第17話 行き詰まり

 もう少しで、天下統一に到着する。

 それにしても、何度見ても農民しかいない同盟に天下統一と言うHNは不似合いだ。

 まあ、他の鯖では活躍している垢なのかもしれないし、一概には言えないことは分かっているが。


 拠点が出来るまで、あと数分。

 天下統一の領地をまくったら、そこからは一気にたぬ吉本拠の隣接を狙うつもりだ。

 旨く隣接まで到着出来る可能性は、三分の一くらいか。

 遠征が終わってから数日経ってしまったので、きっと、たぬ無双も黒幕である可能性の高いどっキングも警戒の色を深めているはずだから。


 俺は、一昨日からふわふわの言っていたAプランをそのままやっている。

 ただ、時期が遅れたので効果は半減以下だろうが。

 しかし、皇軍には他に局面を打開する方法もなく、しかもそれに気が付いているのが俺だけと言う状態では、効果が著しくなくなってもやるしかないのだ。





 ふわふわの離脱は、皇軍内に大きな動揺をもたらした。

 20か所以上のNPC砦攻略が一瞬にしてフイになってしまったのだから、当然のことであろう。


 ロックはヒステリックにチャットルームでわめきたて、茉莉はただおろおろとそれをなだめていた。

 だが覆水盆に返らずの例え通り、誰が何を言ってもどうにもしようがなかったが……。


 ただ、俺は意外と冷めた目でこの事態を見ていた。

 そもそも、ふわふわの存在は鯖開幕当初に予定されていた戦力ではなく、イレギュラーで起きた単なるラッキーな存在であることを認識していたからだ。

 つまり、ふわふわがいない状態が本来の皇軍の力で、それ以上でもそれ以下でもないことが分かっていたから。

 それを、いなくなってからどうこう言う身勝手なロックの言い分には、心中で苦笑するしかなかったのだ。


 もし、そんなにNPC砦攻略が大事なら、もっとやり方があっただろうし、ふわふわへの接し方だって考えれば良かっただろう。

 茉莉も、本当にロックのことを考えるのなら、ただ唯々諾々とわがままを聞くのが良いことでないことに気が付くべきだ。


 まあ、それもこれも終ったことだ。

 だったら前を向いてやることをやるしかない。

 俺もだし、皇軍の連中はまだ、ふわふわのように17鯖を諦めた訳ではないのだろうから。





 拠点が建った。

 速度武将をデッキにセットし、しばしマップに見入る。


 天下統一の領地まではあと3マス。

 そして、まくらなくてはならない天下統一の領地は2マス。

 その向こうには誰の領地にもなっていないマスが直線で5マスほどあり、そこにたぬ吉の本拠が鎮座している。


 たぬ吉は気が付いていないのか、隣接はおろか一つも領地を置いてはいない。

 本拠だけがむき出しでぽつんと存在している。


 んっ?

 俺は異変に気が付いた。


 たぬ吉の領地が無いのも、天下統一の領地の並びも昨日までとは変わらない。

 しかし、昨日まではあったのに、今日は無いものが一つだけあることに気が付いたのだ。


 それは、ココの領地だ。

 たしかに昨日まであった一マスが消えている。

 何もなかったのかのように更地に戻っているのだ。


 気付かれたな……。

 俺がたぬ吉の本拠を目指しているのを、たぬ無双側は見ていたのだろう。

 俺がAプランを実行していることを、皇軍の誰にも言っていないのだから、そうとしか考えられない。


 ……と言うことは、苦戦確定。

 天下統一の領地をまくった時点で、あっと言う間にたぬ吉の周辺は領地で埋まるに違いない。

 そして、その埋まった領地は保護期間に入り、3時間は攻めることが出来ない。





 まあ、それでも攻めるしかないか。

 ココの領地が消えたからには、ここしか道がないのだから。


 俺は目的の領地に向かって次々に速度武将を繰り出していく。

 デッキには9枚の速度武将がいて、9枚目が到達すれば自然と天下統一の領地を2マス分まくれるようにセットしてある。


 速度武将を繰り出した後には、すかさず天下統一に書簡を出す。

 これは予めテンプレにしてあった文章を貼り付けただけだが、領地をまくる礼儀として欠かせない作業だ。

 天下統一が何者かは分からないが、誰に対しても礼儀を尽くすのが俺の基本的なスタンスなのだ。


 ほどなく、空白のマスは三つ目まで順調に領地化出来た。

 いよいよこれからが本番。

 天下統一の領地をまくった後、どれだけたぬ吉の本拠に迫れるかが焦点だ。


 天下統一の領地に着弾……。

 忠誠は35削れた。

 きっと領地の忠誠は100だっただろうから、あと二回攻撃すれば一マス目はまくれる。


 ……と、思った瞬間、たぬ吉の本拠隣接に異変が起きた。

 空白だったマスが次々に赤い領地に変わっていく。


 は、速いっ!

