に揃えながらわたしはレイアに尋ねた。


「レイアは氷の魔法使えるの?」


 魔法学校で習った黄金竜の生態を頭の中に思い浮かべながらのわたしの問いにレイアはふふんと不敵に笑って口を開いた。


「黄金竜は炎や風の魔法と相性が良いっていうだけで、水系の魔法がまったく使えないっていうことでもないのよ」


 レイアが手をかざすと魔法の力がその周りに集まってくるのを感じた。

 ボウルの中に冷気が寄り集まりちりちりと氷の粒が生まれ始める。完璧に制御された小さな吹雪がボウルの中という限定空間に生まれる。


 心なしか厨房の温度が一、二度下がったような。なんだか涼しい。


「すごい」

「ふふ。一応これでも黄金竜のはしくれだもの」


 わたしの感嘆にレイアが心なしか弾ませた声を出した。


 フェイルがアイスクリームの元になる原液を入れた小さなボウルを吹雪の生まれた大きなボウルの中へ入れる。


「僕も。僕も。このくらいできるよ」

 基本なんでも真似っ子のフェイルが口を挟む。

「フェイルにはまだ早いわよ。もっと基本から練習しないと」

 そんなフェイルを、レイアが母親の口調で窘める。


「そんなことないよ。僕だって―」

 フェイルが魔力を彼の周りに集め始める。


「フェイルリック」


 レイアが少し硬い声を出すと、フェイルはすぐに「ごめんなさい」と謝った。


「すぐに謝れる子は大好きよ。さあさ、急いでかき混ぜないとふわふわのアイスクリームに仕上がらないわよ」

「はい。お母様」


 いたずらっこのフェイルも母親のマジ怒りは回避したいらしい。

 最初の頃はわたしに、どうにも子供たちに甘くなっちゃう的なことを言っていたのに。

 本当、頼もしくなってきたよね。


「よし。わたしはパンケーキを作ろうかな。パンケーキのアイスクリーム添えって幸せな組み合わせだと思わない?」

「それ最高ね」


 レイアが弾んだ声を出す。

 彼女もわたしのつくったお菓子はどれもおいしいと絶賛して完食してくれるので作り甲斐がある。


「じゃあ、パンケーキのお手伝いはファーナにお願いしようかな」

 わたしがファーナの顔を覗き込むと、彼女は「まかせて!」と弾んだ声を出した。


 四人で仲良くお菓子作りをして、ちょうど出来上がった頃にドルムントが来客を告げに来た。

 なんでも黄金竜の婦人が尋ねてきているらしい。


「あら、まあ」


 レイアは目を少しだけ丸くして、それから竜の姿に戻って洞窟の入口へと向かった。その前に、わたし達に出来上がったスィーツは食堂に運んでおくよう言付けて。


 ティティとドルムントにも手伝ってもらってわたしたちはアイスクリームとパンケーキを食堂へと運んだ。

 焼きたてのパンケーキに冷たいアイスクリーム。キイチゴや、他のベリー類で作ったジャムに昨日摘んできた新鮮な野イチゴもある。


「あ、そういえば森の精霊さんから分けてもらったハチミツもあるんだった。取ってくるわね」

「わあい。ハチミツも甘いから好きだよ」


 正確に言うと蜂が集めたのではなくって、精霊が森に咲く花にお願いをして、花から直接いただいた蜜だ。瓶の中に入ったそれを厨房から持ってくると双子が「ハチミツ、ハチミツ」と歌いだす。


「うふふ。どの組み合わせで食べようか……迷う」


 ああ、キャラメルソースも作っておくんだった。それを言うならチョコレートも欲しいな。

 あ、ホイップクリーム用意するの忘れた。ああああしまった……。


 とかなんとかわたしが心の中でホイップクリームに思いを馳せていると、レイアが客人を伴って現れた。


「リジー、それから子供たちも。紹介するわね。わたくしの古い友人で―」

「わたくしのことはルーンと呼んで頂戴な」


 レイアの言葉を引き取るようにして、女性は自分の呼び方を伝えた。

 きっと、本名をもじっているんだろうな。レイアももともとはレィファルメアって舌噛みそうな名前だし。


「ファーナメリアとリーゼロッテにはこの間会ったわよね。それから、こっちはフェイルリックよ」


 レイアがわたしと双子たちをルーンに紹介する。

 というか、やっぱりというか、この間温泉で会った黄金竜の貴婦人が目の前の女性ということらしい。金の髪に黄金色の瞳をもった見た目年齢二十代中頃から上くらいの迫力美人さん。どこか夜に咲く花を思わせる雰囲気を醸し出している。


