新しい住まいが豪華すぎる件
翌日。
わたしは朝日を浴びてうーんっと伸びをした。
ベッドはキングサイズくらいはありそうな天蓋付きのお姫様仕様で、床には幾何学模様の絨毯が敷き詰められている。
寝室と居間と客間がセットになった人間用の居住スペースがどうして黄金竜の棲み処の洞窟内にあるんだろう。しかも、浴室までちゃんとついている。足つきの豪華な浴槽に魔法仕掛けのシャワーまであるんだから至れり尽くせりだ。
実家の公爵家にも負けないくらいの立派な調度品と部屋の広さに、本当にここは森の奥深くかな、と疑いそうになる。
しかし、と。わたしは目を半眼にする。
「おはようございまぁぁす」
わたしの後ろから高い声が聞こえる。
人の気配など一切ないのに、わたしのうしろにはいつの間にか人が浮いていた。
いや、人ではない。昨日紹介された精霊。
「おはよう。ティティ」
わたしはくるりと振り返り挨拶をする。
「おはようございまぁす。よく寝れましたぁ?」
ルビーのような光り輝く赤い髪に同じく赤い瞳を持つ、見た目年齢二十ほどの女性のような細い線をした精霊ティティ・メーン。彼女(精霊に性別は無いけれど、見た目が女性っぽいから彼女って呼ぶことにする)はにっこりと笑ったまま宙をふよふよと浮いている。
「ええ、まあ」
わたしはやけくそ気味に答えた。
「よかったですぅ。今日もいいお天気ですねぇ」
ティティはそう言って窓に視線を移したので、わたしもつられて窓の方へ目を向ける。窓と言っても、洞窟の奥の方に作られたわたしの部屋。本当の窓ではない。
これから長逗留するのだからお部屋には窓が無いとねと、黄金竜の奥方、レィファルメアが魔法でちゃちゃっと用意をした魔法の窓だ。作り方は簡単。正方形のガラスを用意して、そこに魔法で外の映像を映すだけ。あら、お手軽。って、これ書くと簡単だけど、かなり高度な魔法だからね。わたしには扱えません。さらさらと魔法を使うレィファルメアにわたしは息を呑んだもん。
「そうね」
「うふふ。人間のお嬢さんのお世話って初めてなので、ティティ張り切っちゃいますよぉ。とりあえず朝食の準備ができていますからぁ」
そう、ここは黄金竜の夫妻の住まいの一角なのだ。
なにしろこのあたりの森に住まう精霊たちがわたしをちびっ子双子竜のお守りにぴったりだと見込んだせいで、わたしは結局森から出ることができなかった。
おかげでドルムント達と洞窟に帰ったわたしは竜の夫妻から正式に双子竜の世話役を申し付かる羽目になってしまった。乙女ゲームの悪役令嬢に転生して、バッドエンドを回避できたと思ったらどうしてこうなったかな。誰か説明してくれないかな。
「あーうん。そうだね。……お腹空いたね」
わたしは乾いた声を出す。現状朝で、寝て起きたらお腹は空くのだ。わたしはティティに手伝ってもらって朝の支度を整え、食堂へと向かった。
ティティ・メーンは、その赤い髪の毛からも分かるように炎の精霊で、レィファルメアと旧知の仲らしい。
魔法の明かりの灯った廊下は周囲をしっかりと照らしてくれている。わたしは乙女ゲーム『魔法学園シュリーゼムへようこそ』の世界観を思い出す。
この世界に精霊やら竜が存在するのは知っている。ヒロイン、フローレンスは学園生活を送る中で、さまざまなイベントやらハプニングを通して精霊と守護契約を結んだり、お忍びで人間の街を訪れていた黄金竜の貴公子から加護を貰ったりするからだ。これはオプションというか裏設定で、必ずできるというものではない。かくいうわたしも前世でゲームをプレイしていた時、全コンプリート出来た試しはなかった。
魔法世界を押し出したゲームの世界に転生をしたのだから、いまわたしがこの世界にいくつかいる竜の種族の一つ、黄金竜と出会ったのも別に不思議なことではないんだけれど。
「おや、昨日はよく眠れたかい?」
食堂には竜の夫妻の姿。
