第十二章十五節 真意

「そもそも、お前は何故記憶を失ったのか。話は、今から7年前までさかのぼる。当時私達は、いやベルグリーズ王国は、隣国ハドムス帝国と戦争状態にあった」


 いかなる攻撃もせず、ただ語るアルフレイド。シュランメルトは何もせず、ただAsrionアズリオンに武器を構えさせたまま、アルフレイドの話を聞いていた。


「私はかつて、ベルグリーズ王国の将軍の一人であった。少なくとも7年前の戦争では、間違いなくその身分にあった。私は兵達を指揮し、幾度となくハドムス帝国の攻撃を防ぎ切った。その中で、お前は私の指揮下にいた兵の一人であったのだ」


 アルフレイドの言葉に、感情がこもり始める。


「既に守護神の御子みことして目覚めていたお前は、Asrionアズリオンを駆り、戦場に幾度となく勝利をもたらした。まさに“守護神”として相応しい、存在だった。しかし、私達は気づいていなかった。ベルグリーズ王国にハドムス帝国の凶刃が潜んでいた事には」


 無念が声からにじみ出る。


「ある日、お前が戦いから帰ってきた時だった。奴らはお前がAsrionアズリオンから降りた隙を突き、お前の喉を切り裂いたのだ」


 その一言を聞いた途端、パトリツィアが乗り出した。


「シュランメルト、顔上向けて喉見せて!」

「ああ……」


 言われた通り、シュランメルトが顔を上に向けてパトリツィアに喉を見せる。

 喉を――正しくは喉に刻まれた傷を――見たパトリツィアは、息を呑んだ。


「そんな……! 何で“変わり身”のボクが、この傷を知らなかっただなんて……!」


 へたり込みながら、席に座るパトリツィア。


おれもリラに言われて、初めて気づいた。お前は知らなかったのか?」

「うん……。けど、何で……!? キミにまつわる情報は、全て知っているはずなのに……!」

「それに関しては、恐らくAsrielアスリールが意図的に隠したのだろう」

「アルフレイド!?」


 起動しっぱなしだった拡声機によって漏れたパトリツィアの疑念を、アルフレイドが解きほぐす。


「どのような意思があったのかは私も知らないが、“変わり身”の君が知らないというのはそういう事だ」

「嘘だ……。何で、Asrielアスリールは……」

「繰り返すが、それは分からない。ただ、確実に言える事がある」

「何だ?」


 シュランメルトとパトリツィアが、傾聴する。

 アルフレイドは場が静かになると、頃合いを見て話した。




「お前の喉に刻まれた切り傷こそが、お前の記憶を奪い去った元凶だ」




「……」


 シュランメルトは、パトリツィアは、すぐには言葉が出なかった。

 アルフレイドは、さらに言葉を重ねる。


「お前を傷つけた奴らは、すぐに捕縛された。ナイフを調べると、刃には猛毒が塗られていた。お前は奴らに反撃したが、傷つけられて数分で、昏睡状態に陥っていたのだ。7年間も、な」

「それが、おれの記憶喪失の正体……か」

「そうだ。そして私は、Asrielアスリールにすがった。お前を死人の似姿のままにはしておけなかったからな。だから戦争が終わった後、私はすぐに1等将官の職を辞したのだ。そしてAsrielアスリールとの誓約を遂行する為に、“ヴォルフホイル”を設立した」

「待て! 話が飛躍し過ぎだ……!」

「飛躍はしていない。“ヴォルフホイル”の設立は、それ自体がお前の記憶を取り戻す為の下準備だったのだ」

「何だと……!?」


 これまで何度もいさかいを起こした相手。その大元が目の前にいる男だとは、シュランメルトも思わなかった。


「まさかあんな犯罪組織のリーダーが伝説の英雄だったなんてね」


 パトリツィアの冷徹な言葉も、アルフレイドは意に介さず受け入れる。




「ああ。しかし後悔はしていない。お前がここに来たからな。シュランメルト……いや、よ」




 シュランメルトは、再び驚愕する。


おれが……お前の息子、だと?」

「その通りだ。そして7年前の戦争の英雄でもあり、“漆黒の騎士”の正体でもある」

「ッ……!」


 “英雄”や“漆黒の騎士”という言葉を聞いて、シュランメルトが頭を抱えだした。


「シュランメルト!?」

「そうだ……思い出したぞ! おれが記憶を失う直前の光景を……!」


 シュランメルトの脳裏には、7年前の記憶が鮮明に浮かんできた。

 と、シュランメルトが喉を押さえる。あまりにも記憶が鮮明で、喉を切られた瞬間すらも正確に思い出したからだ。


「あの時……おれは成人と同時に、確かにあの男の、アルフレイドの指揮に従って転戦していた……! 何台ものハドムスの魔導騎士ベルムバンツェを屠り、戦った戦場全てに勝利をもたらし……そして、おれは不意打ちを受けて記憶が途絶えた!」


 鉄砲水の如く、記憶がシュランメルトの脳に押し寄せる。


「そうだ……神殿騎士団とは戦争以前から心当たりがあったぞ。ガレスベル、サリール、ノートレイア……そして先代の緑と黄の騎士団員がいた! 名前は思い出せないが、代替わりした事実だけは知っている……!」


 膨大な情報を整理するが如く、シュランメルトが饒舌じょうぜつになる。

 その様子を拡声機越しに聞いていたアルフレイドが、試すような質問をした。


「私の妻、いや、お前の母親の姿を思い出せるか?」

「銀の髪に青い瞳だ。どこかパトリツィアやシャインハイルに似ている、美人だった。容姿に恵まれていて、いつも穏やかな性格だった」

「その通りだ。記憶は取り戻したようだな」

「ああ」




「ならば、後は私を殺すだけだ」




「何だと……!?」

「何で……!?」


 唐突なアルフレイドの言葉に、シュランメルトとパトリツィアは、揃って驚愕した。

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