リーゼロッテのよい子のためのお菓子作り教室1

 レイルからアドバイス的なものを貰って数日後。


 わたしはフェイルとファーナの前にエプロン姿で立っていた。


「それでは。突発リジーちゃんのお菓子教室を始めたいと思います」


 わたしの高らかな宣言に二人は揃って首をかしげる。人の姿でそれをやられるとにやけそうになる。だって、はた目にはめっちゃ可愛いんだもん、この双子。


「お菓子教室?」

「ってなあに?」


 二人のつぶやきにわたしはふふんと胸を反る。


「この間レイルが持ってきたような甘いお菓子をわたしが作ってあげようってことよ。もちろんふたりにもお手伝いをしてもらいます」


 わたしの言葉に、途端に二人は顔を輝かせる。

 後ろにぱぁぁって文字が浮かんできそうなくらいのきらっきらした視線がわたしに突き刺さる。


「すごいすごい!」

「リジーはあのお菓子作れるの?」

「まあね」


 なにせ前世は日本人女子でしたから。お菓子作りはばっちりよ、って言いたいけれど前世では普通の料理はしたことはあったけれど、お菓子についてはほぼド素人。それがどうしてお菓子作れるかっていうと、乙女ゲームなこの世界では、貴族の娘でもお菓子作りは高尚な趣味として認められているから。


 なぜかって、ゲーム中攻略対象に手作りお菓子を差し入れるというイベントがあるから。わたしが前世にプレイしていた時もヒロインのフローレンスにせっせとお菓子を作らせて攻略対象にプレゼントしていた。ひねくれた攻略対象だと逆効果だったけど。


 まあそんなわけで、前世ではからきしだったお菓子作りも、こちらにリーゼロッテと転生してからは貴族的嗜みの一環で一通り習っていたわけ。


 ヴァイオレンツと婚約したあと、一応社交辞令でお菓子作ってあげますよ的なこと言ってみたけど、全部見事に玉砕だったけどね。心底冷たくあしらわれたけどね。こっちだって社交辞令だしね。本気じゃなかったからね。あんな冷たい顔しなくてもいいじゃんね。ほんっとつくづくフローレンス以外には無関心だよね、あの男。


「それではお菓子作りを始めたいと思います」


 わたしたちはミゼルたちに頼んで突貫で作ってもらった人間用の厨房へと移動した。


 わたしの企みを聞いたミゼルとレイアが「頑張ってみて」と笑顔で賛同してくれてぱぱっと作ってくれた。

 どうやって作ったかって。それはもう魔法の力でちょいちょいっと、としか言えない。魔法が便利すぎてすごい。


 厨房ということで洞窟内とはいえ外に近い区画に作ってもらった。換気とか必要だしね。


 これからつくるのは簡単に作れるパンケーキ。


 一応わたしも貴族の令嬢としてお菓子作りの先生に師事を仰いだこともあったけれど、どうせ覚えても作る相手もいないしとこの数年はさぼっていた。ティティがどこからか手に入れてきたお菓子作りの本を片手に、まずは簡単なところから始めることにしたのだ。


「まずは小麦粉をふるいにかけます」


 材料はドルムントとティティが用意してくれたけど、こういう食材ってどこから調達しているのかな。謎だよね。けど答えを聞くのも怖いのでそこはスルーすることにしている。


 わたしは手際よく作業を進めていく。分量を量って卵を割って。

 途中ファーナに生地を混ぜるのを任せて、フェイルにはトッピング用のクリームの泡立てをお願いした。


「腕疲れたよ。魔法でぐわぁぁってやりたい」

「ダァメ。フェイル、あなた魔法の加減てものを知らないじゃない」

 フェイルが物騒なことを言いだしたのでわたしは慌てて釘をさす。


「ファーナと交代してあげる」

「じゃあお願い」


 フェイルはファーナの申し出を素直に聞き入れた。単調な作業に早くも飽きたらしい。

 わたしは最新式のキッチン用レンジに火を入れることにする。


「リジー様にはこちらを差し上げますぅ」


 キッチン用レンジを興味深そうに眺めていたティティは自身の髪飾りを取って、それをぎゅっと握って息を優しく吹きかけた。


「なあに?」


 ぱっとわたしの目の前で手を開くティティ。

 手のひらには深紅のまるい石。石の深部に炎の揺らめきのようなものを見つけたわたしはティティの顔を見た。


「うふふ。わたしの炎を閉じ込めた石ですぅ。これを使うとあら不思議、燃料無しでリジー様の魔力に反応して炎を出すことができるのですぅ」

「魔水晶のようなものね。うわ。精霊が魔力を込めた石って初めて見たわ」

「人間社会に溶け込む精霊ってある意味希少種ですからねー」


 ティティはくるくると回る。


 精霊の中には気まぐれで人間を守護するものもいる。


 というかわたしも前世でフローレンスとしてプレイをしていたから知っています。オープニングで風の精霊と出会って加護を受けるのよね。これはいわばボーナスラック。その後のイベントをこなしていく過程でフローレンスは他の炎や水・土などの精霊から加護を受けるチャンスがある。全部の精霊を集めるとスキルが上がって超レアキャラ竜の貴公子と遭遇する確率があがる。