「おはようございます。ミゼルカイデンさん、レィファルメアさん」
「私たちのことはミゼルとレイアと呼んでくれて構わないよ。いちいち長ったらしいだろう? 私たちの名前」
「……じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて」
確かにやたらと舌を噛みそうなレィファルメアと呼ぶのは舌を噛みそうだなとは思っていたわたしは素直に従うことにした。
わたしはティティに薦められるまま、夫妻の正面の席に腰を落とした。
ティティはふよふよと浮いたまま腕をかざして円を描くように動かす。すると、ふわりと目の前に人間用の食べ物が現れた。
召喚魔法の一種だろうか。目の前には焼きたてのパンと目玉焼きにベーコン、それから葉野菜のサラダにスープ。
「うわ。豪華」
「グレゴルン著 人間の生活・貴族編を参照しまして用意してみました、朝食ですぅ。たーんと召し上がれ」
ティティが嬉々とした声を出す。
ん? なにそのタイトル。口調からして本かな。貴族編ってことは他のバージョンもあるんですか。つうかグレゴルンって誰ですか。
ティティはわたしのすぐ傍らまで近づいてきていそいそと給仕を始めた。もちろん浮いているし、長い髪の毛が皿に触れないよう、彼女の髪の毛は重力に逆らって上の方へ浮いている。宇宙船の無重力空間に彼女だけいる感じ。
まさかリアル精霊とお知り合いになって給仕を受けるとは。人生何があるかわからない。
「あ。おいしい」
パンはふわっふわで、上質なバターを使っているのが分かるくらいに美味しい。
「よかったですぅ」
ティティは上機嫌にあれやこれや勧め始める。わたしはそれらを順番に攻略していく。カリカリに焼いたベーコンにとろっとろの半熟加減の目玉焼き。これをパンにつけて食べるのもおいしいんだよね。はぁぁぁ、幸せ。美味しいって幸せ。チーズの味も濃いし、野菜のスープは優しい味で口の中でほろっととろけるほどに蕪が柔らかい。
わたしがあらかた朝食を片付けたところでレイアが話しかけてきた。
「何か足りないものがあったら遠慮なく言ってちょうだいね。わたくしたち、あなたがここに住むことにしてくれて嬉しいの」
「いえ。お気遣いなく。ほとぼりが冷めたら出て行きますから」
わたしは間髪入れずに釘をさす。このまま竜のお世話役にされたのでは身が持たない。
「ええええ~。そんな釣れないことを言わないで。ほんのに二、三十年くらい住んでくれていいのよ」
「いえいえ。さすがにそれは長すぎですから。もっと早くに自立します」
「リーゼ、せっかく新しい住まいに越してきたのだから、もっと森での生活を楽しんでほしいわ。自立も大事だけれど、人生臨機応変に対応していくことも大切よ」
「臨機応変って……。かなりの不可抗力でここに住むことになりましたよね?」
「うふふ」
あ、笑ってごまかした。
「普通竜に気に入られたら喜ぶんじゃないのかな」
ミゼルが会話に加わってきた。
「それは、人にもよるんじゃないですか。わたしはこれからは魔法とは無縁に暮らしていく予定だし」
大体の国でも魔法使いはそれなりの家柄に属している。魔法を使う職業についちゃうと、たとえシュタインハルツではない国だとしてもどこで身元がバレるかわかったものではない。
新しい人生を始めるうえで、わたしは魔法を使わないことを決めていた。
「あら、竜の子守なんてしたくてできるものでもないし、竜と交流を持ちたくなって持てない人間はたくさんいるのよ」
「それはそうでしょうけど」
特に、竜の加護を受けたい人とかね。
「人生回り道も必要だと思わないかい?」
にこにこしながらそんなこと言うの止めてもらえないかな。
この夫婦、当分わたしを手放す気は無いなとわたしは内心盛大にため息を吐いた。
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