リーゼロッテのよい子のためのお菓子作り教室2
黄金竜とはいえ、子供なんだから子供といえばお菓子で手懐けるに限るでしょう作戦は思い切り上手くいった。いきすぎて怖いくらい。
「では、今日は森で野イチゴ狩りです」
わたしの言葉にフェイルとファーナが「はぁい」と返事をした。
パンケーキを作ってから三日後のこと。
わたしたちはミゼルたちの住まいから少し離れた森の中にいた。ちびっこ竜のお世話役に収まったわたしは、森の中を歩いても延々とぐるぐる同じ場所を歩き回る……という嫌がらせには遭っていない。
わたしたちは、森の精霊から教えてもらった野イチゴが自生している場所へとやってきた。目的はもちろん野イチゴ狩り。なにしろ季節は春真っ盛り。ベリー類の美味しい季節ということで、双子たちの遊びと実利を兼ねて森の恵みを収穫することにした。
「人の子よ、わかっておろうな。取りすぎたら駄目ぞ」
目の前にはたわわに生る真っ赤な野イチゴ。年甲斐もなく目をキラキラさせているところに、薄緑色の肌をした、妙齢の女性がぬるりと地面から現れた。
言わずと知れた森に住まう精霊だ。
「わかっているわ。取りすぎないように気を付ける」
わたしは神妙に頷いた。
「それとな。くれぐれも竜の子供たちのことをよく見張っておくのだぞ」
「それもわかってます」
あー、どっちかというとそっちの心配のが本命か。口調が若干強くなったし。
フェイルとファーナは今日も人間に変身をしている。
二人は最近ずっと人の姿に化けていることが多い。わたしと一緒に遊ぶにはそっちのほうが都合がいいしね。とはいえずっとは化けていられないのでお昼寝するときとか、日中適度に竜の姿にも戻っているけれど。
「ねー、リジー早く早く」
フェイルが待ちきれなさそうにわたしの服の裾をつんつんと引っ張る。
「はいはい」
まあ待ちきれないのはわたしも一緒か。果物狩りってなんでこうもテンションが上がるんだろう。しかも真っ赤に熟れた野イチゴは宝石みたいにキラキラしているし。
「このちっちゃいのを人間は食べるの?」
ファーナが不思議そうに聞いてくる。
「そうね。人間だけじゃなくて鳥とかも野イチゴを食べるわよ。だからわたしたちが全部採ったらダメなの。じゃないと鳥さんがお腹空かせちゃうでしょう」
わたしは二人に視線を合わせて説明をする。
「鳥さんて、あの小さい子?」
フェイルが指さした先には小鳥の姿があった。
わたしは頷いた。
「わたしたちよりとってもちっさいね」
「僕たちも今は人間に変身しているから普段よりも小さいよ」
「それよりも小さいよ」
二人は小さい小さいと繰り返す。
「はいはい。各自で持っているこの籠が一杯になったら今日のいちご狩りは終了ね」
わたしの言葉に二人は「はあい」と声をそろえた。
赤く熟れた実だけを取るのよ、と教えたあとは銘々野イチゴを摘んでいく。わたしは一粒口の中に放り込む。うん、甘酸っぱくて美味しい。いいなあ。楽しいなあ。なんか、田舎暮らしをしているみたい。そういえばわたし、物心ついたときから勉強ばかりだったし、記憶が戻った後も一応は貴族の令嬢として恥ずかしくないように勉強だけは手を抜かないようにしていたから(この世界で生きていくんだから知識は大切だよね)、こういうのんびりした生活ってリーゼロッテとして生きてきた中では初めてかも。
「リジーの真似ー」
ファーナのそんな言葉に釣られてわたしがそちらのほうを見ると、ファーナも摘んだ野イチゴを口の中に放り込んだ。
もぐもぐ口を動かして、首を横に倒した。
「んー。あんまり甘くないよぉ」
ってちょっとだけ口をとがらせる。まあ森の中に自然に生えている野イチゴだから子供受けする甘さってわけではないけれど。
わたしは苦笑して、「帰ったらこれでジャムを作ろうと思って」と説明をした。
「ジャム? なあに、それ」
「果物と砂糖を煮て作るの」
「それって甘い?」
わたしの説明にフェイルが重ねて質問をしてきた。
「そうねえ。甘いわね」
「じゃあジャム作るー」
「ファーナも!」
やっぱり子供は甘い方がお好きってことかな。
「じゃあ張り切って野イチゴを摘んでいくわよ」
わたしの高らかな宣言と共にフェイルとファーナが歓声を上げた。
◇◆◇
摘んできた野イチゴを軽く水洗い。沢の水は冷たくて双子たちは竜の姿に戻って、水遊びを始めるものだからわたしは摘んできたばかりの野イチゴが犠牲にならないよう必死に庇った。
まったく、隙あらば暴れるんだから。
「こおら。あんまりおいたがすぎるとジャムつくらないわよ!」
わたしが怖い声を出すと、二人はぴたりと動きを止めた。
ふっ。ちょろい。
水洗いをした野イチゴはドルムントが風を使って乾かしてくれた。風の精霊さん素晴らしか。
お菓子作りをするにあたってティティが食材を色々と仕入れてきてくれていて、わたしはその中からレモンを探し出す。
砂糖の分量を量って、野イチゴと砂糖を鍋に入れて火にかける。
「ジャームジャムジャム」
鍋の中を覗き込みながら独特のテンポでジャムと連呼するのはファーナだ。
「あんまり近寄ると熱いわよ」
わたしは一応注意をする。
「んー。平気だもん」
ファーナは目をきらきらさせて鍋の中をじっと見つめる。
「もうできた?」
待ちきれないのかフェイルが尋ねてくる。
「さすがにまだね」
わたしは苦笑する。
焦がさないように根気よくかき混ぜていると野イチゴがしだいに崩れてきて赤い煮汁が鍋の中に広がっていく。
そうすると、ふわりと甘い香りがただよってくる。
「ふわぁぁ~。あまぁい匂いがする」
ファーナが蕩ける声を出しつつ鼻をすんすんさせる。
「ねぇねぇ、まだ?」
「フェイルは食いしん坊さんね」
わたしのスカートをつんつんと引っ張るフェイルのじっとこちらを見つめるまなざしが可愛いすぎる。ほんとう、いたずらをしていないときの二人ってばマジに天使以上に可愛い。
「わたしもかき混ぜたいな」
「いいわよ。ゆっくりね」
「あ。僕も!」
何事も二人一緒が基本なのか、どちらかがやりたがると片方もやると言い出す。
「はいはい。順番ね」
「はあい」
まずはファーナと交代して、最初は一緒に木べらを持ってこういう塩梅でやるんだよ、と軽く指導。そのあとは彼女一人でゆっくりジャムづくり。
「わたし上手くできてる?」
「上手、上手」
褒められたファーナが「えへへ」と照れ笑い。
ああもう、可愛いなあ。
ファーナとフェイルがかわりばんこにジャムを作っていると、後ろから「あ、厨房が爆誕してる」という声が聞こえた。
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