第十二章五節 由来

 リラの私室に入ったシュランメルトは、リラに許可を取った上でベッドに腰掛けた。


「それで、話とは何だ? リラ」

「はい。シュランメルト、昼間は“誓約”の話をしましたね」

「その通りだ」

「ご存知の通り、私達は明日、遅くとも明後日には、魔導騎士ベルムバンツェを駆って戦いに赴かねばなりません」

「もはや変えられないのだな」

「ええ。ですので、今夜のうちに少々……例えば、貴方に付けた名前の由来などを、話しておきたいと思いまして」


 その一言に、シュランメルトの体がわずかに前へ傾く。


「名前……“シュランメルト・バッハシュタイン”の由来か」

「その通りです。そして、今を逃せば二度と語りえないかもしれないでしょう。それゆえ、呼び出させていただきました」


 リラは落ち着いた様子で、しかしシュランメルトに体を寄せながら、話す。


「シュランメルト。貴方を初めて見たとき、私はすぐに、貴方の真の名に気づきました」

「おっと、話すなよ。おれもお前も死ぬぞ」

「もちろんです。貴方の真の名前、それ自体については直接話しません。ここでは、あくまで“シュランメルト・バッハシュタイン”という名前に関して話したいのです」

「ほっ、安心した。記憶を取り戻さぬまま死ぬのは困るからな。そしておれの名前の由来に関する話もまた、承知した」


 シュランメルトは一安心すると、リラの話に耳を傾ける。


「では、本題に入ります。シュランメルト、私が貴方に“シュランメルト・バッハシュタイン”の名前を授ける際、私はあなたののどぼとけのアザを見ておりました」

「そうだったな。最初は何をしているのかと思ったぞ」

「確かに、奇行と捉えられてもおかしくはありませんね。しかし、シュランメルト。私は気づいてしまったのです」

「何にだ?」

に」


 その瞬間、シュランメルトが自らの喉を触る。


「残念ですが、今ではみみずばれすらありません。完全に塞がっています。手鏡をどうぞ」

「見て確かめるのみ、か……頂こう。むっ、これは……それなりに長さのある傷だな」

「恐らく、鋭利な刃物で付けられた傷かと。しかしこの位置では、最悪、頸動脈を切られていたでしょう」

「何故おれは無事だったのか。あるいは……無事で済むような何かがあったのか。それはまだ、分からないな」

「ええ。話を戻します。貴方の名前の由来に関してです」

「ああ」


 リラはよどみなく、話を続けた。




「貴方の名前の由来……。それは喉元のSchramme、そして私の父親の名前です」




 わずかな沈黙が、リラの私室を満たす。

 シュランメルトの心が落ち着いたのを確かめたリラは、話を続けた。


「正確には、“名前”とは別かもしれません。私の父親の名前は、アーベル・ヴィッセ・シュヴァルベ。旧姓は、。すなわち、私の母親と結婚するまでは、フルネームはアーベル・ヴィッセ・バッハシュタインだったのです」

「そのような背景があったのか」

「はい。シュランメルト、貴方は存命だった頃の父親と、似ていました。顔付きや言葉遣いなど、何から何まで」

おれは魔術を使えないぞ。記憶が無いゆえかもしれないが」

「それは承知しております。生まれ変わり、と言うつもりはありません。何より、父親が亡くなったのは、私が12の時……今の11年前でした。貴方の正確な年齢は存じませんが、外見上の肉体年齢に従うのであれば、なおさらです」

「だろうな。おれは多分22歳だろうからな」

「おや、自らの年齢をご存知なのですか?」

「ああ。シャインハイルから、そのように解釈出来る言葉を言われた」

「なるほど……。では、ほぼ断定出来ますね。貴方は私の父親と恐ろしいまでに似ているものの、あくまでも別人である、と」

「だろうな。おれも正確には分からんが」

「かしこまりました。ともあれ、これで由来に関する話は終わりです。夜分に引き留めて申し訳ありませんでした」

「構わない。だが、一つだけ言わせてほしい事がある」

「何でしょうか?」


 リラが首を傾げると、シュランメルトはより真剣な眼差しで告げる。


「死ぬなよ。生きろ。お前は……いや、貴女には生きて、おれに教えてほしい事がある。おれは貴女の、3人目の弟子になりたい」

「うふふ」

「何がおかしい?」

「貴方は既に、私の3人目の弟子ですよ。シュランメルト」


 その言葉に、シュランメルトが固まる。

 が、すぐに言葉を返した。


「そうか。おれは既に、貴女の弟子だったのか。リラ」

「はい。そしてこの師弟関係は、生涯残り続けるでしょう」

「承知した。ありがとう」


 それだけ言い終えると、シュランメルトはリラの私室を後にしたのであった。

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