第十二章四節 責務

「フィーレか。どうした?」


 振り向いたシュランメルト。

 フィーレはゆっくりと、シュランメルトの隣の椅子に座る。先ほどまでグスタフが座っていた椅子だ。


「額を抑えておりましたので、声をかけさせていただきましたの……。ところで、先ほどグスタフと話しておりましたわね?」

「ああ」

「何の話をしておりましたの?」

「リラとの約束事の話だ。『ベルグリーズ王国に何かあったら、ベルグリーズ王国を助ける』。心当たりはあるか?」

「ありますわね。そもそもそれは、お父様より教え込まれた心得こころえですわ」


 フィーレは当然のように、シュランメルトへ話す。


「まだ至らぬとはいえ、これでもわたくしは王族。実感は出来ませんが、心得をそらんじるくらいは出来ますわ」

「王族ゆえの教育、か……」


 シュランメルトは頷きながら、内心で思考をまとめる。


(この反応を見る限り、止める意味は無いな。だが、これとは別に、リラとの繋がりを聞きたい)


 単なる好奇心に過ぎない。

 それでもシュランメルトは、ゆとりのありそうなフィーレを見ると、話題を切り出した。


「フィーレ、教えてくれ。お前はどのような経緯で、この“リラ工房”に入ったのだ?」


 シュランメルトの問いに、フィーレは落ち着いて答える。


「そうですわね……。そもそも、この工房へは、魔術修行の目的で来る事になりましたの。わたくしがまだ5歳のとき、お父様に言いつけられましたわ」


 シュランメルトは頷きながら、答えを聞き続ける。


「そのときから、リラ師匠は優しかったのですわ。もちろん今もですけれど、わたくしを丁重にもてなし、魔術や礼儀を鍛え、間違った事をすれば叱ってくださった。暴力を用いず、言葉だけで、それも穏やかにわたくしを教え諭してくださった、理想の師ですわ」

「昔から、か。リラの“師匠”という身分は、似合いだな」

「ええ。けれど、そのように素晴らしい師を持っても、当時のわたくしは満ち足りていなかった。教えられた魔術や礼儀は、すぐに習得した。率直に申し上げて、つまらなかったのですわ。そんなときでしたの……グスタフとの出会いは」


 フィーレはわずかに笑みを浮かべ、少し早口になって話す。


「最初に見たときは、『可愛い子』と思いましたわ。まだわたくしも子供でしたけれど、それでも何か、大切にしたくなる気分が湧きましたの。結局はわたくしが、ほんの少しだけ早く産まれていたのですけれどね。それはともかく……わたくしは嬉しかったのです。異性の友を得たのですから」

「喧嘩はしなかったのか?」

「しましたわ。それも、何度も。ときにはリラ師匠に止められるくらいの喧嘩もしましたの。それでも、弟子がわたくし一人だったときよりは、遥かに楽しかったのです」

「なるほどな……」


 シュランメルトは大きく頷く。

 と、フィーレの顔をじっと見た。


「何かついておりますか? シュランメルト」

「いや。ただ、お前はグスタフに、単なる友人としてではない感情を持っているのかもな……と思ってな」

「っ、それは……ふふ、すっかりと見透かされておりますわね」


 フィーレは観念し、シュランメルトに話し始める。


「いつだったかは、はっきりしませんの。ただ、気づけば、グスタフを愛しいと思っていた。そしてグスタフはリラ師匠が好きなようでしたけれど、恐らく、それと同じくらいわたくしを好いてくれていたと思うのです。『ししょーともフィーレ姫とも、離れたくない!』と、わたくしとリラ師匠の前で断言していたくらいですから」

「承知した。ところで、お前はグスタフと一緒に入浴するのか?」

「ぶっ!?」


 突然のシュランメルトの質問に、フィーレは思わず噴き出した。

 口元を拭きながら、慌てて否定する。


「ままま、まさか! いくら何でも、男であるグスタフと一緒に入浴するだなんて……。想像すら出来ませんわ!」

「そうか。リラは一緒に入浴しているらしいがな」

「えっ!? 師匠がグスタフと!?」

「ああ。グスタフから聞いたぞ」

「そ、そんなぁ~! ではわたくしも、共に入浴するのでしょうか……」

「それは分からん」

「見捨てないでくださいませ、シュランメルト~!」


 頭を抱えるフィーレを尻目に、シュランメルトはコップに水を注いで飲み干したのである。


     *


 その後、フィーレ、それに戻ってきたリラとグスタフと共に、シュランメルトは夕食を済ませる。

 入浴や歯磨きも終えて後は寝るだけの状態。そんな時に、リラがシュランメルトを呼び止めた。


「シュランメルト。30分だけ、よろしいでしょうか?」

「構わないが……どうした?」

「個人的に、話がしたいのです」

「承知した」


 かくして、シュランメルトはリラと共に、リラの私室へと向かったのである。

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