第十二章二十一節 目覚

「……メルト、シュランメルト!」


 ベルリール城の私室で、パトリツィアがシュランメルトを揺り起こしていた。


「っ、ここは……! あぁ、パトリツィア、か……良かった」

「どーしたの? いつの間にか姿を消してたけど?」

「“天界”に案内された。おれの母さんにな」

「そっか、シュランメルトはまだ行ってなかったもんね」

「それについては知っているのだな」

「うん。キミのお母さんもボクと同じ、“変わり身”だもん。そっか、天界か……。だとしたら姿が見えなかった事も納得がいくね」


 パトリツィアが話す。


「天界に行っている者の姿は、この世から消えるんだって。骨とかもさ。だから、例えばね、お墓の下に遺骨を埋めていたとしても、その骨も姿を消してしまうんだって」

「つまり、おれはベルリール城どころか、この世界アンデゼルデから完全に姿を消していた、と?」

「うん。ヒヤヒヤしたんだから」

「どれだけの時間が経った?」

「んん? そんなに長くないけど……。一時間くらいかな?」

「なるほどな……」


 シュランメルトの淡々とした返答に、パトリツィアはムッとした。


「むぅ、シュランメルト……。ボクがどれだけ心配したと思ってるの!?」

「どれだけ、と言われても……」

「この分からずや! ……あーもうあったまきた! あの時は非常事態だからとはいえ無理矢理やった事に負い目があるけど、もうそんな事がどうでも良くなるくらいになったかな、シュランメルト!」

「待て、何の話……むぐっ!?」


 シュランメルトが問いただそうとした瞬間、パトリツィアがキスでシュランメルトの口を塞ぐ。


「んちゅ、ぴちゅ……」

「んんんっ……!」


 強引に引き離そうとするも、パトリツィアの力が強すぎて逃げるに逃げられない。

 パトリツィアはしばしキスを堪能してから、拘束を解いた。


「心配したんだからね、シュランメルト?」

「…………十分、承知した」


 シュランメルトの返事を聞いたパトリツィアは、笑顔で続ける。


「ならば良しっ! ……ねぇ、シュランメルト」

「何だ?」


 一転して、真剣な雰囲気を醸し出すパトリツィア。


「これからは、シャインハイルと一緒にキミを支えていくからさ。一緒に、生きようよ」

「そうさせてもらおう。まだ思う所はあるが、それよりもアルフレイド達の恩義に報いるのが先だからな」

「じゃあ、早速ボクと子作り――」

「アルフレイドの死を悼み終えるまで待て」

「ちえっ……けど、そればっかりは仕方ないなぁ。分かった、待つよ。けど、終わってもボクとベッドに寝てくれなきゃ、ボクから襲いに行くからね?」

「逃がす気は無いようだな……」

「当たり前じゃん。そろそろ我慢の限界なんだもん」

「とほほ……」


 最早逃げ道の無い事を告げられて、シュランメルトは頭を抱えた。

 と、ノックの音が響く。


「失礼いたします、シュランメルト。いえ、ゲルハルト」

「シャインハイルか。どうした?」


 シュランメルトの姿を見るや否や、シャインハイルが抱きついた。


「ゲルハルト……ゲルハルト! やっと貴方を、この名で呼ぶ事が、出来ました……!」

「な、何故泣く!?」

「ずっと、貴方の記憶が戻るのを、待っていたからです……! ああ、ゲルハルト……!」


 見かねたパトリツィアが、そっとシュランメルトに耳打ちする。


「シュランメルト、いやゲルハルト。シャインハイルはね、キミの記憶が戻ったのが相当嬉しいんだよ。それに幼い頃から『ゲルハルト』って呼んでたからね、もう一度そう呼びたかったんだってさ」

「そういう、事か……! すまんシャインハイル、気づかなくて……!」

「いいのです、今はただ、貴方の記憶が戻った事が……!」


 シャインハイルはひたすら、シュランメルトの胸で泣いていた。

 しかし表情に悲痛さは無く、代わりに嬉しさが溢れていた……。

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