第十三章四節 名前

「おや、リラか」

「シュランメルト。お元気でしたか?」


 ベルリール城に戻ったシュランメルトは、廊下でリラと鉢合わせる。


「ああ、いつも通り元気だ」

「それは良かったです」

「ところで、リラはどうしてベルリール城に?」

「研究の為に、蔵書を借り受けたく」

「なるほど」

「それよりも、時間は空いていますか?」


 藪から棒に、リラが尋ねる。


「ああ。問題無いが、何か用か?」

「少しだけ、お聞きしたい事があるのです。手短に終わらせますので」

「ここで……と言いたいが、立ち話も何だ。おれの為に用意してもらった部屋がある、そこで話そう」

「かしこまりました」


 二人はシュランメルトの私室へと向かう。

 部屋にある椅子に腰掛け、話を始めた。


「シュランメルト。グロスレーベ陛下からお聞きしました。貴方には、本当の名前があったのですね」

「その通りだ。おれには『ゲルハルト・ゴットゼーゲン』という名前と、お前から貰った『シュランメルト・バッハシュタイン』という名前がある」

「ありがとうございます。では、私からも尋ねましょう」


 リラは正面からシュランメルトの目を見て、問うた。


「シュランメルト……いえ、貴方は、どちらの名前を使うのですか?」

「それは決められない。いや、正確には、


 シュランメルトはまたも迷わず、即答した。


「元々のゲルハルトという名前も、確かに大事だ。だが、お前から授かった、『シュランメルト・バッハシュタイン』という名前に、おれは思い入れがある。だから、おれは決めた。『シュランメルト・バッハシュタイン』を普段の名前として、『ゲルハルト・ゴットゼーゲン』は、自身の使命を強く認識したい時に使う」

「私の付けた名前を選んでくれるのですか?」

「ああ。何だかんだ言っても、“シュランメルト”が使い慣れた名前だからな」

「そうですか。ありがとうございます」


 答えを聞いたリラは、満足そうに立ち上がる。


「やはり貴方は、私の自慢の弟子です。こんなにも、心が綺麗なのですから」

「ありがとう」

「お礼を言うのは私です。おかげで、天国の父親にも、嬉しい報告が出来るのですから」


 それを告げて、リラは嬉しそうに「ありがとうございました。それでは」と言い、部屋を後にしたのであった。

 一人残ったシュランメルトは、椅子にもたれかかった。


「ふう……。どうにも、おれはまだ、心が落ち着いていないようだな」

「シュランメルトー!」


 ソプラノの声が響く。


「パトリツィアか。どうした?」

「ねえ、シュランメルト。悼むのは終わった?」

「ううむ…………いや、今日は告別式の一週間後だ。おれの中ではまだ終わっていないが、ひとまず区切りは付いただろうな」

「! なら……」

「お前との約束を叶える時が来たのかもな。パトリツィア」

「やったーーーーー!」


 はしゃぐパトリツィアを見て、シュランメルトは「も自らの使命の一つだな……」と改めて思ったのであった。

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