第十二章十六節 希望

「何を言っている、アルフレイド!」


 我に返ったシュランメルトは、アルフレイドに食って掛かる。


「言葉通りだ。私はお前に殺される事で、その目的を全て達成する。どうあれお前に記憶を伝えたのだ、私は死ぬ定めだ」

「ならばおれも……」

「お前は死なんぞ。それがAsrielアスリールとの誓約だからな」

「“誓約”だと?」

「ああ。私は全ての記憶をお前に話し、そして私が死ぬ代わりにお前は生き残る。それが誓約だ」

「だからと言って……」

「忘れたのか? シャインハイル姫殿下を拉致したのは私だ」

「ッ!」


 シュランメルトが驚愕する。記憶を取り戻した事にばかり意識を向けていた為、完全に失念していたのだ。


「何の目的でシャインハイルを拉致した……!?」

「お前の憎しみを得る為だ。そうすれば、お前は何の躊躇ためらいも無く私を殺せるだろうからな」

「たったそれだけの為に、シャインハイルを……!?」

「その通りだ。私を憎め。そして殺せ」

「くっ……」


 シュランメルトは、心中で葛藤していた。

 再会した実の父親を殺すのか、あるいは殺さないのか。


 それを見かねたパトリツィアが助言する。


「流されないで、シュランメルト。もしここで間違えたら、キミは一生消えない傷を負う」

「その通りだ……。おれは奴を殺さない。だが……」


 シュランメルトには、分からない事があった。


「アルフレイド。どうしてお前は、死ぬ事にこだわる?」

「それが“誓約”だからだ」

「質問を変える。どうして自分が死ぬ“誓約”をわざわざ結んでまで、おれの記憶を取り戻させようとする?」

「ふぅ……」


 アルフレイドはため息をついてから、シュランメルトの質問に答える。


「お前こそ、未来の希望だからだ」

「何だと?」

「7年前の戦争を乗り越えて、私は悟った。この先老いゆき、勘を失う前に、後を託す者が必要だと」

「だとしても、託すべき者はおれだけではないはずだ。騎士教練学校で騎士達を教え導くという方法も、十分に考えられた事だ。そしてそれは、今からでもまだ間に合う……そう思っている」

「ふふっ、ふはははは……!」

「何が可笑おかしい?」


 突然笑い出すアルフレイドに、眉をひそめるシュランメルト。

 アルフレイドはひとしきり笑ってから、話した。


「やはりお前の根底は、優しさで出来ていたな。7年前の戦争でも、国を想い、守る為に、自らおのれの役目を受け入れ、戦場へ臨む……」

「何を言っている、アルフレイド?」

「しかし私は、父親として、お前を助けずにはいられなかった。理性も何も無く、お前の記憶を取り戻す為に、悪に手を染めた。それだけではない……。いや、そもそも、お前が昏睡した時から、私はおかしくなっていたのだ」


 アルフレイドは、ぽつぽつと話し出す。


「何人もの医者に診てもらっても治らなかった。国中に名を知られた導師に診てもらっても、命を繋げるだけが精一杯だった。あらゆる手を尽くしてもお前の目は覚めなかった」


 シュランメルトは何も口を挟まず、ただアルフレイドの言葉を聞いていた。


「原因が分かっても治せない。命を繋いでも、お前の目は光を見ない。届きそうなのに届かない、それがどれほど私達には辛かったか、分かるか……!?」


 アルフレイドの目には涙が浮かび、拳は固く握りしめられていた。


「なお悪い事に、お前の脳にすら毒が回り、お前から記憶を奪い去った! その事を知った時には、私は悟った。『たとえお前の目に光を見せても、記憶が無くば意味が無い』と。だから……。だから、私はAsrielアスリールと“誓約”を交わした。『お前に記憶を取り戻す為に、私の命を持っていけ』と」

おれの記憶を取り戻すだけで……命すら、賭したのか」

「賭したのではない。捧げたのだ」

「ッ、それは……」


 シュランメルトは言葉を喉元まで出した所で、どうにか飲み込む。


(いや、言うまい。奴が……アルフレイドがここまでしてくれなければ、おれは会えなかった。フィーレ、リラ、グスタフ、そして……シャインハイルや、パトリツィア達と。しかし、それでも、何かが引っ掛かる……!)

「言いよどんだか。だが、それは自然な反応だ。お前からすれば、『どうしてそこまで』と思うだろう」

「見透かしているのか……!?」

「父親……いや、それは関係ないな。だが、お前の反応は心得ている。しかし、私の姿を見て、『どうしてこうなったのか』まではまだ分からないだろうな。だから一つだけ言っておく」

「何だ」

「お前が子供を持てば、いずれ分かる。男とは、子供を持ち、育てる事で、自らの使命に完全に目覚めるのだ。そしてそれは、『未来を繋ぐ』という行為そのものでもある」

「まだ、実感が湧かないな……」

「今はそれで良い。しかしお前はいずれ、子供を持つだろう。シャインハイル姫殿下とな。もっとも私は、お前と姫殿下との子供を見る前に死を迎えるが」


 アルフレイドの一言に、シュランメルトが反応する。


「何故お前は死にこだわる、アルフレイド!」

「分からんのか。いや、分からんだろうな。私はもう、

「『やり残した事』だと?」

「お前に殺される事……いや、記憶の代償を払う事だ」

「代償?」

「その通りだ。お前は私を殺さねば、神話の通り、私もお前も死ぬ。お前は生き残る為に、私を殺すのだ。それ以外の道は存在しない」

「だからと言って、はいそうですかと殺せるものか!」

「ならば」


 アルフレイドの気配が変わった。

 朱のBerfieldベルフィールドが、剣と盾を構えたのだ。


「ならばお前を未来の希望とするべく、私は悪鬼と化そう!」


 つかと盾から、漆黒の結晶が伸びる。


「あれは……Asrionアズリオンの!?」

「シュランメルト、何ボーッとしてんのさ! 来るよ!」


 そしてBerfieldベルフィールドはあっという間に距離を詰め、Asrionアズリオン目掛けて剣を振り下ろしたのであった。

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