第十二章十七節 自力

「ぐっ……!」


 シュランメルトは反射的に、Asrionアズリオンに命令を送っていた。

 機体が大地を砕かんばかりに踏みしめ、次の瞬間には右に跳躍し、振り下ろされたBerfieldベルフィールドの剣をかわす。


「シュランメルト、しっかりして! 次が来るから!」

「はっ、はぁっ、はぁっ……」


 シュランメルトは無意識に、Asrionアズリオンを動かしていた。

 その事実が、迷いを生む。


(奴が剣を振り下ろすのに合わせて……避けた、だと? そんな意識も、無かったのに?)


 Berfieldベルフィールドは剣を振り下ろした体勢のまま、左腕をハンマーの如く振るう。保持した盾で殴りつけるつもりだ。


「ぐっ……!」


 シュランメルトはまたも無意識にAsrionアズリオンへと命令を送り、大盾で防いだ。

 それを見たアルフレイドが、拡声機を起動してシュランメルトに告げる。


「そうだ、それでいい! お前は今必死に生き延びようとしている。しかしそれだけでは駄目だ。未来を求めるならば私を殺せ!」

「出来るか! アルフレイド、お前はおれの父親なのだろう!?」

「その通りだ。しかし血縁は関係ない! 私はお前に刃を振るう、ならばお前は私にすべき事があるはずだ!」


 Berfieldベルフィールドが、避け続けるだけで無抵抗なAsrionアズリオン目掛け、剣を振るう。


「ぐっ……!」


 Asrionアズリオンの左肩から右腹部にかけて、裂傷が生まれた。

 Asrionアズリオンの大剣や大盾とまったく同じである漆黒の結晶は、Asrionアズリオンの装甲にも傷を付けられる。


「大丈夫、浅いよ!」


 しかしパトリツィアが、即座に自らの力を発動する。

 みるみるうちに、裂傷が塞がった。


「流石だ。“変わり身”の力で、Asrionアズリオンの損傷を修復したか」


 剣と盾を油断なく構えながら、BerfieldベルフィールドAsrionアズリオンとの距離を詰める。


「ならば私は、より強い敵意をお前に向けよう」


 Berfieldベルフィールドが、一瞬でAsrionアズリオンに肉薄する。

 左手の盾でAsrionアズリオンの大剣を押さえながら、右手の剣で腹部を貫いた。


「あぐっ……!」

「きゃっ……!」


 バキバキと装甲が破砕する音、そして強烈な振動が、シュランメルトとパトリツィアを襲う。

 アルフレイドは機体の顔が激突する程の至近距離で、シュランメルトに告げた。


「これで逃げられんぞ、シュランメルト! いや、我が息子、ゲルハルト!」

「何をするつもりだ、アルフレイド……!」

「決まっている! 今よりお前に、未来を掴んでもらう!」

「流血を伴う未来など不要だ! 死ぬ必要の無いお前を殺して得る未来など!」

「黙れ! 私は本気だ!」


 アルフレイドの言葉に続き、拳がAsrionアズリオンの胸部を捉える。


「ぐあぁっ……!」


 Asrionアズリオンの金属装甲よりは強度に劣るAdimesアディメス結晶とはいえ、その質量による衝撃はかなりのものだ。

 シュランメルトとパトリツィアは、機体の壁にしたたかに打ち付けられる。


「まだだ!」


 それが何度となく続いた。


「がっ……!」


 シュランメルトは衝撃を受け続け、気絶する。


「これで最後だ!」


 アルフレイドは動きを止めたAsrionアズリオンを見ると、Asrionアズリオンの腹部を貫いた剣を握って押し込む。

 丘陵にまで追いやり、Asrionアズリオンを縫い留めた。


 そしてAsrionアズリオンから離れると、剣を刺しっぱなしのまま離れ、こう告げた。


「生きたくば、自ら腹の剣を抜け! 自ら動いて未来を掴め!」


 だが、気絶状態にあるシュランメルトに、アルフレイドの言葉は届かない。

 と、パトリツィアが頭から血を流しながら、シュランメルトに呼びかけた。


「しっかりして、シュランメルト……! このままだと、ボク達、本当に死んじゃう……!」


 しかし、シュランメルトからの返事は無い。


「寝てる場合じゃないってば、シュランメルト……! ねえ、起きて! 起きてAsrionアズリオンを動かして!」


 繰り返し声を掛けるも、シュランメルトはピクリともしなかった。


