マンドラゴラで遊んではいけませんっ!

 今日は午後から森へとやってきた。

 ここでの生活にもだいぶ慣れてきたわたしは、森の精霊たちとも顔見知りになってきた。最近では精霊たちから森に自生している植物について教えてもらっている。


 人間が食べても平気なものや、薬効のあるものなど。要するに薬草についてご教授いただいているというわけ。


「ねーねー、リジーちょっと耳塞いでいてね」


 わたしが薬草をちまちま引き抜いているとファーナがとたたとやってきた。

 やってきたついでにわたしの耳を塞ぐ。


「ん?」


 しゃがんだわたしの後ろからファーナは抱き着くようにぴたりと張り付いた状態。

 んー、なにか嫌な予感がする。


「ちょっとなに―」

 わたしが口を開きかけたのと、強烈な叫び声が聞こえてきたのは同時だった。


『ぎょぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ』


 わたしの意識が一瞬持って行かれそうになる。

 塞がれているのに、耳の中に地獄の底から恨みを聞かされているような、強烈な絶叫が聞こえてきた。

 わたしは頭がくらんくらんとした。


「あ……あたまが……」

「リジー大丈夫?」


 ファーナが気遣わし気な声を掛けてくる。

 しかし。


「あなたたち……ね」


 文句を言おうとしたとき、頭上からばさばさと何かが落っこちてきた。


 目を向けると、気絶した鳥だった。

 ああちょうど上を飛んでいたのね。お気の毒に。

 鳥が数羽、白目を剥いて落ちてくるのってなかなかにシュールな光景。


「ねーねー、鳥が落ちてきた!」

 フェイルが喜色満面でこちらに向かって走ってきた。

 手に持っているのは、おなじみマンドラゴラ。そりゃあ鳥だって気絶するわ、あんな声聞かされたら。つーか、鳥たち息しているよね?


「フェイル! ファーナ! 遊び半分であんなもの抜いたら駄目でしょうが!」

 わたしは大きな声を出した。


「えぇぇ~。なんでぇ?」

「なんでぇ? じゃなくって。マンドラゴラだっていい迷惑でしょうが」

「リジーだってこの間抜いていたよ?」

「う……」


 フェイルの指摘にわたしは言葉を詰まらせる。

 いや、ほら。あれは……生活費の足しにするために近々人里に降りて売ろうと思っていたわけで。


「わ、わたしは鳥の迷惑にはならないよう細心の注意を払ってね……」


 我ながらこの言い訳はきっつー。

 案の定、双子はそろってわたしにいまいち納得できないという目を向けてくる。


「それに、わたしはもっと声の小さいマンドラゴラを抜いていたでしょう。フェイルが抜いたのって森の精霊が教えてくれた一番うるさいやつじゃない」


 抜かれたマンドラゴラは干からびたミイラのような形相でだらんとぶら下がっている。

 つか、抜かれたマンドラゴラまだなにかぶつぶつと言っているよね? え、なんか怖いんですけど。


「と、とりあえずそれ、どこかに置いてきなさい」

「えぇぇ~。干して売りに行かないの?」

「え……遠慮しておくわ」


 わたしが答えるとフェイルの手の辺りから「ちっ」という舌打ちが聞こえてきた。

 わたしがそちらを視線をやると、フェイルに掴まれているマンドラゴラがふいっと顔をそらしたように……見えた。


 えっと、気のせいだと誰か言って。つーか、そんな子連れて帰って干したくない。


「ちなみに鳥はね、今日のリジーの晩御飯になるかなって」


 えへんと胸を張るフェイル。

 わたしはちらっと白目向いてる鳥を見下ろした。


「ならないわよ!」

「ええ~」

 二人が揃って不服そうに声を出した。


「レイルは、人間は生活のために狩りをするって言っていたよ?」

「いや、まあ。そうだけどね」


 しかし、マンドラゴラの声を聞いて落ちてきた鳥は嫌だ。わたしの心情的に。


 レイルも余計なことを言いよって。

 わたしが天を仰ぐと、ティティがふよふよと飛んできた。


「リジー様ぁ。沢のほうでメローナがいい感じに冷えてますよぉ」


 そういえばさっき頂き物のメローナ(見た目も味も前世でおなじみメロン)を沢で冷やしていたんだっけ。


 わたしのすぐ近くまで飛んできたティティはわたしにこそっと耳打ちをする。「さっさとここから退散しないと、さっきフェイル様がマンドラゴラ引き抜いたせいで、大杉の爺様が昼寝起こされてぷんすかしていましたから」と。


 わたしは顔を青くした。


「とにかく、冷たいメローナ食べましょう」

 ティティはわたしの背中をぐいぐい押しやる。


「わぁい。メローナ食べるー」

「僕が割ってあげるね」

「って、こら! 大杉のおじいさまにちゃんと謝りなさいっ! あと、そのマンドラゴラは置いていきなさい」


「ええ~。せっかくリジーのために抜いたのに」

「その気持ちだけ受け取っておくから」


 そう言うと再びフェイルの手元から「ちっ」と舌打ちが聞こえてきたけど、今度は聞こえなかった振りをした。


「じゃあ鳥は?」

「それも……置いていきなさい」

「ええ~。せっかくだから一匹持って帰りましょうよぉ。わたし、おいしくこんがりいい感じに焼いちゃいますよ。グレゴルン著、人間の料理・野外編に載っていた香草丸焼き、興味ありますぅ」


 グレゴルン著の書籍ネタもちょっと、いらない。


 フェイルは掴んでいたマンドラゴラを眺めて、それからわたしを伺って、とたたっと少し離れてマンドラゴラを地面に置いた。

 それを見届けたわたしはほっと息をついたのだが、ティティがちゃっかり鳥を一羽背負っているのを知っている。

 きっとわたしの晩御飯に……なるんだろうなあ。


 後ろでは「ぐぇぇ」と聞こえあとにばさばさと羽音が。ティティが「あらぁ。気が付いたみたい。でもまだ寝ていてね」と物騒なことを言った直後再び静かになった。


「ティティ、強い」

 フェイルの感嘆する声が聞こえてきたけど、変なところは真似しないでほしい。


「あ、虫」


 森を歩いていると当然虫に出くわすこともあるわけで。

 蚊はいやだな、と思いつつ、わたしは手で虫をしっしと追い払う。


「まーぁ! 虫の分際でリジー様を襲うとは! 不届き千万っ! 覚悟なさぁぁいっ」

「きゃぁぁぁっ! ティティ、こんなところで炎巻きちさないでちょうだい!」

「リジー様を刺そうとする虫なんて丸焼きにしてやりますぅぅ」


 ティティが森の中で炎をまき散らし、双子はティティを応援し。


「こぉら! おまえさんたちうるさいぞぉ!」

 大杉のおじいさんの雷が、森の中にこだました。

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