 僅か数秒の間に、あっと言う間にたぬ吉本拠の隣接が埋まった。

 そして、間を置かず、真っすぐに俺が狙っている天下統一のマスに向かってくる。


 天下統一の領地に二回目の着弾。

 こちらもすかさず三回目の着弾をし、予定通り、一マス目をまくった。


 しかし、それまでであった。

 もう一つ天下統一の領地をまくっても、その向こうの空白地は全てたぬ吉に抑えられてしまったから……。


 これであと3時間はどうにもならない。

 領地の保護期間が過ぎるのを待つしかないのだ。





「ロックさんいますか?」

「んっ? 何だ、佐助さんか」

「たぬ吉の本拠側まで行ったのですが、ブロックされました。すいません」

「ああ、ロックさんが行ってくれていたのか。だが、じきにココも落ちる。気にすることは無い」

「いえ……。もうココを落としても無意味です。たぬ吉本拠の側にあった領地は破棄されましたから」

「は、破棄だとっ⁈ つまり、佐助さんの動きが察知されたからか?」

「まあ、遠征が終わって俺が戦争で動くことは目に見えてましたから。察知されたのは仕方がないでしょう。それに、そもそもあの領地は罠ですよ。ココを攻めさせるためのね」

「そう言えば、佐助さんは以前にも同じことを言っていたな。それで、これからどうしたら良い?」

んっ?

 何か、ロックがいつもの調子じゃないな。


 いつもなら何か旨くいかないことがあれば、誰彼構わず怒鳴りつけるのに。

 少なくとも、殊勝に、どうしたら良い……、とは言わない奴だ。


『ロックさん、何かありましたか?』

『いや、何もない……。ただ、ちょっと疲れたんだよ』

『疲れた?』

『ああ……、戦争にな。いや、総大将でいることに疲れたと言っても良いかもしれない』

『……、……』

『俺はてっきりふわふわがスパイだと思っていたんだ。だが、ふわふわが皇軍を辞めても、一向にココは落ちなかった』

『そうですか。ロックさんはやはりふわふわさんを疑っていたのですか』

『んっ? 佐助さんは気が付いていたのか?』

『いえ……。ただ、ふわふわさん本人は気が付いていたようです。だから辞めるようなことを言っていました』

『そうか、あいつには分かっていたのか。だったら悪かったな、あらぬ疑いをかけて……』

『……、……』

『それで思ったんだよ、俺は。情報が洩れているのなら、これは幹部からではないかとな』

『それもふわふわさんが指摘していましたよ。しかも、彼女はしっかり特定もしていました』

『特定? 誰だと言うんだよ? 俺でもそこまでは分からなかったのに』

『細かい理由は省きますが、結論は、ココイチですよ』

『ココイチ? どうしてそう言い切れる』

『ふわふわさんが戦闘報告をメモっていたのは本人が先日も言っていたから御存知でしょう? それを詳細に見ると、サンジさんの攻撃は単独で殲滅と衝車を出していることがあるのに対し、茉莉さんとココイチは常に連携して攻撃していたからです。しかも、サンジさんが1人で攻撃したときだけです、籠城に引っかかってないのは』