「ねぇ、シュランメルト……! ボク達、死んじゃうよ……!? このままじゃ良くないよ!」


 必死さを増した声になるも、やはりシュランメルトは動かなかった。

 業を煮やしたパトリツィアは、自らの前方にあり、シュランメルトの座っている操縦席へと、強引に向かう。


「うーっ、胸がぶつかる……! いい加減にして、シュランメルトってば!」


 ついにパトリツィアは、シュランメルトを揺さぶり始める。


「シャインハイルは君の無事を待ってるんだよ……!? “初めて”を交換した最愛の人を、簡単に裏切っちゃうの!?」


 耳元で、半泣きになりながら声を掛けるパトリツィア。


「だとしたらキミはとんでもない恥知らずだね! 他人から奪うだけ奪って、そのまま逃げるなんて……! そんな汚名を被りたくないなら、目を覚ましてAsrionアズリオンを動かして!」


 右手による平手打ちまで重ねて、パトリツィアは必死にシュランメルトの意識を戻そうとする。


「それにまだ、ボクに対してやる事をやっていないよね、シュランメルト!? 死ぬならボクを孕ませてから死ねっ!」


 往復ビンタを全力で食らわせ、シュランメルトに呼びかけ続ける。


「この分からずや……!」


 それでも、シュランメルトは気絶したままであった。

 怒り、そしてシュランメルトの命を本気で案じているパトリツィアは、最後の手段に打って出る。


「だったら、こうしてやる……!」


 パトリツィアは一瞬でシュランメルトの顔を自らの顔に近づけると、全力でディープキスを敢行した。

 シュランメルトの背中をがっちりと押さえ、舌を激しく絡ませる。


(お願いだから、シュランメルト……起きて! 起きて、この場を切り抜けて……!)


 パトリツィアは必死に、舌を絡め続ける。


「んん……」


 パトリツィアの息が苦しくなり始めたころ、ようやくシュランメルトは目を覚ました。


「んんっ!?」

「ぷはっ…………やった!」


「目覚めるとディープキスをされていた」という光景に驚愕を隠しきれないシュランメルト。

 しかしパトリツィアは、嬉しそうに微笑んだ。


「シュランメルト、Asrionアズリオンのお腹に剣が刺さってる。抜いて!」

「あ、ああ……! 動いてくれ、アズリオン!」


 シュランメルトが半球の上に両手を置きなおすと、Asrionアズリオンはあっさりと、どてっぱらを貫いていた剣を抜き、放り捨てる。

 間髪入れずにパトリツィアが力を発揮し、瞬く間に、腹部の損傷を修復していた。


「ふふ、ふはははっ! 流石は我が息子、せいを求めたか! ならばこのまま、一気に行くぞ!」


 その様子を見ていたアルフレイドが笑いながら、右手に盾を持ち変えて構える。

 パトリツィアは攻撃的な気配を察知すると、すぐさま後部座席に戻った。


「シュランメルト! 生きて、シャインハイルと再び会って!」

「承知した……! そうだ、おれには……!」


 そしてシュランメルトは、大剣と大盾をAsrionアズリオンに構えさせ、アルフレイドに告げる。


「アルフレイド・リッテ・ゴットゼーゲン! おれには将来を誓った女性ひとがいる! 彼女に再び会う為に、おれは……!」

「そうだ、ゲルハルト! 私を殺せ! さもなくば私がお前を殺す! ふははははっ!」


 Berfieldベルフィールドの構えた盾の先端から、光線ビームが放たれる。

 だがAsrionアズリオンはわずかに捻っただけでこれをかわし、一気に距離を詰めた。


「これで終わりだ……!」


 Asrionアズリオンが構えた大剣が、大上段から振り下ろされる。

 Berfieldベルフィールドにはかわす間も無く――




「そうだ、お前は生きろ。ゲルハルトよ」




「!」


 アルフレイドの漏らした言葉をシュランメルトは慌てて、命令を止める。

 しかし強烈な勢いを付けられて振り下ろされた大剣は止まり切らず、装甲を綺麗に切断しながら、Berfieldベルフィールドの胸部へと食い込んだ。


「父さんッ!!!」


 シュランメルトは大急ぎで大剣を引き抜くと、Asrionアズリオンを元の場所に戻す。

 そして、擱座したBerfieldベルフィールドの胸部へと走っていったのであった。

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