「まさかこんなレアなものを貸してもらえるとは」


 ほら、わたし悪役令嬢に転生したから。

 そういう、愛されキャラとは無縁だったわけで。だからこちらの世界に転生して、生の精霊からゲームままの魔法石を受け取ったことにちょっと、いやかなり感動。


「お料理に役立ててください」

「ありがとうティティ」


 わたしはティティお礼を言って火の調整を始めた。

 何度か使ってみてコツのようなものを掴んだわたしはパンケーキを焼くのにちょうどいいくらいの火加減にして、フライパンを熱していく。


 熱したフライパンに生地を落として待つこと数分。


「ぷくぷくしてきたよ」


 わたしの傍らで熱心にフライパンを眺めていたファーナとフェイルがそわそわ肩を揺らす。

 パンケーキの生地に泡が浮かんできたところでわたしは生地をひっくり返す。


「うわぁぁ。いいにおい!」


 双子たちが鼻をすんすんとさせる。台所には、ほのかに甘い香りがただよっている。わたしも大好きな、お菓子が出来上がる瞬間の幸せな匂いに自然と口元がほころんでしまう。


「わたしもやるぅ」

「僕も、僕も」


 どこの世界でも子供って大人の真似をしたがるものなのね。そういえば前世で甥っ子と姪っ子にパンケーキ作ってあげたことあったっけ、なんてことをわたしは思い出す。


「はいはい。ちゃっちゃとやらないと焦げちゃうからね。わたしと一緒に、順番に」


 わたしはその場をきりきりと仕切ってパンケーキを焼き上げていった。


 お皿に盛った後は、各自トッピング。

 三段重ねにしたパンケーキの上にクリームをたっぷりと絞り出す。


「最近運動っていうか、動きまくっているからこれくらいは許される……はず(だと信じている)」


 わたしの、自分に言い聞かせるようなつぶやきをティティが不思議そうに眺めている。これはもう、乙女の儀式のようなもの。甘い物の塊を前に罪悪感を押し流すための。


 クリームを盛り盛りした周りにカットフルーツを散らばせて。


「リジーちゃん特製パンケーキの出来上がりです!」


 思わず料理番組風にわたしはでーんと両腕を前に伸ばした。


「うわぁ。人間のお菓子ですですぅ」

 物珍しそうにパンケーキの周りをふよふよ飛ぶのはティティだ。

「われながら美味しそうに出来上がったわ」


 わたしは久しぶりのお菓子作りの達成感を味わうように、額の汗をぬぐう仕草をする。

 さて、自分たちで作ったお菓子を前に、フェイルとファーナはどんなものかと下を見ると、二人とも固まっていた。


 あら、あんまり好きじゃなかったかな、こういうの、と思ったが。


 よおく見ると二人は目を輝かせながらパンケーキに釘付けだった。


「リジー! リジー! 人間のお菓子ができたよ!」

「すごいね。すごいね。このクリームっていうやつわたしが作ったのよ」


「違うよ。僕が作ったんだよ」

「むぅ~わたしも混ぜたもん」


「あー、もう。言い争いしないの。二人が一生懸命泡立てたんでしょう。せっかくだから食堂に運んでみんなで頂きましょう」


 ともすれば喧嘩に発展しそうな言い争いをさくっとぶった切って、三人で出来上がったパンケーキを食堂へ運ぶ。ティティがお茶とジュースを用意してくれた即席ティーパーティの始まり。


「食事の前にはいただきますって言うのよ」


 三人で声を合わせていただきますと言って。

 フェイルとファーナは大きな口をあけてパンケーキを頬張る。


「あまぁい」

「ふわふわ~」


 二人とも上機嫌で目の前のおやつを平らげていく。

 口いっぱいに頬張って、もっきゅもっきゅとパンケーキを食べる双子が可愛すぎてわたしも顔がとろけてしまう。子供がおやつ食べてる仕草って可愛いなぁ。


「んんん~。美味しいっ」

 わたしもつい自画自賛。


「これが美味しいっていうの?」

「美味しいは甘いの?」


「食べて幸せ~って感じるものは等しく美味しいってことよ」


「わかった~」

「わたしいま幸せなの~」


「ああほら、ほっぺたにクリームが付いているわよ」


 ふわふわマシュマロほっぺにクリームをつけたファーナ。わたしは手巾を片手に立ち上がって彼女の頬を拭いてやる。


 二人とも嬉しそうにパンケーキを口に入れて、笑って。

 うんうん。喜んでくれてよかった。


「ねえリジー、また作って」

「わたしも。また食べたい」

「はいはい。ちゃんといい子にしていたらね」

「うん! けど、いい子ってどうやるの?」


 フェイルが首を傾ける。

 ああ、そこからですか。


「他の人に迷惑をかけないってことかな」


「わかった」

「わたしもー」


 わたしの言葉にフェイルとファーナが元気よく頷いた。



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