第十二章二節 反論

「貴様! “リラ工房”に誰がいるのか、承知しているのか!?」


 シュランメルトは我を忘れ、“リラ工房”の名を出した特等将官の一人に食ってかかる。


「どう見てもおれより若い者が、2人はいるのだぞ!? その2人だけではない、工房長であるリラも、おれと差のない外見だ! まさかあのような外見でも実年齢はずっと上、とでも言うつもりか!?」


 突如として激高したシュランメルトに、特等将官は何も返せない。

 それを見たグロスレーベが、おずおずと返す。


御子みこ様……。恐れながら、申し上げます」

「何だ、グロスレーベ……!」


 突如として介入されたシュランメルトだが、怒りはグロスレーベの話を聞ける程度に若干冷えた。

 グロスレーベは言葉を慎重に選びながら、シュランメルトに告げる。


御子みこ様……。実は、私達王家は、リラ工房と先祖代々の取り決めを行っているのです」

「取り決め、だと……?」


 シュランメルトが反応する。

 グロスレーベは肝を冷やしながらも、さらに続けた。


「リラ殿をはじめ、工房の者から、自らこのように申し出たのです。『ベルグリーズの有事の際には、いつでも駆けつける』……と」

「……事実か?」

「この命に懸けて」

「…………承知した。その言葉、今は信じよう」


 シュランメルトは怒りを強引に抑え込む。

 と、そこにパトリツィアが乱入してきた。


「シュランメルトー!」


 しかし玉座の間にいる者は、シュランメルト同様に正体を知っていたので、やはり誰も咎めなかった。


「何だ?」

「うーん、まだみたい……だね」

「……他に話はあるか、グロスレーベ?」


 シュランメルトが促すと、グロスレーベは首を横に振った。


「いえ。これ以上はございません」

「ならばおれもこれ以上はとどまるまい。さらばだ」


 かくして、シュランメルトは玉座の間を後にしたのである。


     *


「パトリツィア、おれと来い。リラ工房に行く」

「はーい。だろうね、シュランメルトなら行くかと思ってたよ」


 簡単なやり取りをしたシュランメルトとパトリツィアは、すぐに王城から出てAsrionアズリオンを召喚し、リラ工房へと飛んだ。




「リラ。いるか?」


 工房に戻ったシュランメルトは、リラを尋ねる。

 が、すぐの返事は無かった。


(いないか。外でフィーレとグスタフの魔導騎士ベルムバンツェが動いていたから、望みは薄いと思ったが……)

「お呼びでしょうか? シュランメルト」

「リラ……」


 少し遅れて、リラから返事が来る。


「いたのだな。フィーレとグスタフは良いのか?」

「ええ。あれは自主的な鍛錬です。時々見には行きますが、ある程度は放任しています」

「なるほどな」


 シュランメルトはもう一度、窓からの景色を見る。


おれより年若いであろうお前たちは、戦うべきではない……。そう思っているのは、傲慢さなのだろうか?)


 一瞬、葛藤を浮かべるも、シュランメルトはリラに尋ねる。


「リラ。どうしても明らかにしたい事がある」

「何なりと」


 リラの肯定的回答を受け取ったシュランメルトは、ようやく本題を切り出した。


「『ベルグリーズの有事の際には、いつでも駆けつける』……。お前は、このような誓約を、ベルグリーズ王家と交わしたか?」

「何故、それを……。いえ、どこから知ったかなど、どうでも良い話ですね」


 リラは額を押さえながら、シュランメルトに答える。


「ええ。交わしています」

「承知した。では、続けて次の質問だ」


 シュランメルトは、眉一つ動かさぬまま次の質問に移る。


「その誓約に、フィーレとグスタフは入っているか?」

「はい。私だけではなく、私の弟子も含んだ誓約ですので」

「二人は誓約の内容を知り、かつ納得しているか?」

「当然です。私の弟子になってもらう以上、私には告知義務があります。二人には複写した契約書を渡した上で、内容に問題がないか確認しました。それでもなお、二人は受け入れ、私の弟子になったのです」

「そうか、なるほど……。グロスレーベの言葉は、真実だったのだな……」


 シュランメルトは拳を握り込み歯を食いしばりながらも、自らの内側にある感情を押しとどめる。


(だが、いずれ明確にする。いくさに赴くのは軍人や、おれ達だけで十分だ……!)


 そこまで把握したシュランメルトは、「引き留めて悪かった」とだけ言うと、工房の自室で眠ったのである。

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