第十二章二十節 天界

「ここは……どこ、だ?」


 シュランメルトは目覚めると、ベルリール城とは明らかに違う場所に横たわっていた。

 “雲一つ無い”青空に、足元はガラス状の何かで舗装されている。宙には結晶状の何かが浮き、七色の光を放っていた。


「目覚めましたか、シュランメルト」

「母さん……。ここは、どこなんだ?」

「そうですね……。一言で表すのであれば、“天界”と呼ぶべき場所です」

「天界、だと……?」


 耳慣れぬ単語に、眉をひそめるシュランメルト。


「はい。より正確に言えば、『死後の世界』ですね」

「死後……待て、まさかおれは死んだのか!?」

「いいえ、落ち着いて。貴方はまだ死んでいません」


 慌てるシュランメルトを、母親がなだめた。


「まだ死んではいませんが……。将来必ず来るこの場所を、見せておきたいのです。ここはベルグリーズ王国ではなく、アンデゼルデ……貴方達の存在する惑星ですらない、まったく別の場所です」


 母親はどこかへと歩きながら、天界を案内し始める。

 と、シュランメルトが何かを見つけた。


「あそこに集まっているのは……?」


 シュランメルトの目にあるものは、何人かの人物だ。


「全員、貴方の祖先です。直系で一番近いのは……祖父ですわね」

「祖父、か。にしては若く見えるが?」

「当然です。亡くなった時の姿ではなく、“一番力のあった時期”の姿を持っているので」

「なるほどな……む、どこかへ行くぞ?」

「私達も向かいましょう」


 一団の後を追い、母親とシュランメルトも向かう。

 少し歩いたのち、二人は止まった。


「どうやら、新しく来た者を迎えるようです」

「新しく来た? 誰だ……ッ、あれは!」


 視線の先にいる人物は、アルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲンであった。


「アルフレイド……!」


 思わず、飛び出しそうになる。


「駄目です、シュランメルト! 落ち着いてください……!」


 が、母親の見た目以上の力で、強引に制止される。


「ぐっ……!」

「貴方がこの先を乗り越えるのは、死ぬ時か、さもなければ“力を求める時”だけです! 今はそのどちらでもありません!」

「……承知した」


 母親に引き留められたシュランメルトは、何ともいえない表情をしながら、アルフレイドを見る。

 その先では、アルフレイドが祖先達に歓迎されていた。


「なるほど。死んだら、ここに来てその後を過ごすのか」

「はい。とは言え、私達“変わり身”や貴方の一族だけですが」

「何だと? 他の人々はどうなる?」

「残念ですが、ここには来られないのです」

おれ達の一族だけという話か……」

「はい。ですが、一つだけ例外があります。貴方と現世で結ばれた者です」


 それを聞いて、シュランメルトが安堵する。


「良かった……。少なくともシャインハイルは、ここに招く事が出来るのか」

「ええ。ここは貴方の一族の、死後の楽園。結ばれているのであれば、貴方の一族とみなす事が出来るのです。……さて、そろそろ時間ですね」


 母親が、シュランメルトを床の無い所まで追いやる。


「何だ、母さん?」

「貴方は現世に戻りなさい」

「何を言ってる?」

「言葉通りです。貴方は現世に戻り、使命を全うするのです」

「母さんはどうなる!」

「ここに留まり、アルフレイドと共に暮らします」

おれに、二人も親を喪えというのか!?」

「喪うのではありません。それに貴方は、もう私達がいなくとも、十分生きていけます。役目を終えたからこそ、ここに留まるのです」

「やめろ、やめてくれ、母さん!」


 シュランメルトが懇願する。

 しかし母親は、わずかに微笑むと、シュランメルトに短く告げた。


「さようなら。ゲルハルト。後はパトリツィアに、全てを委ねます」

「やめろぉおおおおおっ!」


 そして、シュランメルトをあっさりと突き飛ばしたのである。


「母さあああああああああんっ!!!」


 シュランメルトの絶叫は、虚しく響き渡っただけであった……。

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