 わたしはスカートのすそを持ち上げて、片足を一歩後ろに引いて頭を下げた。


「あらためまして、リーゼロッテと申します。家の名は捨てたため持ち合わせておりません。今は縁あって谷間の黄金竜夫妻の元で暮らしております」

「家の名はわたくしたちにはあまり意味をなさないわ。人と竜は違うもの。もちろん、人を統べる立場の人間に配慮をする心は持ち合わせているけれど」


 そのあと彼女はあまり堅苦しい挨拶はいらないわ、と続けた。

 わたしは顔を上げて、ルーンを眺めた。口元がほんの少しだけ緩んでいる。


「こ、こんにちは。ルーンおばさま」

「こんにちは」

 双子たちが続けて挨拶をした。


「こんにちは。二人とも挨拶ができて偉いわね」

 子供たちの前にしゃがんで目線を合わせるルーンにわたしは好感を持った。


「立ち話もあれよ。今日はみんなでおやつを作ったの。人間のお菓子なのよ。ルーン、あなたも一緒にどうかしら」

 レイアが明るい声を出す。


「そうだわ! 早くしないとアイスクリーム溶けちゃう!」

「パンケーキも焼きたてなんだよ」


 お菓子という言葉で双子たちはテーブルの上のおやつの存在を思い出したらしい。テーブルのすぐ横にぱたぱたと近寄って待ちきれないとばかりに目を輝かせる。


「人間のお菓子……。ああ、だから人の姿に変化しろっていったのね、あなたは」

「ルーンは人の食べ物嫌いだったかしら?」

「そういうわけではないけれど」


「ならいいじゃない。わたくしたち、ものを食べる必要はない黄金竜だけれど、美味しいものを食べると楽しい気分になるのよ。みんなでいただきましょう」


 にっこり笑うレイアに引きずられる形でルーンはぎこちなく頷いた。


 それからわたしとレイアでてきぱきとアイスクリームとパンケーキを取り分ける。双子たちはアイスの大きさやらトッピングのジャムやらに細かく注文をつけてレイアが「もう、少しは遠慮ってものをしなさい」などと言われる始末。ま、まあ子供が甘いお菓子に遠慮なんて発揮しないよね。うん、わかってる。


 そんな風にみんなでキャッキャしながら用意をして、一同揃っていただきますをした。

 ルーンは恐る恐るといった体でスプーンですくったアイスクリームを口の中へ運ぶ。

 フェイルとファーナはルーンの顔をじぃっと見つめる。


 わたしも、なんとなく気になってちらりと彼女の反応を伺ってしまう。


「ん……」


 ルーンは目をぱちぱちと幾度か瞬いた。


「冷たいのね……。それに、不思議。口の中でふわりと溶けてしまったわ」


 ルーンはまじまじとアイスクリームを眺める。


「ね、美味しいでしょう?」

「僕アイスクリーム大好きなんだ! 今日のはね、僕がかき混ぜるの手伝ったんだよ」

「わたしもね。パンケーキひっくり返すの手伝ったの。泡がぷくぷくしてきたらひっくり返すのよ」

「きつね色っていうんだって」


「アイスクリームはね、かちこちに固まったらふんわりしないから適度に混ぜるのが重要なのよ」

「お母様の氷の魔法すごいんだよ!」

「お母様魔法使うのとっても上手なの!」


 双子たちがマシンガンのように話し出すのでルーンが若干気圧されている。子供ってほんとうに元気だな、ってこういうとき思うよね。とにかく口を挟む隙がない。


「はいはい。二人とも喋ってばかりいないの。ほら、せっかくのアイスクリームが溶けちゃうわよ」


 やわらかな声でレイアが間に入ると、双子は「あ。そうだった」「溶けちゃうのいやなの」と言いながらアイスクリームとパンケーキを頬張る。


 うん。パンケーキにアイスって美味しい組合せだなあ。あとわたし、あったかいアップルパイとアイスの組み合わせも大好きなんだよね。りんごの季節になったら作ってみようかな……って、いつまでここにお世話になる気でいるのよ、わたし。


「ありがとう。美味しかったわ」

 ルーンはパンケーキのアイスクリーム添えを完食した。


「わたし人間のお菓子大好きなの」

「甘いもんね」

「甘いのを食べると幸せになるってリジーが教えてくれたんだよ」

「ほっぺが溶けちゃうんだって」


 と、フェイルが両手を頬に当ててとろんと目をつむる。


 えっと、それってもしかしなくてもこの前わたしがやった顔真似かな?

 まったく。子供ってすぐにそうやって大人の真似をするんだから。でもまあ、ルーンがほほえましそうにフェイルを眺めているから、まあいいか。彼女の纏う雰囲気が先ほどよりも柔らかくなってきたし。


「リジーはすごいんだよ。いろんなお菓子の作り方を知っているの!」

「あ、でも怒ると怖いんだけどね」

「髪の毛梳かしてくれるのよ」

「お母様とお父様の次に大好きなんだよ」


「あ、あら。ありがとう」

「えへへ」


 褒めてもらった上に好き発言まで。そうやって言われるとちょっと、いやかなり照れてしまう。今のわたし、確実にほっぺが真っ赤だと思う。


「褒めたから明日もおやつー」

「おやつー」

「あなたたちね……」


 もう、ちゃっかりしているんだから。


 わたしが呆れ交じりにため息をはあぁぁって吐くと、ルーンがくすくすと笑いだした。

 ま、和やかなムードだし、いっか。これはこれで。

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