天然ジェットコースターとか、いやマジに怖すぎだからっ!

「けっきょくわたしってシュタインハルツではどういう扱いになっているのかしら」

「ああ、それでしたら……」


 わたしがぽつりと漏らした言葉に反応をしたのはドルムントだ。


「毒で亡くなって埋葬途中に、謎の炎に襲われて行方知れずに。目撃者の証言では突然黒い飛行体が襲ってきたとか、なんとか。おそらくは竜ではないかと、警戒態勢がとられたようです」

「あー……」


 うん、そうなるよね。あ、でもある意味それでいいのか。死亡したと見せかけて国外逃亡、幽閉エンド回避をもくろんだ身としては。


 朝食を食べたわたしは洞窟の外へとやってきた。外はいい天気で、そういえば春だったっけとしみじみと感じた。わたしが動けば好奇心旺盛な双子ももれなく付いてくる。

 今日は二人(やっぱり単位は竜のほうがいいのかな?)とも竜の姿のまま。


「他の国に行くとしても、新しい名前とか必要ですよね」

「そうねえ……」


 名前はもうリジー・なんちゃらでいいんじゃない?

 苗字はどうしようか。今度適当につくるか。


「にしても詳しく現状を教えてくれてありがとう」

「いえ、そんな。私も風の精霊ですから、同胞が教えてくれるんです」


「むう。まぁたドルムントばかりとおしゃべりしているぅぅ」

 と、大人たちの会話に割って入ったのはファーナ。


「今日はリジーにこの山を案内してあげる!」

 ご機嫌な声で宣言したのはフェイル。


 って、嫌な予感しかしないのはわたしだけ? わたしがちらりと横目でドルムントの方を確認すると、彼は実態を伴った顔に、つーっと汗を一筋流している。

 あ、わたしだけじゃなかった。よかった。ってよくない!


「ちょ、ちょっと。そういうのは心意気だけもらっておくから」

「まあまあ。遠慮しないって」

「ねー」


 いや、遠慮するし。


「って、ちょっと何勝手に人を背中に乗せているのよ!」


 わたしはふわりと彼らの魔法によって竜のごつごつとした背中に乗せられる。


「僕たち、ちゃんと飛べるよ?」

「わたしも飛ぶの得意よ」

 二人とも我先にとしゃべるから騒がしい。


「お二人とも、リジー様はか弱い人間なのですから、優しく。優しく接しましょう」

「ちょっと、そのペットは大切にっていう大人の説明いますぐやめて!」


 と、喚いているとわたしを乗せたフェイルがふわりと空へと飛び立つ。


「あらぁ、お出かけですかぁ~。明るいうちに帰ってきてくださいねぇ~」


 ぽんっと突然目の前にティティが現れた。


 炎の精霊であるティティは、ドルムントと違って女性めいた容姿をしている。くりっとした瞳はやや釣り目で肌の色は濃い。赤い髪は頭のてっぺんで一つにまとめている。


 お母さんみたいな台詞を言ったティティに双子がそろって「はぁぁい」と返事をした。

 ついでにそれが合図とばかりにフェイルは高度を一気に上昇。


「ひゃぁぁぁぁ!」


 わたしはおもわず叫んだ。

 急上昇するなら最初に言って!

 みるみるうちに森が遠くなるって血の気が引いてきた。


「ほらほら。見てぇ! もう地上があんなにも遠いよ」


 嬉々としたフェイルの声がどこか遠くに感じる。

 わたしは思い切り彼の背中にしがみつく。うっかり落ちたら確実に即死案件だって!


「今日はどこに行く?」

「ちょ、それ、どころじゃないから」


 高所恐怖症ってわけでもないけど、体に吹き付ける風はびゅーびゅーと強いし、安全バーなんて代物、もちろん黄金竜の背中にはついてないし、でわたしは周りを見る余裕もなく必死にしがみつく。


