第十二章十九節 悲嘆

 あの後、シュランメルト達はベルリール城へ移動していた。

 作戦を無事に終了させた突入部隊は、グロスレーベへと報告していた。


 ……シュランメルトを除いて。


「っ、父さん……どうして、なんだ……!」


 精神をすり減らしたシュランメルトは、ベルリール城の自室に閉じこもっていた。

 何度かシャインハイルが様子を見に来たが、それを一切気に掛ける事なく、ひたすら悲嘆に暮れていたのである。


「シュランメルト。おりますか?」


 そこに、女性の声が響いた。


「誰、だ……?」


 シャインハイルでもパトリツィアでもない、ソプラノの声。

 シュランメルトは部屋に閉じこもってから初めて、反応を示した。


「私です。貴方の母親です、シュランメルト」

「用があるなら入ってくれ」


 シュランメルトの声にいつものはつらつとした様子は無く、他人への配慮も忘れていた。

 しかし、母親と名乗る銀髪碧眼の女性は、嫌な顔一つせずドアを開けて入った。


「失礼します。シュランメルト、貴方に話したい事があって来ました」

「話したい事、だと……?」

「はい。私の夫、アルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲンについてです」


 その名前を耳にした途端、シュランメルトの表情が変わった。


「父さんの話だと? どういう事だ!」


 女性は驚いたそぶりも見せず、続ける。


「貴方の記憶を取り戻す為、あの人は亡くなりました。父親としての使命に殉じたあの人に、感謝をせねばなりません」

「使命だと……? 感謝だと……? ふざけるな!」


 シュランメルトは我を忘れ、女性に掴みかかる。

 女性は一瞬驚愕の表情を見せるが、それ以外は何もせず、身を任せた。


「どうして父さんは死ななきゃならなかったんだ! 死なずにおれの記憶を取り戻す方法はいくらでもあったはずだ!」


 涙を流しながら、憤慨するシュランメルト。

 だが、二の句は無かった。代わりに怒りと疲れ、それに悲しみが入り混じった目で、女性を見ていた。


 女性はまっすぐシュランメルトの目を見て、返す。


「みすみす夫を見殺しにするつもりは、私にもありません。私も、当初は反対しました」


『反対』という言葉を聞いた途端、シュランメルトの瞳に驚愕が混じる。


「最終的には認めた……認めてしまったとはいえ、自殺に等しい行為は、守護神として、そして妻として、到底容認出来るものではなかった。この気持ちは本当です」


 女性の左手は、きつく握りしめられていた。


「それでも、あの人は……アルフレイドは、一歩も引き下がりませんでした……」


 涙が頬をつたい、床に落ちる。

 その涙を見て、シュランメルトは察した。


「止めようとしても止められなかった、のか……?」

「…………はい。何度、止めても……」

「分からない。おれには、どうしても分からない。どうして、そこまでしたのか……」

「それについては、経験を以て理解する他ありません。私から言葉で説明しても、恐らくは分からないでしょうから……。しかし、ゲルハルト。貴方の親として、一言だけ言っておきたい事があります」

「何だ」


 女性は、いや、シュランメルトの母親は、穏やかに、しかし確たる意思を持って告げた。


「子供、いえ“別個の存在”である貴方には分からないかもしれませんが、アルフレイドは間違いなく、貴方を大切に思っておりました。自らを息子に殺させるという行為は手放しでは褒められないとはいえ、命をかけてまで記憶を取り戻させる事自体は、ただの他人に出来るものではありません。貴方は、アルフレイドの意思を受け止めてほしいのです」

「…………」


 シュランメルトは、すぐには言葉が出なかった。

 長い長い沈黙の後、絞り出すような声で、こう言った。


「……承知した。おれの命は、周りに生かされている、という事は」

「今はそれで十分です」


 母親は、優しくシュランメルトを抱きしめた。


(ああ、この温もり……。おれが小さい時に感じた温もりと、一緒だ……。そうか、目の前の人は、本当におれの母親なんだな)


 と、母親が何かを思い出したように呟いた。


「ところで、シュランメルト。本当は15歳の時に見せたかったものがあります」

「何だ、母さん」

「私の手を掴んでいて下さい」


 母親は抱擁を解くと、シュランメルトの手を取る。




 次の瞬間、母親とシュランメルトの姿がこつ然と消えたのであった。

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