レイルのありがたいアドバイス(たぶん)

「ああもう……疲れた。毎日戦争よ……」


 二日後。久しぶりに竜の住まいへとやってきたレイル相手にわたしは愚痴をこぼしていた。同じ人間同士わかり合えることがあるかな、と思ったのだが。


「子育ては大変だな」


 彼の感想はめっちゃ他人事。そりゃそうか。自分の子供じゃないしね。職場の同僚に愚痴ってもこういう返事しか返って来ないよね的な見本が返ってきたのでわたしはジト目を彼に向けた。


「レイルって、子育てを奥さんに丸投げしそうよね」

「丸投げっていうか、乳母の仕事じゃないのか?」


 ああ、そうだった。この世界は二十一世紀の日本とはちょっと違うんだった。貴族の子供は乳母に育てられるのが基本だった。忘れていた。最近この世界の人間と話すことが無いから思考回路がめっちゃ前世に引きずられているから。


「そうだけど。そうだけれど! ……あなたって子供が何したとかあれしたとかに無関心そう。それで奥さんにがっかり幻滅されればいいのよ」


 それでもなにか言ってやりたくてわたしは言葉を続けた。


「俺はまだ独身だ」

「将来絶対に奥さんに『この人はわたしの話をちっとも真剣に聞いてくれない。子育ての悩みを共有しれくれない』って思われればいいのよ。離婚されても知らないんだから」


「俺は子育てに無関心じゃない。奥さんにも子供にもこの人すごぉぉいって思われる頼りになる夫になる自信がある。うん、やっぱりお父様の背中を見て育ってほしい」


「あっそ」

「自分から言った割に冷たい反応だな、リジー」

「べつに話の流れで言っただけだもん。あー、もう毎日疲れる! もうちょっと二人が大人しくなってくれるといいんだけど」

「わんぱく盛りな子供だしな」


 わたしとレイルは、人の姿をして彼の持ってきた絵本を珍しそうに眺めている双子を見やる。レイルは今日いくつかのお土産を持参したのだ。それが子供用の絵本と、なぜだかお菓子。マフィンだ。チョコレートチップの入ったものと、ブルーベリー入りのマフィン。


 乙女ゲームの世界のため、チョコレートも普通に存在しているのだ。さすがは乙女ゲーム。もちろんそれはプレイしていたころから知っていた。


 わたしはぱくりとマフィンを口にする。


「あ。美味しい」

「だろう。城の者に頼んで焼いてもらったんだ」

「へえ、あなたお城に勤めているの」

「まあな」


 身分は高いのだろうと踏んでいたが、やはりというか。王宮に自由に出入りができて、しかも厨房の人間に顔が利くらしい。


「リジー様ぁ。お茶のお代わりいかがですぅ?」

「あ、ティティありがとう。貰うわ」

「はいですぅ」


 今日もふよふよ宙に浮きつつティティはわたしのためにこまごまと世話を焼いてくれる。


「お城勤めなのに、しょっちゅうここに顔を出していていいの? 暇なの?」

「俺は暇じゃないぞ。ちゃんと仕事はしている。めちゃくちゃ頑張ってる」

「ふうん」

「それに、ここに来るのはいい息抜きにだしな。竜の夫妻も親切だし」

「そうね。ミゼルさん夫婦は優しいわよね。黄金竜ってもっと荘厳なイメージを持っていたけど。気さくだし」


 ゲームをプレイしていた時だって、竜の貴公子なんて隠れキャラもいいところだったし、わたしの中で黄金竜とはレアキャラ扱いだ。それが今はそのレアキャラに囲まれて生活をしている。人生何があるか分からない。


「あの夫妻は黄金竜の中でもかなり人間に対して好意的だと思う。ここも人の村に近いし」

「ここってそんなにも人里に近いの?」

「ああ。シュタインハルツの外れの村まで歩くと……どのくらいだろうな。三日くらいかな。それとも四日か? わからないが、そのくらいの距離だ」


 彼の言葉を借りるとまあまあ近いということらしい。


 距離感はまだよくわからないけれど、近くに人の集落があるって情報が分かっただけでもちょっと安心。シュタインハルツっていうのがちょっとあれだけど。国境近くの辺境ならわたしの噂も届いていないと思うし、いつか行ってみたいかも。


「あ、リジーってば何を食べているの?」


 絵本に飽きたのかファーナがわたしたちの元へとやってくる。今日も屋外にテーブルを出してもらって、わたしとレイルは向かい合う形で座っている。


「レイルの持ってきてくれたお土産。マフィンっていうのよ」

 きつね色に焼けたマフィンをじぃっと見つめるファーナ。

「人間は色々なものを食べるのね」


「竜は食べないんだっけ」

「黄金竜はこの世界に存在をする魔法力を体に取り込むんだよ。だけど、僕たちはまだその力が弱いからお父様とお母様から魔法力を分けてもらったり、魔水晶を食べるんだ」


「最近は自分たちの力だけで魔法力を吸収できるようになったけどね」

「わたしたち、もう立派ないちにんまえ、なのよ」

「あ、でも人間の食べ物も食べられるよ」


 フェイルとファーナが交互に説明をしてくれた。


 魔水晶とは、この世界の魔法力が結晶化したもの。魔法力の濃い場所に生まれる。

人間の世界でも取引をされているが、滅多に見つかるものではないので基本高値がつく。わたしたち魔法使いは、魔水晶を魔力を補うマジックアイテムとして使う。


「食べてみる?」

「いいの?」


 ファーナは目をくりくりさせて、鼻をマフィンに近づける。すんすんと匂いを嗅いで、恐る恐る一口。


「わぁぁ。柔らかぁい。甘い」

「僕も一口~」

「はいはい。まだあるからお食べなさい」


 わたしの膝の上によじ登ったフェイルは手を伸ばして皿の上のマフィンを取る。


「ああ~わたしもリジーのおひざに座るのぉ」

 一人がすればもう一人が真似したがるのは世の兄妹の必然か。ファーナがフェイルの袖を引っ張る。


「ファーナはまずその尻尾を仕舞わないと」

「むぅ……」

 フェイルに突っ込まれてファーナが頬をぷくぷく膨らませる。


「まったく賑やかなんだから。ファーナは一度竜の姿に戻ってもう一度人の姿になってみたら?」

「はあい」

 ファーナがとたたっとその場から離れる。


「結構様になってきているじゃないか、二人の世話役も」

「そりゃあ一緒に暮らしはじめてそろそろ二週間になるしね。でも、様になってきているというかまだ完全に遊ばれている気がするけど」

「リジーと遊ぶの楽しいよ」

 マフィンにかぶりついていたフェイルが上を見上げる。


「今日は大分大人しかったけどな」

「そうねえ。レイルの持ってきた絵本がきいたのかも」

 人間の世界のものが珍しいのか二人にしては大人しかった。


「要するに、二人の意識をどう別のものに向けるか、だな」

「別のところ?」

「そう。マフィン食ってるフェイルは大人しいだろ」

「確かに」


 わたしは膝の上にちょんと座って人間のお菓子を頬張るフェイルを見下ろした。


「魔水晶と違ってシャリシャリしないね」

「あなたのお腹的には大丈夫なの?」

 勝手に人間の食べ物与えて平気だったかなと今更ながらに不安になる。


「んー、大丈夫。お母様もお父様も人の食べ物たまに食べるんだよぉ~」

「そうなんだ」


 それは初めて知った。


 そっか。意識を別のところに向けるのか。それは、ちょっと……一考の余地はあるかも。

 わたしはレイルの存在も忘れて物思いにふけった。


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