森の中で騎士(っぽい人)に出会いました
「大丈夫か?」
「え、だだだ誰? あなた」
わたしの着地を手助けしてくれたのは茶金髪に青灰色の瞳を持った、わたしよりいくらか年上なだけの青年。
わたしはまじまじと青年を見つめた。
森を歩くにしては、ずいぶんと立派な身なりだ。騎士装束だが、あたりに馬はいない。一応体験はしているものの、体の線は騎士にしては細い方。どちらかというと王宮の近衛騎士をしていると言われたほうがしっくりきそうな雰囲気をしている。
にしても、どうして人間が竜の領域の中に。ていうか、ここってすでに人間の国だったりする? 彼はシュタインハルツの人間なのかな。
「その言葉はそっくりきみにお返ししたいけど。空から悲鳴やらが聞こえてきたら魔法の気配がして、女の子がゆっくり降りてきたから」
「あー……あはは」
まさか黄金竜の子供たちのおもちゃになっていましたとは思うまい。
どこまで正直に言えばいいのかな。目の前の人が誰かもわからないのに。
二人はしばし黙り込む。
「あああああリジー様!」
わたしが次何を話そうか迷っているところに血相を変えたドルムントが降下してきた。
「大丈夫でしたか? お怪我はしていませんか? ほんっとうに申し訳ございません。私が付いていながら」
泣きそうな声でわたしの体のあちこちを見分し始めるドルムント。
「たぶん大丈夫な、はず……? どこもけがはしていないよ。……超怖かったけど」
けがはしていないが恐怖体験はした。落下経験なんて一度で十分だ。
「この人が、ちょっと手助けしてくれたの」
わたしの声にドルムントが顔を上げる。
青年の方を見て、それから「あなたはレイル殿」と口にした。
「知り合い?」
わたしはドルムントに尋ねた。
「なんだ。ドルムントの知り合いか。突然女性の声が空から降ってきたから驚いた。ルーベルトと一緒に魔法を使おうと思ったけど、風がたくさん彼女の方へ集まっていくのを感じたから魔法は使わずに見守ってた。着地が心配だったから最後に少し手を貸したけど」
あら、もう一人誰かいるらしい。わたしはあたりを見渡すが、ルーベルトらしき人物は見当たらない。
「彼なら、もう行ってしまったよ。いや、行ったというか少し離れた場所で待機しているんだ」
わたしが顔をきょろきょろさせるものだから、レイルと呼ばれた彼がそう説明をした。
「ドルムントの知り合い?」
わたしはドルムントに尋ねることにした。竜に仕える精霊と顔見知りって、目の前のレイルってどういう人なのだろう。
「リジー、無事ー?」
「ごめんねーリジー。落としちゃってぇ」
空から高い声が響く。フェイルとファーナだ。竜の姿のままこちらにむかって急転直下。
って、そのまま突進して来たら危ないでしょう!
同じことを思ったのかレイルがわたしの肩を抱いてその場から移動する。
間一髪セーフ。直後、わたしたちがいた場所埃が舞い、チビ黄金竜が突撃をした。
「あいたたた」
着地に失敗をしたらしいフェイルの声が響く。
「もう、フェイルったらいっつもそうなんだから。だからリジーだってわたしが乗せるって言ったのに」
ぷくりと頬を膨らませているのは着地と同時に人間の姿に変身をしたファーナだ。
なんだろう。その絵面はものすごく可愛らしいのに、内容がものすごく有難迷惑。
「僕だってうまく飛べるもん」
「わたしのほうが上手いもん」
双子竜はその場で兄妹げんかをはじめる。そういえばこの子たち、どっちがお兄さんとかお姉さんとかあるのかな。
「二人とも、喧嘩は止めてください」
おろおろと止めにはいるドルムントの声も悲しいかな二人には聞こえない。
「大体フェイルはいっつも強引なのー」
「ファーナだって僕のいうことちっとも聞いてくれないだろう」
「わたしのが先に卵割ったもん!」
「ちがうよ。僕のが最初だよ!」
「空飛べるようになったのはわたしのが先だもん」
「口から炎吐けるようになったのは僕のが先だった」
フェイルも人の姿になって、まだ言い合いを続けている。
わたしははぁぁぁ、とため息。まったくもう。
わたしは息を大きく吸い込んだ。
「こぉら。二人とも! まずはわたしへの謝罪はないわけ?」
ぴたりと口論が止んだ。
二人はそろりとわたしの顔を見上げる。
「空からの探検は楽しかった?」
最初に口を開いのはフェイル。
「んなわけ無いでしょう! おかげさまでものすごく怖かったわよ!」
「そんな」
わたしの剣幕にフェイルがおののく。眉尻を下げるくらいなら最初っから嫌がることを無理強いするなっての。
「いいこと。さっきのあれはね、一緒に遊ぶとか探検とかじゃなくて単にあなたたちがわたしで遊びたかっただけ。わたしはちっとも楽しくなかったわ。あげくに、どっちがわたしを背中に乗せるかで喧嘩とか。わたしの意見は聞かないの?」
「えっと。リジーはファーナの方がよかったってこと?」
「どっちもごめんよ!」
フェイルの言葉にわたしは叫んだ。
「そうですよ、お二人とも少しはリジー様をいたわってください。人は竜のお二方よりもずっとか弱いのですよ。私たち精霊よりももっとずっとか弱いのです」
「ドルムントが魔法を使ってくれなかったらもっと早くにわたし振り落とされていたんだからね! そうしたら落ちて死んじゃうんだからっ!」
てっきり楽しんでくれたはず、と信じ切っていた二人はわたしの剣幕に肩を落とし始める。
「わたしはとっても怖かったわ。あなたたちは楽しかったかもしれないけれどね。背中に誰かを乗せて飛ぶっていうのはね、その人の命を預かっているってことなのよ。この意味、わかっているの?」
「で、でも……落ちても魔法で」
フェイルが小さな声で反論する。
「ドルムントがいたからなんとかなったんでしょう」
「そうですよ。お二人ともびっくりして魔法どころじゃなかったでしょう」
「とにかく、面白半分でああいう危険な遊びにわたしを、いえ他の人を安易に巻き込んでは駄目」
わたしは二人の目を見て怖い顔をつくる。ここでしっかりと言い聞かせておかないと。
「リジー……怖かった?」
「当たり前でしょう」
ファーナの問いにわたしは即答する。
二人はその場で下を向く。
「……ごめんなさい」
「……なさい」
しばらくして二人は小さな声でわたしに謝った。
「ちゃんとごめんなさいできる子は、わたし好きよ」
わたしは二人をきゅっと抱きしめた。
もうしないでね、という念を思い切り込めながら。
「ちびっこ竜たちのいたずらだったのか。このお嬢さんが空から落ちてきたのは」
今まで傍観していたレイルが口を挟んだ。
わたしは彼の方に顔を向けた。
「知り合いなの?」
単純な疑問でわたしは彼に尋ねた。
そういえば黄金竜が人間に変身するところを見ても彼は驚かなかった。
「ああまあな」
レイルは鷹揚に頷いた。
「あ、レイルだ」
「ほんとうだ。久しぶりだね」
双子竜はぱっと瞳を輝かせてレイルに抱き着いた。
ちょっとしょんぼりしたと思っていたら立ち直りが早すぎる。
わたしは頬を引きつらせた。
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