第十二章十二節 火蓋

「ふわぁ……」


 シュランメルトは仮眠から目を覚ますと、玉座の間へと向かう。

 そこにいたグロスレーベに、短く尋ねた。


「おはよう。そろそろ出撃だな?」

「はい、御子みこ様。シャインハイルは既に格納庫へと向かっております」

「承知した」


 グロスレーベの返答を聞き、シュランメルトも外へ向かおうとする。


御子みこ様」


 と、それをグロスレーベが制した。


「何だ?」

「くれぐれも……くれぐれも、シャインハイルをよろしくお願いいたします」


 シュランメルトはグロスレーベの瞳を真正面から見据え、答えた。


「任された。必ずや無事に帰還させよう」


 短くそう答えると、シュランメルトは今度こそ、屋外へと向かうのであった。


---


「既にここまで暗いか。時間ぎりぎりまで眠ったものだな」


 シュランメルトは屋外に出ると、夜のとばりを眺める。

 既に陽の光は無かった。


「シュランメルトー!」


 そこに、パトリツィアがシュランメルトを呼び止めた。


「パトリツィアか。お前を忘れた訳ではないぞ」

「じゃーなんで置いてくのさー」

「先に外へ出ただけだ」

「むー……」


 ふくれっ面になるパトリツィアを、シュランメルトが制する。


「ともあれ、Asrionアズリオンを呼ぶぞ。おれに触れていろ」

「はーい♪」


 パトリツィアが触れたのを確かめると、シュランメルトは右拳を高々と掲げた。


「来いッ、アズリオンッ!」


 暴風が吹き荒れ、Asrionアズリオンが姿を現す。


「よく来てくれた。重要な戦いだ、いつも通り頼むぞ」


 シュランメルトは操縦席に座りながら、Asrionアズリオンに優しく、声を掛ける。

 Asrionアズリオンからの返事は無いが、力強い歩みが、それに伴う地響きが、シュランメルトに応えるように鳴り響いた。


「他の魔導騎士ベルムバンツェは……あそこだな」


 現出装置が月の光を跳ね返した僅かな輝きにより、シュランメルトは味方の位置を掴むと、すぐさま合流したのであった。


---


「行軍か。しかし、この感覚……どこか、懐かしいな」


 アレス率いる150台もの大部隊と合流したシュランメルトは、心の中で――記憶こそ定かではないが――“経験として覚えている”という感覚を感じていた。

 しかし、それだけではない。


(それにしても、奇襲やその兆候が全く見えないな。ここまで静かだと不気味なくらいだ。罠のつもりか、“ヴォルフホイル”……?)


 道のりの9割を進んだというのに、のだ。


(警戒しすぎ、か……? いや、違う。何かがおかしい……!)


 シュランメルトは自らの違和感に従いつつ、行軍を続ける。

 やがて、大部隊はただの一度の奇襲も受けないままに、“ヴォルフホイル”の本拠地前に到着した。


 間髪入れず、アレス率いる大部隊が入り口を包囲する。

 そしてアレスのBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルが、拡声機を起動して呼びかけた。


『諸君らは包囲されている! 今すぐ本拠地から出て投降すれば、生命までは奪わない!』


 この呼びかけは嘘ではない。投降さえすれば、拘束はすれど殺害はしない作戦だからだ。

 しかし、アレスは心中で、「素直に聞いてもらえる程簡単ではない」とも思っていた。


『繰り返す! 諸君らは包囲されている!』


 宣戦布告けいこくなど形式的なものである。アレスは作戦方針には従いつつも、いつでも交戦する心構えをしていた。


『今すぐ本拠地から出て投降せよ!』


 呼びかけの回数が増えるたびに、アレスの、部下の兵達の気配がピリピリとしたものを纏う。


『これは最後通告だ! 今すぐ本拠地から出て投降せよ! 投降した場合の生命は保証する!』


 怒りを込めた警告だが、それでも応じる者は一人としていなかった。

 と、入り口から光が見える。


『何だ?』


 光は徐々に迫ると、アレスの搭乗するBispeerldビースペールト_Kapitänmodelカピテーンモデルのすぐ近くで爆発した。


『ぐっ……! それが諸君らの意思か!』


 態勢を立て直したアレスは、すぐさま号令を下した。


『攻撃開始! 全ての敵を無力化せよ!』


 ここに、死闘が始まったのである。

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