優雅なバスタイムのはずだったのに……

 なりゆきでちびっこ竜のお守り役になったものの、前途はものすごく多難で。


 遊びたい盛りのわんぱく黄金竜は加減というものを知らない。わたしが谷間の黄金竜夫妻の元に遣ってきて早十日。とりあえず毎日悲鳴を上げている気がする。


 彼らの遊びはマジに突拍子もない。崖から飛び降りたり、山火事を起こしかけたり、付近の精霊を巻き込んでみたり。


 崖から飛び込み(ものっそい高さだったね)ダイブに付き合わされるくらいなら釣りでも教えた方がましかなと思って、釣りをしてみたらフェイルが辺りの岩を魔法で運んで人口ダムを作ってからの素潜り(竜の姿で)。おかげでめちゃくちゃ怒られた。地形を変えるなって。誰にって、その川に住まう水の精霊に。(もちろんちゃんとダムは解体させましたとも)


「リジー様が来てからというもの、フェイル様とファーナ様のいたずらも幾分やわらいできましたねえ」


 わたしのすぐ近くに浮いているティティがそんなことを言うからわたしは驚いて「あれで?」と即座に返した。


「はい。あれで、ですぅ」


 ティティはにこにこと笑顔だ。薄桃色の薄布をまとったティティの衣装は太ももの辺りから大胆なスリットが入っていて生足がちらちらと覗いている。精霊に性別はないのだと知ってはいても、女性を思わせる容姿もあってわたしはいつも目のやり場に困る。口調も声もどちらかというと女性的で、ティティ曰く、性別こそないものの個々の性格や適性によってどちらかの性別に近い言動を取ることが多いらしい。


 ティティからは、わたしのことは女性と思ってくれて構いませんと言われている。


 わたしはほぼ毎日ちびっこ竜たちに付き合って広大な山林の中を行き来している。おかげで毎日疲れ切って熟睡。そりゃ疲れもするよね。


「二人もいるとにぎやかさも抜群よね。もうちょっと言うこと聞いてくれるといいんだけど」

「今が遊びたい盛りですからねぇ」

 ティティもうーんと腕を組む。


「その遊び方が迷惑極まりないのよ」

「魔法の使い方を覚えてきて楽しくて仕方がないんですよねぇ」

「黄金竜なだけにその魔力も半端ないし。ほんっとう質が悪い!」


 人間の扱う魔法なんてまだ可愛い方だよ。


「ほんの二十年前はか弱かったんですよぉ」

「それも信じられないし」


 竜の子供が育ちにくいというのはレイアからも聞いたけれど、今のフェイルとファーナは頑丈そのものだし、それはもう元気に動き回っているから。


 ティティはわたしの後ろに回って髪を梳いてくれる。


「にしてもリジー様の髪の色。わたし、とっても親近感がわきますぅ」


 うっとりと言うティティには悪いけれど、わたしは自分の髪の色があまり好きではない。ストロベリーブロンドって触れ込みだけれど、要するに赤毛。せっかくなら金髪の方がよかったなと小さなころ思ったものだ。


「あら、あまり好きではないですか?」


 わたしの反応からティティがそう伺ってくる。


「人間の世界では、金髪の方が受けがいいのよ。わたしの髪と目の色ってきつい印象を与えちゃうみたいで。この顔立ちも相まって」


 わたしは嘆息する。整ってはいるけれど、柔和とは程遠いきつめの顔立ち。そりゃ悪役令嬢なんだから当然よね、と頭の中で納得するものの実際にこの顔のせいで怖いとかきついとか陰で言われたら多少メンタルはへこむ。


「そうですかぁ? わたしは好きですよリジー様のお顔も髪色も」

 ふふっとなんてことなく受け流すティティにわたしは「ありがとう」とお礼を言う。

「炎の属性みたいで嬉しいですぅ」

「一応一番得意な魔法は炎系ね」


 今は魔法は使っていないけど。

 というかわたしが使わなくてもドルムントやティティがちゃちゃっと何でもやってくれちゃうし。


「あら、ますます嬉しいっ!」

 きゃーんっと彼女はくるくると回りだす。


「そうだ。今日は人の間で流行っているパック? というものを入手したんです。肌荒れにいいそうなんですよ。湯あみの時に使いましょう」


 機嫌のよい声でティティが提案してくれた。

 ティティの最近のブームは人間の女性の間で流行っている美容グッツ関連の情報を仕入れることらしい。人間のお世話をレイアからお願いされて張り切っているらしい。


「へえ、それはちょっと楽しみ」

「人間のお嬢さんは日の光を浴びすぎることを気にされるってグレゴルン著 女性の生活・思考編に書いてありましたぁ」


 だからそのグレゴルンって何者?


 わたしの部屋には浴室もくっついていて、最近の楽しみは夜の入浴の時間だったりする。

 この時間が唯一わんぱく双子竜から解放される時間ていうのも大きい。


 足つきの大きな浴槽は真っ白で、魔法のおかげで湯加減は絶妙。魔法仕掛けのシャワーのおかげで髪を洗うのも簡単快適。しかもティティが甲斐甲斐しくお世話をしてくれるし、今日はパックもあるというし。


 わたしはいそいそと浴室へ。


「あああ幸せ」


 適温のお湯に体を浸したわたしはどこかの親父のように「いい湯だのぉ」とご機嫌に鼻歌を歌いだす。


 前世が日本人なわたしはもちろんお風呂は大好きなわけで。乙女ゲームな世界ということもあってこの世界は美容関連のグッツとかも充実している。足を思い切り伸ばせる大きな浴槽にはアロマオイルが垂らされていて。一日の中で一番の癒しの時間。


 と思っていたのに。

 なにやらどたばたと足音が。


「リジー! お風呂って何するところ~?」

「僕も水遊びする~」

 ばんっと扉を勢いよく開けて人間の姿になったファーナとフェイルが飛び込んできて。


「きゃぁぁっ! 乙女の至福の時間をなんだと思っているのよぉぉぉ! 出て行きなさぁぁぁいっ!」


 わたしは乙女の嗜みとして胸元を隠しつつ大声を出す。

 もちろんそれでひるむ二人ではない。


「僕も水浴び~」

「わたしも~」


「わぁぁぁっ! お二方、人間の女性のお風呂を覗いては駄目ですよぉぉ」


「こぉら! ドルムントぉ~。あんたどさくさに紛れて何入ってきてんの! 出ていけぇぇぇ」


 ティティがドルムントに向かって炎を放つわ、双子たちが嬉しそうに浴槽に服を着たままダイブするは、優雅なバスタイムが一瞬にして騒がしくなった。

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