「ひゃぁぁぁぁ落ちるっ! 落ちるからっ!」

「うわっ。フェイル様、駄目ですよぉ。人間のお嬢さんはもっと優しく扱ってください」


 ドルムントの慌てた声が後ろの方から聞こえてきた。

 彼の声がするのと同じくらいから、体に当たる風が弱くなっていくのを感じた。

 さっきまで風圧がすごかったのに、今は地上にいるのと同じくらいのそよ風しか感じていない。わたしは恐る恐る目を開ける。


「一応、私が魔法で援護してますからご安心を」

 風の精霊ドルムントが魔法を使ってくれたらしい。


「あ、ありがとう……」

「いえ。その、すみません。フェイル様たちをしっかりお止め出来なくて」


 ドルムントの声がひゅんと沈んだ。

 あーうん。それは早く何とかしてほしい。というか地上に返して。


「フェイルばかりずるいわ。わたしもリジーを乗せてお空の散歩したいのにっ!」

 と、フェイルの隣を飛んでいるファーナが不機嫌な声を出す。

「まだ僕が一緒に飛ぶのー」

「順番~」


「もうちょっと僕の番なの」

「わたしもリジーと遊びたい」


「ちょっと、人を取り合って喧嘩しないで! つーかわたしはどっちの背中も嫌だって!」


「なんで?」

「なんでぇ?」

 こういうときだけ息をそろえるな。


「普通に嫌でしょ!」


 空の上で三人が喚き始める。

 ああなんてしょうもない光景。


「空を飛ぶの楽しいのに!」

 フェイルは突然にくるくると大きな円を書くように飛びはじめる。


「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ちょ、や……マジにやめてぇぇぇぇぇ!」


 ジェットコースター的動きにわたしは思い切り悲鳴を上げた。

 それはもう思い切り。


「こんなこともできるよぉ」


 今度は直角にぐぅぅんっと上に飛んだかと思ったら急に落下。ようするに猛スピードで下へと向かい始める。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


「フェイル様ぁ。おやめくださいぃぃぃぃぃ!」

 ドルムントの悲痛な叫びが遠くの方で聞こえたがわたしはそれどころじゃない。


「あ。ずるーいっ。わたしもこのくらい飛べるもん! フェイル、交代」

「まだだめぇぇ。リジーも僕の方がいいよね?」


「いますぐ降ろしてぇぇぇぇぇ」


 空と森との位置が逆転。つーか、無理。もう無理。いますぐおうちに帰りたいっ。

 わたしは悲鳴を上げ続ける。


 フェイルがどう動いているのかもわからない。目をつむって、ぎゅっとチビ竜にしがみついて、わたしはひたすらに耐えた。お世話係ってなにそれ、こんなにも命がけなの? ありえないっ!


 短い時間が永遠にも感じられて、わたしはひたすらに天然ジェットコースター的運転に耐えた。

 目をつむっていたからよくわからないけれど、ふわりと体が動いたのを感じた。


「リジー! 今度はわたしと一緒だよ」


 近くでファーナの声が聞こえた。

 おそらく彼女が強引に魔法か何かでわたしの体を引き寄せようとしたのだろう。


「ファーナ様、駄目です。リジー様には魔法をかけていますのでそんな強引に引き寄せては」というドルムントの声が聞こえて、一拍後。


 わたしの体は宙へ投げ出されて。

 重力の法則に従って落下を始めた。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 落ちる。

 落ちるから。


 遠くの方でいろんな人の声が聞こえたような、気がして。たぶんドルムントとかフェイルとかファーナとか。しかし、それどころじゃないわたしはただ悲鳴を上げることしかできなくて。つーか、これってスカイダイビングじゃないからパラシュート開かないんだっけ、とかしょうもないことが脳裏によぎった。前世の記憶ばかりが鮮明によみがえるな、とか思っていたらわたしの落下速度が急激に緩やかになる。


 風がわたしの体の周りを囲い、下からふわりと押しあがるような感覚を感じる。

 やわらかな風がわたしの体を優しく撫でる。わたしは恐る恐る瞳を開いた。


 たぶん、ドルムントが助けてくれたんだと思う。上の方で「リジー様ぁぁ」という彼の声が聞こえた。


 わたしはほぅっと息を吐いた。

 風はゆっくりとわたしを地上へと運んでくれた。


 これでようやく一安心、と思ったら、誰かに体を支えられて、とんっと足から地面に到着。

 わたしはようやく自分の日本の足で地面に着地。

 ああ地に足の着くことがこんなにも素晴らしいなんて。

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