『んっ? それだと、茉莉も疑えないか? どうしてココイチだと断定出来る?』

『茉莉さんはまくりを多々しているんです。ココイチはほとんどしていない。手間を掛けずに形だけ戦争に参加していたのが数字に表れていますよ』

『そうか……』

ちっ⁈

 今さら泣き言を言われてもな。

 それならどうして疑いを抱いていることを俺に言わない。

 いくらでも手を打てただろうが……。


『実は……、ココイチに話したんだ』

『何をですか?』

『たぬ吉の本拠が直接狙えることを』

『いつです?』

『佐助さんから提案があってすぐだ。俺にはどうして良いか分からなかったから』

『ですか……』

『ココイチは大反対でな。このままココを攻めれば落とせると主張したんだ』

『ああ、やはり……』

『やはり? それもふわふわが察していたって言うのか?』

『ええ、それどころか、ココイチがココと同垢ではないかと指摘していましたよ』

『ど、同垢だとっ! どういうことだ?』

『複垢を管理する時には、数字を付けて管理することがあるのだそうです。ココイチのイチが、1なのではないかと言うことですね』

『ま、まさかっ?』

『これについては俺も懐疑的です。ですが、ココイチがスパイなことは間違いないと思っています。ココの籠城のタイミングが良すぎます』

『だとすると、佐助さんが勧めた和睦をココイチが反対していたのも、スパイだったからってことか?』

『まあ、そういうことでしょう。そもそも、俺はココイチと接触したことがない。多分、ココイチが俺を避けているのだろうとふわふわさんは言っていました』

『バレるからか?』

『ええ……。それに、議論にでもなって、俺に論破されることを恐れたのでしょう』

ふわふわ……。

 結局、お前の予想が当たっていたな。

 ロックから聞いてみれば、どれもこれも思い当たる節ばかり。

 これじゃあ、同盟の運営が旨く行く訳がない。





『それで、佐助さん……。これからどうしたら良い? 俺はもう分からなくなってしまったんだよ。ハッキリ言えば、総大将を辞めたい』

『だけど、ロックさん以外に総大将はいないですよ。今、防御に特化したスキルの武将カードを揃えているのは、あなたしかいないのだから。それに、援軍も入ってしまっているし』

『では、どうしたら良い? 俺はもう……』

『とりあえず、これだけは約束して下さい。俺を信じて欲しい。この点だけ約束してくれれば、まだ何とかなるかもしれない』

『何とか? そんな策があるのか?』

『旨く行くとは限りませんが、やってみる価値はあります。ですが、そのためにももう少したぬ吉の本拠を攻める必要があります』

『うんっ! それで、どうやってたぬ吉の本拠を攻める?』

『まずは、ココの周りにいるこちらの同盟員を、全部俺がさっき置いた拠点に集めて下さい』

『分かった』

『次に、ココイチには今まで通り接して下さい。ただ、重要なことは分からないか迷ってる風で押し通して、絶対にココイチにバレないようにして下さい』

『うむ』

『それと、これから俺が外交をすることを知っておいて下さい』

『外交? どことするんだ?』

『たぬ無双とです』

『た、たぬ無双とだと? 今さらどんな外交をすると言うんだよ?』

『それは分かりません。ですが、俺はたぬ無双と黒幕の同盟は一枚岩ではないと思っています。ですから、たぬ吉か軍師のオッサン将軍と話せば、何か解決策が見いだせるかもしれないので』

『なるほどな。だから、極力たぬ吉を攻めて、有利な状況で外交決着に持ち込むってことだな?』

『まあ、そういうことですね。ただ、時間があまりないかもしれません。ですので、今晩から動きます』

『任せる。俺はもう皇軍が17鯖で最強ではなくて良い。何とかこの危機を乗り切って、何れ何処かと合流でも出来ればそれで良いよ』

『ですか……。まあ、そうならなくても良いように頑張りますけど、今の時点では何の約束も出来ないです』

戦って勝てればそれが一番良い。

 だけど、いつもそんな状況ばかりではない。


 そういうときは何でもやるしかない。

 このまま手をこまねいていたら、間違いなくどっキングの餌食。

 一か八か、外交に賭けてみるしかない。





『それと、もう一つロックさんにお願いがあります』

『うん、何でもやるぞ』

『茉莉さんには全部話しておいてください』

『話して良いのか?』

『茉莉さんはロックさんの言うことしか聞かないでしょ。どういう縁なのか知りませんが、2人の絆は信用していますよ』

『まあ、絆ってほどでもないが……。茉莉と俺はブラ戦を始めたのが同じ鯖で、入った同盟が一緒だったんだ。それからずっと同じ同盟でやってきた。まあ、大抵は農耕同盟だったがな』

なるほど……。

 そう言うことか。


 どうりでロックも茉莉も知らない訳だよ。

 俺は農耕同盟とはほとんど付き合いがないんだからさ。


 まあ、ロックもそんな状況を変えたくて、17鯖には力を入れていたってことか。

 ったく、最初から素直に話せば良いものを……。

 粋がって大総大将顔しているから、方針を誤るんだよ。


 人間、身の丈に合ったことしか出来ないんだからさ。

 自分がどのくらい何を出来るかを分かっていることが重要なんだよ。

 だから、自分を大きく見せようとしても無駄だよ。

 そもそも、能力のある奴は、黙っていたってその片鱗を見せちまうものなんだからさ。

 あのふわふわのようにな……。

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無課金の修羅 『逆襲の初心者』 てめえ @temee

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